現代風刺SF風味
とあるところに、『ジャポン』という後進国がありました。ジャポンは外国に無償で金を差しだしたり、国会議員の数を無尽蔵に増やすなど、無駄な政策ばかり行っていました。その結果国の借金は膨らむ一方となり、今となっては緊縮財政が議会で盛んに叫ばれるようになりました。
そんな中、ジャポンの総理大臣と経済界のトップがとあるホテルで談合を開きます。二人は昨今のジャポンの財政について色々議論していました。
「国民どもはSNSを中心に、我が内閣の政治の在り方に抗議の声を上げている。このままでは、次の選挙では落選してしまうやもしれん」
総理大臣はため息をつき、将来の選挙を心配します。
「それならば何か市井が納得できる財政の緊縮をやればよろしいかと。後は浮いた財源を適当に市民にバラまけば黙らせることができるでしょう」
経済界のトップは提言します。ですが総理大臣はまだ渋面を作ったままです。
「だが、問題はどの分野で財源を緊縮するかだ。我が政党の支持母体は高齢者が多いから、高齢者年金を取り止めることはできん。かといって企業団体への補助金を打ち切ってしまえば、これもまた法人からの支持を失ってしまう」
「ならば、市民どもの福祉を削ればよろしいでしょう。これならあなた方の支持団体の信頼を失うこともない」
その言葉に、総理大臣は難色を示します。
「だが、国民どもの福祉を削れば、また国民どもが大騒ぎする。さすがにこれ以上国民どもを蔑ろにすれば、次の選挙では大敗を喫してしまうだろう。そうならないためにも、国民どもがある程度納得する形で福祉を削らねばなるまい」
「なら、いいアイデアがあります。障害者どもの年金、あれを打ち切れば良いのです」
経済界トップの言葉に、総理大臣はハタと顔を上げます。
「昨今の世間の声を聞いても、障害者どもは市民どもにも嫌われております。あれらに対する金の流れを打ち切った所で、市民どもは特に反感を抱かないでしょう。これからの時代は、障害者も死ぬまで働かせるべきです」
「……だが、障害者どもの扱い方については非常にデリケートな問題だ。国民どもはそれで納得しても、マスゴミどもはきっと騒ぎ立てるだろう。障害者どもが生計を立てる手立てを失えば、障害者どもは犯罪に走ったり飢え死にしたりする。もしそうなれば社会問題として野党にも追及され、我が政党の支持率も失ってしまうやもしれん。やはり障害者の年金を打ち切ることには、慎重にならなくては」
総理大臣の臆した態度に、経済界トップはニコリと笑顔を作ります。
「フフっ、安心しなさいな。要するに障害者どもが年金を打ち切られても働いて稼げるようにすればいいのです。実を言うと私が経営するYT社では、既に障害者どもを働かせるための医療器具を開発している所です。もし我が社の器具が世に行き渡れば、障害者どもにわざわざ無駄な年金を渡さなくても、障害者どもは健常者と同じように働いて生計を立てることができるのです。これなら誰も文句を言いますまい」
「な、何とッ! そのような器具がYT社で開発されているとは! いや、流石でございますなぁ。それなら障害者どもに支払う無駄な年金を打ち切ることができる。さっそく広告会社に裏金を渡して、御社の製品を大々的にセールスしましょう!」
そして二人の談合が終わり、障害者の年金を打ち切ることが決まりました。
さて、数年後、世間ではYT社の障害者補助医療器具が普及していました。耳の聞こえが悪い者は最新鋭の補聴器をつけ、人が喋る言葉を理解できるようになりました。手や足が不自由な者は、手術で義手や義足を取り付け、手足を動かせるようになりました。
これに伴って障害者の就職率は劇的に上がり、重度の障害を持った者でも働けるようになりました。そしてこうした世の中の動きに乗じて、障害者年金の打ち切りが瞬く間に議会で決定されました。
「いや~見事ですなぁ。御社の製品のおかげで、障害者どもに払う無駄な財源を削減することができた」
総理大臣と経済界トップは、また談合を開きます。
「ええ、ええ、そうでございましょうそうでございましょう。障害者だろうが健常者だろうが、人間死ぬまで働くべきなのです。では今後とも我が社を御贔屓に――」
そして二人は約束を交わし、その日も談合を終えました。
しかし、それから数ヶ月後、世間ではある問題が発生しておりました。それは、障害者が仕事の現場で全く役に立たないということです。
いくら補聴器をつけようが、声を聞き取り辛いことには変わりありません。コンビニなどの接客業をしても、何度もお客さんの言葉を聞きかえすので、まるで業務を果たせません。聴覚障害を持つ障害者はあっという間にクビになりました。
また、義手義足をつけたといっても、テキパキ素早く体を動かせるわけではありません。工場などの肉体労働をしても、ノロノロとしか動けず、結果的に仕事全体の業務が滞ってしまいます。彼らもまた仕事で使い物にならないので、あっという間にクビになりました。
