姫巫女様のお悩み相談所 ~腐女子の私が異世界に召喚されたので職権乱用します~
「ああ姫巫女様、どうかこの迷える子羊を救ってはいただけませんか……!」
跪く……と言うよりも、土下座に近い姿勢で私に頭を下げるのは、近隣の町で小規模な商いをしているという男性。ここまで切羽詰まった「相談者」は久しぶりだ。
表情筋を総動員して、綺麗な微笑み――そう、まるで慈悲深い女神様のような――を作る。そして私は、「姫巫女」として言葉を紡ぐのだ。
「お聞かせください、貴方のお悩みを」
***
「姫巫女だ! 今代の姫巫女様の召喚に成功したぞ!」
なんて騒ぎ立てる大人たちを横目に、私は呆然とするしかなかった。いかにも中世チックな装飾の施された部屋。足元には複雑な魔法陣。周りをよくよく見たら、魔術師のような格好をした人もちらほらいる。
どうやら、最近流行りの小説が如く、異世界転移というものをしたらしい。それが私の出した結論だった。懐かしい、小説投稿サイトのランキング一位のものから順に、夜な夜な読み漁っていたっけ。乙女ゲーム、悪役令嬢、婚約破棄、ざまぁ展開……そういった単語たちが脳裏を過ぎる。
ただ、私が来た世界はそういったものじゃなかったっぽい。状況を整理している間に連れてこられた部屋で、そのことを察する。
「姫巫女様、よくお似合いです」
おそらくメイド的な立ち位置であろう女の人に着せられたのは、前世で言うシスターさん――のパチモンみたいな服だった。通販サイトで『シスター コスプレ』で検索をかけたら出てくるような可愛らしいもの。姫巫女というものがどういうものかまだよくわかっていないけど、こんななんちゃってコスプレで本当にいいのか? なんて疑問を抱くのも無理はないと思う。
そんな疑問を口にする隙もなく、あれよあれよという間にまた別室に連れていかれた。今私の目の前にいるおじさんは、教皇という立ち位置なのだそう。それを聞いてようやく、今いる場所が教会なのだと知った。
「楽にしていいよ」
人の良さそうな笑みを浮かべるおじさんだが、果たして何を言ってくるのか――と身構えたところで、思わぬ言葉が降ってくる。
「ごめんね、きっとなんの説明もなく連れてこられたんでしょう? あいつらにはよく言い聞かせておくから。全く、父さんの代からの者たちは人の話を聞かなくて困るな……」
私を気遣ってくれた、かと思いきや漏れ出る愚痴。顔をよく見るとクマが濃いし、何なら表情が疲れきっている。オマケに、嫌でも目につく後退した髪。ああ、この人も苦労してるのかという印象を抱いた。
「ではまず、何故君がここに来てしまったのか。それから話そうか」
こうして、長い長い物語が始まった。
この国(長ったらしい横文字で一発で覚えるのは無理だった)には代々、異世界から「姫巫女」という存在を召喚するという伝統的な儀式があるらしい。成り立ちだの歴史だの、難しい部分ははかなり端折られたが……つまるところ、「姫巫女」というのは神託を受けて民に共有する、という役目をする人のことだ。
初代姫巫女は、事故で異世界転移してきた女の人だったらしい。その人が今まで誰も受けたことのなかった神託を授かったことで、「異世界から来た女性には神様と繋がる力がある!」ということになったそうだ。そのせいでいきなり私が異世界転移することになってしまった、と考えると迷惑な話ではある。
しかし、姫巫女の力も無限ではなかったらしい。儀式が始まってからしばらく(と言っても数百年とか)経った辺りから、神託を受ける回数が徐々に減っていったという。当時のお偉いさん方はさぞ焦ったことだろう。姫巫女の神託があるおかげで、教会は王家に引けを取らない力を得たのだから。
どうにかこうにか力を取り戻そうと躍起になるお偉いさん方の努力も虚しく、姫巫女の力は弱体化の一途を辿る。このままではまずい。神託を失った教会は確実に今の立場を追われるからだ。そして権力を失うことを恐れたお偉いさん方は、とんでもない暴挙に出る。
「それが、「姫巫女様に嘘の神託を共有させる」というものだったんだよ」
教皇の顔が歪む。普通にド犯罪では? と思ったけど、実際その通りらしい。なのに正されることもなく、先代の教皇――このおじさんのお父さんの代まで嘘つき姫巫女は続いてしまったそう。
しかし、そのお芝居にもついに終止符が打たれた。現教皇を初めとする教会の反乱分子、そして王家が手を組んで、大規模な摘発を行ったそうな。異世界転生小説ならクライマックスの部分だ。その結果、前教皇及び教会の重鎮、偽の神託で民から金を巻き上げ豪遊していた前姫巫女は全員処分。残されたこのおじさん教皇たちは、後始末に追われている真っ最中、ということらしい。
