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パーティーでやらかしました





セオドアがよほど恐ろしかったのか──私ですら若干怖いから多分相当だろう──男の子はへなへなと座り込んでしまった。


「あ、アーレント卿……どうしてここに?」


男の子はセオドアを知っているらしい。

セオドアははっ、と鼻で笑う。目が全然笑ってないけど。


「どうして?それはこっちが聞いてるんだが?」


「へっ、いや……」


「無礼にも、僕の大事な妹に、ここまで近付いたのは、なにか理由があってのことなんだろうな?」


「っ、ま、まさか!この子ど……いや、この方が「アーレントの宝石姫」……っ!」


きゃー、セオドアが大事な妹って言ってくれたー!なんて喜んでいる場合じゃない。

え?なんて?

「アーレントの宝石姫」?なにそれ。

まさか話に割って入って、なにその通称。まさか、みんな言ってるんじゃないでしょうね!なんて詰め寄るわけにもいかないので私は聞かなかったことにした。

うん。知らない人がどう呼んでても私には別に関係ないし。

男の子は、怯えた声で言う。


「……そうとは知らず……っ、」


「僕は、理由を聞いてるんだが?」


はぁ。大袈裟に吐かれたため息に、口ごもっていた男の子は身体を震わせて口を開いた。


「あ、あの、そ、そちらのお嬢さまがその……髪飾りを落としたので、あの、お渡ししようかと思っただけ、でして……」


完全なる愛想笑いで。


(……本当なら嘘つけ、と言いたいところだけど、私は優しいから止めておいてあげるわ)