それでも障害者は金を得るために働かなければなりません。国から年金を打ち切られてしまった今、生計を立てるには働くしかありませんでした。
障害者たちは金を得るために必死で自分に合う職業を探します。ですが、世間ではすっかり障害者は仕事で役に立たない邪魔者だという評判が広まっていたので、誰も障害者を雇いたいなどと思いません。
それでも障害者は生きるために仕事を探し続けなければなりません。ですが障害者の就職できる仕事は、誰もやりたがらない安月給の仕事ばかり。そんな仕事ですら、障害者は「役立たず」とか「邪魔だ」とか罵られ、けっきょくはクビになってしまいます。
それでも障害者は金を得なければなりません。障害者が働くために用意された補聴器や義手義足には、莫大な維持費がかかります。そしてそれらの医療器具を買うために、多くの者は借金をしなければなりませんでした。なので障害者は、負債を返すために働かなくてはなりません。
ですが、いくら働いても障害者は満足な金を稼げません。安月給で働き、仕事をしてもすぐにクビになり、まして借金を抱えているのに、裕福になどなれるはずがありません。障害者は休む暇さえありません。働かなかったら、その時点で生きていけないからです。
やがて障害者は年金を打ち切られ働きづめになって以来、ますます病状を悪化させました。ある者はストレスで耳が全く聞こえなくなり、ある者は体を酷使しすぎて全く歩けなくなりました。それでも福祉を削減した国からの支援は全くありません。
けっきょく障害者は体をボロボロにして死ぬまで、ただ働くだけの惨めな人生を送ったのでした。
それから数年後、そんな世の中になっても、障害者年金を打ち切った総理大臣の政権は続きます。健常者の国民はいくら障害者が悲惨な死を遂げようが、全く興味など示しません。一部の団体はうるさく時の政権を非難しますが、それも黙殺されました。
「いや~、御社のおかげで、我が政党はまた選挙で大勝することができた! やはり障害者どもの年金は打ち切って正解だったなぁ」
「いえいえ、それも当然のことです。労働は国民の義務。今まで障害者どもを働かせなかったのが異常だっただけですよ。障害を言い訳にして働かない者など、人間として生きてる価値がありません」
再び、総理大臣と経済界トップは談合を開きます。
「つきましては総理、もっと労働する障害者の範囲を拡大するべきです。今度は知的障害者を働かせましょう。そして知的障害者の年金も打ち切るのです」
「ふ~む、なるほど。しかし、知的障害者が果たして仕事などできるものだろうか? 奴らは奇声を発するし他人の言葉も碌に理解できない。そんな猿みたいな奴らにまともな労働をさせることなどできるだろうか?」
「ええ、ええ、できますとも。実を言うと我が社では人間の知能を上げる電極を開発しましてね。それを装着すれば、人間の脳を刺激してたちまち健常者のように賢くなれるのでございますよ。つきましては総理、いつものように我が社を御贔屓に――」
二人が談合を交わした後、知能を上げる電極は瞬く間に世間で普及しました。知的障害者たちは年金を打ち切られ、働くために電極を脳に繋げる手術を受けます。
そして知的障害者たちは働き始めました。すると何ということでしょう。目覚ましい仕事ぶりを見せたのです。開発分野では様々な斬新なアイデアを出し、世を賑わす商品を生み出しました。そして研究分野でも次々と、世を轟かす新たな発見をしました。
そう、これは全て電極手術を行ったことによる恩恵。知的障碍者は電極を脳に装着することで、健常者よりも遥かに賢くなったのです。いかにすれば健常者を出し抜けるか。いかにすれば健常者を追い越せるか。そのための知恵を知的障害者たちはすっかり身に着けたのでした。
そして世間的な地位を得た知的障害者たちは、どんどんと野心を抱くようになりました。そのネームバリューを生かして選挙に躍り出ます。選挙では巧みな演説により大衆の心を掴み、そして時の政権や経済界の悪事を暴きます。いかに今の政権が国民のことなど少しも考えていないか。いかに経済界が己の利益の事しか考えていないか。マスゴミにもその情報をリークさせます。
大多数の国民はその真実に怒り、知的障害者の立候補者たちを支持するようになりました。やがて選挙の結果が報道されると、知的障害者たちは圧倒的な投票差をつけて当選します。ついには時の政権を引きずり下ろし、自分たちが政権を握ったのです。そしてかつての政権と蜜月だったYT社のトップも、マスゴミに散々非難を浴びたことで、ついには辞職せざるを得なくなりました。
さて、過去の政権の膿を洗いだした後、知的障害者たちの内閣が組織されます。知的障害者の議員たちはホテルに集い、談合を開きました。議題はこの国の財政難について。この国は知的障害者たちが政権を取った今となっても、緊縮財政をせざるを得ない状況に陥っていたのです。
「緊縮財政? なら健常者どもの年金を打ち切って、死ぬまで働かせればいい」
その意見に、知的障害者たちは満場一致で賛成しました。