「それなら、もう「姫巫女」を召喚する必要はないのでは?」
当然の疑問がつい口から出てしまった。だって、話を聞く限り、もう神託を授かる力は姫巫女にはないらしいし。
「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……」
教皇は苦笑いを浮かべた。件の大規模摘発は、この国のみならず近隣の国にまで影響が及んだ。つまり、姫巫女に以前のような力がないことは周知の事実。
にも関わらず、民たちは「どうにか姫巫女様の復活を!」という運動を起こしているらしい。悩みに押し潰されそうになったときの拠り所を失い、不安になっているのかも、というのは教皇の推理だ。
「まあ、教会の件で揉め事は起こしてしまったけれど、それを除けば、今はどこも安定しているからね。喋るだけ喋ったら満足して帰るという人間がほぼだから」
「つまり、形だけの姫巫女になって、民の愚痴を聞けばいいんですか?」
「身も蓋もない言い方をすればね」
まあそれくらいなら、と引き受けてしまったのは軽率だっただろうか。だって仕方がない、こうなった以上帰るのも難しいだろうし。元の世界には家族も友達もいるはずなのに、そうやって割り切ってしまう私は薄情な人間なのかもしれない。
そう、しんみりしていたのも束の間。姫巫女としてのお仕事は始まった。
「俺は真面目に仕事してるだけだってのに、家内はやれ飲み会が多いだの若い女にデレデレするなだの……ったく、誰のおかげで飯が食えてると……」
「カレったらひどいの! 私がどれだけ着飾っても、褒め言葉のひとつもくれなくって……」
「僕はこんなところで終わる人間じゃないはずなのに、上司が嫉妬からなかなか僕を出世させようとしないんだ。ま、優秀な人間の定めなのかもしれないけどさ」
あれ、これって体のいいサンドバッグ役では? そのことに気づいたのは、姫巫女としての仕事を始めて一週間経った頃だった。気づくのが遅すぎるかもしれないが、私も私でこっちの世界に慣れるのに精一杯だったんだから、それも仕方ないと思うことにする。
まあ、教皇の言った通りほとんどの人が話すだけ話したところで、スッキリした顔で帰っていく。ほとんどと言うか、今のところそういう人が十割だ。私はただ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、様々な愚痴を右から左へと聞き流し、「さすがでさすね」「知りませんでした」「すごいですね」「センスがありますね」「そうなんですね」と、合コンさしすせそのような相槌をうつだけ。こんなことで給料がもらえる上、衣食住の保証もついてくる。案外悪くはないのでは?
いきなり異世界に連れてこられた上、よくわからない仕事に就かされているというのに。自分の神経の図太さに感謝した。
***
そんな毎日が続いていた、ある日のことだった。私の運命が大きく変わったのは。
「自分、じゃなくてその……友人の話なのですが。数年前より、この国では同性間の婚姻が可能となっています。それでその……かねてより内密に交際していた同性の恋人に、申し出をしようか悩んでおりまして……」
話は大きく飛ぶが、元の世界での私の身分は「学生」だった。通っていた学校は、限界まで柔らかい言葉を使っても「かなり閉鎖的な場所」と言わざるを得ないところ。兎にも角にも勉強、部活、勉強、部活、勉強勉強勉強……大人の考える「理想の優等生」をこれでもかと詰め込んだような空間。
そんな中で癒しを求めるな、という方が無理な話。私にとっての癒しは、小説投稿サイトの物語たち――その中でも、ボーイズラブを題材にしたものだった。そう、私は腐女子なのである。
そんな私が、頬を赤らめ、目を泳がせ、小さな声でたどたどしく語られるその悩みに、いつものような適当な相槌をうつわけがなかったのだ。
「しましょう」
「え?」
「結婚の、申し込みを、今すぐに、しましょう」
強調するように、文節を区切って話す。
「し、しかし自分は、いや友人は、その恋人を幸せにできる自信がなく……」
同性間の婚姻が認められたのは数年前。まだまだマイノリティだと言える。そんな中でプロポーズを して自分と結婚させてしまっては、相手を好奇の目に晒してしまうんじゃないか。きっとそんなところだろう。私は詳しいんだ。
「その方は、自分が幸せになるためだけに貴方の……ご友人のそばにいらっしゃるんですか?」
