パーティーに行くそうです
私が7歳を過ぎた辺りから、夕食は家族四人でとるようになった。まぁ、話をするのは父母だけ。たまに私に話しかけることはあっても、セオドアに話しかけることなんてほとんどなかったけど。
その話が出たのも、そんな折だった。
「王太子殿下の、誕生パーティー……ですか?」
私が怪訝な顔で父の言葉を繰り返すと、父はなんでもないように頷く。
「12歳の誕生日は節目の歳。当然、盛大なパーティーになるだろうな」
「……」
同じ歳のセオドアが12歳になった時には祝いもしなかったくせに。
私は面白くなかったけど、ちら、と見たセオドアは気にした風もなく小さく笑った。
セオドアは随分変わったと思う。
まだ表情が固いところもあるけど、私の前ではよく笑ってくれるようになった。
そして、父母からの扱いを受け流すようになった。
「全然気にしてないよ」
「……だって……」
「……エレニカ。君がそんな風に怒ってくれるだけで十分だ」
「……」
「だからね、君はなにを気にするでもなく、父と母に甘えたらいいんだよ。いつも遠慮してるだろう?」
「……そんなことない」
「分かるよ。君は優しいから。でもね、エレニカ。父母からの愛情は、君が当然受けるべき権利だ」
「お兄さまも、そうでしょ?」
「……僕は、君がいてくれるから大丈夫だよ」
セオドアは、最後はいつもそうやってはぐらかす。そうすると、私はそれ以上なにも言えなくなるのに。
だから、父母のセオドアへの冷たい対応を目の前で見ていてもなにも出来なかった。
(まぁ、セオドアをちゃんと見てあげて!なんてことを私が言ったとして、両親がセオドアを構うようになっても、それは両親の心からの行動にならないだろうし、かえって状況が悪化するかもしれないから、結局、私には怒ることしか出来ないのよね……)
「エレニカ……?どうかした?」
母に名前を呼ばれてはっとした。話の途中だった。
「大丈夫です、お母さま」
「そう……?」
「はい!それでお父さま、その王太子殿下の誕生日パーティーって、行かなければならないんですよね?」
「そうだ。皇宮の催しだからな。まぁ、招待されているのは貴族の子どもたちだけだということだし、気楽に楽しんでくるといい」
「はあ……」
気楽といっても貴族のパーティーだ。マナーなんかも厳しいに決まってる。私はなにか言われたりしてもどうってことないけど、私の行動は家の評判にも関わってくるから、変なことは出来ないだろう。
「セオドア。お前がパートナーとして付き添いなさい」
「はい」
「エレニカが少しでも嫌な目に遭わないように、しっかり付き添ってちょうだいね」
「はい、お任せください」
(なにこの会話……セオドアは召し使いじゃないのよ)
それでもセオドアはにこっと笑った。
パーティーまでの期間は思っていたよりも忙しかった。主に、衣装関係のせいで。母が、娘の初めてのパーティーのために、ものすごく張り切ったからである。
朝から晩まで、ドレスを取っ替え引っ替えあーでもない、こーでもないと。それが、毎日である。
「っはは、」
「お兄さま!笑い事じゃないんですよ!」
夕飯後。やっぱり後継ぎ教育で忙しくしているセオドアだったけど、私のお茶の誘いを快く受けてくれた。
最近はもっぱらこの時間だけが、セオドアとゆっくり話せる唯一の機会である。
早速パーティーの準備への愚痴になって申し訳ないけど、こっちは本当に大変なのに、笑うことないではないかと思うのだ。
「いや……うん、ごめん」
「……いいですけど」
「うーん……エレニカはドレス選び、楽しくないの?」
「そりゃ、きれいなドレスを着れるのは嬉しいですよ?でも……」
流石に限度があるだろう。公爵家なら仕方がないのかもしれないけど、何着も何着も着て脱いでだったせいで、そんな感慨はどこかに消えてしまった。
むむ。と眉をひそめているとセオドアがまた笑う。
「お兄さま?」
「……いや。でも、そうして着飾ったエレニカはきっと一番可愛いんだろうな、と思って。パーティーが楽しみだよ」
「……」
本当に、セオドアは随分と変わったと思う。そんな風なことを、さらっと言うようになったからだ。
(もう……っ。すぐ、ドキドキするようなこと言うんだから……!)
12歳のセオドアは、また背が高くなって骨格ががっしりしてきた。公爵家の後継ぎ教育に剣術の訓練が加わった辺りからだろうか。
セオドアは筋がいいらしく、公爵家の騎士たちのなかでもなかなかの腕を持っているらしい。
そんなセオドアが、私には優しい言葉をかけてくれるし可愛がってくれる。優越感に浸らないわけがない。
(私のお兄さまがイケメンすぎる……!)
先程までの拗ねた気持ちなんて、見事に吹っ飛んだ。
そしてパーティー当日。私は言葉を失うことになる。
(う、うわぁ……)
皇宮からの招待だからだろう。セオドアは正装だった。
金をあしらった黒の上着が、スラっと立つセオドアによく似合っている。
ブローチに嵌められている私の瞳の色と同じ瑠璃色の宝石が、首元で輝いていた。
「お兄さま!素敵です!」
本当にそう思ったので、すぐさまそう言うと、ふ、とセオドアから柔らかい笑みがこぼれる。
「ありがとう。エレニカのほうが素敵だよ。可愛い」
(はう!)
全くもって、心臓に悪いイケメンである。
「さぁ。行こうか、レディ」
イケメンは8歳相手でもスマートにエスコートしてくれる。セオドアは馬車の前までくると、いつものように私を抱き上げてくれた。
馬車に乗るときに抱き上げてもらうのは、初めて出かけた4歳の頃から続いている。さすがの子ども扱いに私は頬を膨らませた。まぁ、こういうところが子どもみたいに思われる要因なのだと分かってはいるけど。
「……もう自分で乗れるのに……」
「そうだね。でも、これは僕だけの特権だから。もう少しだけ付き合ってよ」
「……」
(はぁー、もう!このイケメンめ!)
だから本当に心臓に悪い!