あからさまな対応の違いに白々しい気持ちにはなったけども、別に指摘する気にもならない。

セオドアはしばらく男の子の睨み付けていたけど、やがて口を開いた。


「……エリック・ヴァルテ」


「ひっ!」


腕を掴まれたままの男の子が悲鳴を上げる。


「デリア・マートン、マーティン・レボラ」


そして、樹の根元のほうで他の男の子たちが身体を震わせた。多分それぞれの名前なんだろう。

ちゃんと覚えてるんだなー、と感心していると、セオドアが掴んでいた男の子の腕を投げるように離した。


「……今は、見逃しておいてやろう。さっさと消えろ」


その言葉を聞いた途端、男の子たちは我先にと走って行ってしまった。ああいう輩は往々にして逃げ足だけは早いものである。


「エレニカ……」


名前を呼ばれてはっとした。私は迷子になってたんだった。

セオドアは、すぐに帰っておいでと言ったのになかなか帰ってこなかった私を探しにきてくれたに違いない。


「大丈夫?」


「えっと、はい!お兄さま、ごめんなさい。あの、ちょっと迷っちゃって……」


「それはいいけど……あいつらに変なことされなかった?」


あいつらは逃げて行った男の子たちのことだろう。


「ぜんぜん!大丈夫よ!」


強いていうなら、今はセオドアの手にある髪飾りが使えなくなったっぽいだけで、むしろ私がやってやったほうである。


「あの、あの男の子たち、あの子を苛めていたの。あまりにも見苦しかったから、放っておけなくて……」


あの子、で未だ樹の根元でシーツにくるまっている男の子を指差した。

セオドアはちらり、と視線をやっただけで私の髪を撫でる。


「僕がエレニカのやることを止めることはないよ。でも……これからは、お願いだから、なんでも僕の傍でやってほしい」


「お兄さま……」


「僕がなんでもやるから。君が一人のときに、なにかあったらと思うと、それだけが怖いんだ……」


屈んだセオドアの表情が酷く歪んだ。こんなに心配をかけてしまったのだと、ひどく後悔する。


「ごめんなさい、お兄さま。心配かけて……これからは気を付ける」


「……うん」


セオドアがやっと笑ってくれた。

楽しいはずのパーティーなのに、なんだか散々だったけど、まぁ、セオドアが笑ってくれてよかったな、と思う。


「あ。あの子、第三王子殿下みたいなの。お兄さま、どうしよう……」


シーツがもぞもぞ動き出したのに気付いて、ようやく思い出したことを告げる。


「……エレニカ」


「なぁに?」


「パーティーに戻りたい?」


「え、」


戻りたいか戻りたくないかで言えば、戻りたくない。パーティーは始まったばかりだろうから、また長い時間、気まずい思いをしないといけないかもしれないから。


「……でも、参加しないと、いけないんでしょう?」


戻りたくないと声高々には言えないので、はっきりとは言わずそう言うと、セオドアは少しだけ考えるようにして、おもむろに上着を脱いだ。


「え、お兄さま?」


セオドアは、第三王子とやらの傍に膝をつく。


「第三王子殿下でいらっしゃいますか?」


シーツが縦に揺れた。多分頷いたんだろう。顔はあんまり見えない。


「今から抱き上げてお運びします。よろしいですか?」


また、ゆらりとシーツが縦に動く。

セオドアはすぐにシーツの上から上着をかけると、そのまま第三王子を抱き上げた。


「行こうか」


セオドアは片手でなんなく第三王子を抱き上げていて、片手を私に差し出してきた。第三王子はそんなに小さく見えないのに、片手とかすごい。


「……私、一人で歩けますよ?」


「僕が君と手を繋ぎたいんだ。だめ?」


「……」


そんなことを言われたら断れない。

私はおずおずと手を繋いだ。

セオドアはなんなく片手に第三王子を抱き上げ、片手で私の手を引く。


「……どうして、」


しばらく歩いていると、掠れた声がする。セオドアに抱き上げられた第三王子だ。


「……どうして、助けてくれるの?」


「……」


彼は第三王子のはずなのに。そんな疑問が出るくらいに、ああいう状況で助けてくれる人が誰もいなかったんだろうか。


「……どうしてもなにも、困ってるひとがいたら助けるのは当然なんですよ」


「……そんなのうそだ」


「え?」


そのとき、初めて第三王子の顔が見えた。

薄汚れているとはいえ、それでもまばゆいばかりの金髪。翡翠の瞳は潤んでいるからなのか、いやにきらきらしている。

なんともまあ、綺麗な顔の男の子だった。


「……」


思わずぽけーっと見ていると、気付いたセオドアが第三王子の顔を私から見えないようにずらした。


(やば。いくらなんでも人の顔をじっと見てるのは失礼だよね……)


流石兄。妹の無作法までフォローしてくれる。

第三王子は特に気にした風もなく話を続けたけど。


「メイドでさえ、ぼくを助けてくれたことなんてない。助けるのが当然なら、どうしてみんな、ぼくを助けてくれないの……」


なるほど。そこに引っ掛かったのか。確かにそう言いたくもなるかもしれない。事情は知らないけど、色々訳ありみたいだから。

でも、だからこそ。


「……えーと……知りません!」


「え」


私はさっぱり言い切った。


「いいですか?困ってるひとがいたら助ける、というのは私にとっての当然です。だから、もちろん、助けない当然だってあるってことです」


「……」


「……困っている人がいるけど、力がなくて助けられない、という当然だってある。だから、そのメイドさんたちがどうなのかは、知りません」


どういう事情なのかは全く分からないけど、さっき第三王子を苛めていたのは、貴族の子息たちである。第三王子のメイドやらがどんな身分かは知らないが、簡単に逆らえる相手ではないだろう。メイドたちにも生活があるだろうし。


「……」


第三王子は静かになった。なにか思うところでもあったんだろうか。

そうこうしているうちに、セオドアはある扉の前に立った。第三王子を降ろそうとしたので、私は慌ててセオドアの手を離す。


「……」


ちょっと名残惜しそうだったけど、セオドアは黙って扉を開けた。どうやら休憩室らしいそこのソファに第三王子を降ろす。


「……使用人を呼ぶので、ここにいてください。私どもは、ここで失礼いたします」


(あ、パーティーには戻らないんだ)


薄汚れた第三王子に上着をかけた時点でそうじゃないかなーとは思った。私の、パーティーに戻りたくないという空気を察して、第三王子を助けるのと同時に口実を作ってくれたみたいだ。


「行こうか、」


「うん!」


すぐに立ち上がったセオドアが私の手を取る。帰れる!と思ったら安心して笑顔になってしまった。結局、パーティーにほとんど参加していないのでいけないと思うが、嬉しいものは嬉しいのだから、仕方ないと思う。


「……あ、えっと、あの……!」


意気揚々と歩き始めたところで声がかかる。第三王子である。


「あの、あなたの、なまえは……」


「あ、えーと、」


流石に相手は王族なのだから、名乗るなら礼をとらないと、と思ったところで、セオドアがぐいっと前に出た。


「セオドア・アーレントと申します、殿下。こちらは私の妹です」


「……うん」


「……」


「えっと、あの、アーレント卿、妹君、今日はありがとう」


「いえ」


「……妹君。君の当然に、感謝する」


「……」


私は無言で礼をした。


(なんか、名乗りそこねた……)


そもそもセオドアが私の名前を言わなかったのもあるのでまあいいだろう。

セオドアがもう一度「失礼いたします」と言って、私たちは休憩室を後にした。






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