いけない、建前上は友達の話だった。慌てて言い換えて、言葉を続ける。
「貴方の様子を見ていればわかります。お二人は真摯に、誠実に、愛し合っているのでしょう。きっと相手の方も、「この人を幸せにしたい」という思いで交際をしているはず。どちらかに負担のかかる関係では、長く恋人関係を保つのは難しいですからね。お二人は相互に想い合っている」
おお、かなりそれっぽい話し方ができている。自分でもびっくりだ。
相談者の男の人も、目を見開いて私の言葉に聞き入っている。呆気にとられているだけかもしれないけど。
「国で認められている制度です。何も恥ずべき点はありません。それとも……その方は、自分が好奇の目に晒された、という理由で恋人を見限るような人なのですか?」
男の人は息を飲む。しばらく考え込んだ後、真っ直ぐに私を見つめてきた。もう、その目に迷いはない。
「姫巫女様、ありがとうございます。貴女のおかげで目が覚めました。早速恋人の元へ向かいます」
本日の相談者は綺麗に一礼をし、そのまま去っていった。ふー、いいことしたな。そんな達成感と、久しぶりの供給! この世界でこういうのは望めないと思ってた! 姫巫女の仕事最高! という興奮で頭がごちゃごちゃだ。
でもこれだけは断言できる。今日は絶対にいい夢が見られるぞ。
***
『この国でまだ数が少ない男性同士の婚姻、それを後押ししたのは姫巫女様の助言』
そんな感じの噂が出回っているらしい。自分のことを知らないところで好き勝手言われるのは普通に嫌なものだけど、今回に限っては大歓迎だ。
なぜなら――
「恋人と喧嘩しちまって……俺が従姉妹と歩いてるところを見られて、やっぱり女の方がいいんじゃねぇかって……俺はどうしたらいいんですかね……」
「誠心誠意謝罪をし、毎日ありったけの愛を伝えましょう。もし可能であれば、その従姉妹の方にも協力を仰いでください」
「け、今朝から俺の恋人が行方不明なんです! 昨日の夜言い合いになって、起きたらあいつがいなくなってて……どこにもいなくて……!」
「お二人の思い出の場所、もしくは相手の方が辛くなったときによく行く場所などはありますか? そこを探しましょう」
「姫巫女様、俺おかしいんです。あの男はいちいち俺に張り合ってきて、それが鬱陶しくて嫌いなはずなのに、何故か最近あいつの顔を見ると、顔が熱くなって鼓動が速くなって……」
「恋です」
こうだから。噂のおかげで恋愛相談、特に男性同士のカップルの相談が爆発的に増えた。そして供給も増えた。
どうせみんな姫巫女に力がないことなんて知ってるんだし、と自分に都合のいい――もとい、相談者の心に寄り添った言葉をかけていると、一件、また一件とどんどんそういった話が流れ込んでくるようになったのだ。
「まさか君にこんな力があるなんて……」
久しぶりに見たおじさん教皇も、こんな結果になるとは思っていなかったらしい。驚いた顔をしていたけど、すぐ優しい笑みに戻った。
「貴女は、姫巫女様になるべくしてなった女性かもしれませんね。この偉大な功績は、教会の歴史書に刻まれることでしょう」
そんな穏やかな口調でとんでもないこと言うな。腐女子の自己満足アドバイスなんてものを掲載するなんて、教会の恥では? しかし、この世界にはどうやら「腐女子」という言葉すら存在しないらしく、反論することもできない。
……まあ、いいか。面倒になってしまったので思考放棄をする。黙っていても向こうから供給がやってくる、今の環境は気に入ってるし。こうなったら職権乱用しまくって、この国に男性カップル爆増させてやるからな。
『アヤメ』
ふと、この世界に来てからはほぼないものとなった、本名を呼ばれたような気がして振り向く。
『いつかきっと、貴女にも素敵な出会いがありますわ。私が力添えをしておきますね』
辺りを見回して見ても誰もいない。もしかしてこれが神託? と一瞬思ったけれど、今の姫巫女は神様の声を聞く力なんてないはず。言ってることもなんと言うか……控えめ? 神託って言うからにはもっと偉そうな感じを想像してたんだけど。神様って意外と謙虚なのかもしれない。それなら権力に目が眩んだ教会を憂いて、姫巫女に神託を授けなくなったのも頷けるかも。
なんて仮説を立ててみたが、どの道これが本当に神託かなんて私にはわからない。それに、言ってることも民には関係なさそう。だから共有はしないでおくことにする。何なら聞かなかったことにしよう。
こうして、私は今日も姫巫女として、お悩み相談所という名のサンドバッグに勤しむのであった。