パーティー途中で帰ります
「……そういえば、帰るってあいさつ、しなくてよかったの?」
確かにパーティー会場に戻るのも嫌だったけど、流石に招かれた身で、黙って帰るのはよろしくなかったんじゃないかと帰りの馬車の中で気付いた。
「……使用人に言付けてあるから大丈夫」
確かにばったり会った使用人に第三王子のことと一緒に、なにか言っていたみたいな感じだったけども。
「ふーん、」
まぁ私としてはそれでよかったので、それ以上は聞かないことにした。
屋敷に帰ると両親が揃って出てきていた。
「こんなに早く帰ってくるとは。なにをしているんだ」
父がちょっと怒ってセオドアへ言う。やっぱりもうちょっと参加しないといけなかったんだ。
私が嫌そうにしていたからなのに、セオドアが怒られるのはだめだろう。私は慌セオドアの前に出る。
「あの、お父さま、実は」
「まあ!エレニカ! 」
悪いのは自分なんだと弁明しようと思ったけど、私に気付いた母はすぐに近寄ってきた。
「髪飾りはどうしたの?」
「あ」
そういえば、セオドアが持っているのを見たっきりどこにあるのか分からない。
ちら、とセオドアを見ると、父母に対するいつもの表情のまま、口を開く。
「……髪飾りは壊れてしまったので僕が持っています」
「まあ……!」
「お兄さま……!」
普通にパーティーに参加していて、髪飾りが壊れることなどない。なにかがあったのだと言っているも同然だった。
「セオドア・アーレント!お前は一体、何をしていた!」
「お父さま!ちがうんです!お兄さまは助けてくれたんです!」
なんてこと!と顔を青くした母にあわあわしていたら、父がセオドアに今にも掴みかかりそうだったので慌てて声を上げる。
「いじめられている子をたまたま見かけて!見ていられなくてかみかざりを投げたんです!そしたら、男の子がおこって近づいてきて……!でも、すぐにお兄さまが助けてくれました!」
「……セオドア……」
「少し、目を離してしまいました。申し訳ありません」
「お兄さま!ちがうでしょ!私が迷子になったのよ!」
「危ない目に遭うかもしれなかったのは、本当だから」
「でも、お兄さまのせいじゃないわ!」
「エレニカ」
父が静かな声で私を呼ぶ。初めて聞く父の硬い声色に、びくっと身体を震わせて、私はそのまま口を閉ざした。
「お前の言いたいことは分かった。だがな、お前はまだ8つ。だからこそ責任はすべてセオドアにあるんだ」
「……」
なんだそのむちゃくちゃな理論は。セオドアだってまだ12歳の子どもなのに。
でも、セオドアがこれ以上責められたら嫌なので、喉まで出かかった言葉をなんとか沈めた。
「……で?」
父はセオドアに対してそれだけ言う。私にはなにを言いたいのかさっぱり分からなかったけど、セオドアには分かったらしかった。
「……顔と名前を、覚えました」
「あとで報告しろ。始末はお前にせる」
「はい」
えっと……。
いや、これ、なんか恐ろしい会話が主語もなにもないままで行われてない?
思わず顔がひきつったけど、父は構うことなく青い顔をしたままの母を連れていった。あんな風に心配させたのに、母にはなにも弁明しなかったな、と後悔する。あとで少し話をしにいこう。
まぁ、それはともかくとして。
「……お兄さま?さっきの。なんのお話だったの?」
「さっきの?」
(もう!分かってるくせに!)
「だから、顔と名前とかなんとかってやつ!」
「ああ、別に大したことじゃないよ」
「うそ!お兄さまが始末するとかなんとか言ってたじゃない!ねぇ、なにか、危ないこととかおかしなこととか、やらされたりしないよね?」
「……」
「お兄さま!」
あまりに必死に詰め寄るからか、少しだけのけぞりながら私の話を聞いていたセオドアは、おもむろに私の頭を撫でる。こっちは怒っているのに!と思ったけど、なんとなく落ち着いてきたのでそういう意味で撫でてくれたのかもしれなかった。
「大丈夫だよ」
「……お兄さまは、いつもそう言う……」
落ち着きはしたけど納得はしていないので、ぶすくれた顔を隠さずに恨みがましく言ったが、あろうことか「ふ、」と笑い声がもれる。
「……なに笑ってるの」
「そんなに怒らないで、エレニカ」
「……教えてくれたら、おこるのやめる」
「うーん……」
セオドアは今度は困ったように笑う。私だって別にセオドアを困らせたいわけじゃない。
でも、折角ゲームの中のセオドアのように、表情のない人形みたいな人間になる未来から遠ざかっているところなのに、今回のことがきっかけでなにかがあれば悔やんでも悔やみきれない。
セオドアは言いよどんでいたけど、私が諦めないことを悟ったのだろう。小さく息をついて、私の腕を引いた。
「お兄さま?」
「部屋へ送ってあげる」
そういえばまだ玄関の広間だった。
逆らう必要もないので、セオドアに腕を引かれるまま足を進める。
「……エレニカ。父上が、君のことはすべて僕の責任だと言ったでしょう」
(ああ、あのむちゃくちゃ理論)
物申したかったけど、セオドアに詰め寄る話でもないと思うので私はこくり、と大人しく頷いた。
「それと同じように、貴族の令息の不始末は、親……まぁ、家にとってもらわないといけない」
(なるほど、家に……)
「家に?!」
今、そんな壮大な話をしていただろうか。混乱していると、セオドアが今度はさっぱりした顔で笑った。
「君を害したんだから、それ相応の責任を、負ってもらわないとね」
「いや!私、害されてないよ!むしろ私のほうが害してると思う!髪かざり投げつけてるもん!」
「気分を害されたでしょ?」
(それはそうだけど……って、いや、確かに、それも害したっていうけども!)
「大丈夫。父上が僕に任せたのは、相手が子どもだからという多少の配慮だと思うよ。父上が始末をつけるとなったら、あのこたちの家門自体が消えることになりかねないからね」
(こわいわ!)
ちょっと、娘のためにネジが外れ過ぎてはいないだろうか。
「ち、ちなみに、お兄さまは、そんなこと……」
セオドアはなにも言わなかったけど、にや、と悪い笑みを見せたのがなによりの答えだった。
(全然大丈夫じゃないじゃーん)
これは、諦めるべきなんだろうか?
焦った顔でしばらく見つめていたけど、セオドアは全然全く折れるような気配はなかった。
(よーし、もう、しーらない!)
父よりもましなのかもというのだから、それを信じることにしたのだった。