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6歳になりました





私は6歳になった。

6歳ともなれば、やれることは格段に増える。

ブラコン作戦は絶賛継続中だ。


「おにいさま~」


扉を叩いて呼びかけると、セオドアはすぐに出てきてくれた。

そんなセオドアは10歳になった。私も大きくなったとはいえ、身長差はまだまだ大きい。

いつものようにぶつかるように足元へしがみつくと、セオドアは困ったように笑った。これもいつものことである。


「エレニカ、危ないよ」


「へへ。ごめんなさい」


前世日本の影響もあって、子どもの頃のスキンシップは大事だと思っているので、私は最初の頃からずっとセオドアに出来るだけくっつくようにしていた。

そのおかげなのかは分からないけど、セオドアの表情は以前までと比べても格段に豊かだ。


「今日はどうしたの?」


私を足にくっつけながら、セオドアは私の顔を覗き込むように言った。

もうすぐおやつの時間なので、いつもならその時間に来るはずの私が、早めにセオドアを訪ねたから聞いてきたんだろう。そういう時は大体私が何かセオドアに言いたいことがある時だと、分かっているのだ。


「あのね、」


「うん」


「街においしいケーキ屋さんが出来たんだって。おにいさま、チョコケーキ好きでしょ?いっしょに食べにいきたいの!」


「食べに、って、街まで?」


「うん!」


「……うーん……」


セオドアが眉をひそめるのも無理はない。私はまだ6歳なので、これまで一度もアーレント家の敷地内から出たことがないのだ。それが、急に街へ行きたいというのだから困ってしまうのも当然だろう。


「僕が買ってきてあげるのじゃだめなの?」


「……おにいさまと、おでかけしたくて……」


「……う、」


私の甘えたようなおねだりの時用の顔に、セオドアから小さなうめき声が溢れた。

セオドアが私のこの顔に弱いことは分かっている。

ブラコン作戦はいいが、万が一でもセオドアを無理矢理従わせる悪役令嬢エレニカ・アーレントに近付かないように、私は、セオドアになにかを言うときは、極力気を付けるようにしていた。間違っても、我が儘とか傲慢とかに結び付かないように。可愛らしいおねだり、くらいに思えるように。

だからこれは、そのくらい計算しつくされた対セオドア用の甘え顔なのだ。効果抜群なのは当然だろう。

セオドアは、ついに耐えられなくなったらしく、息をついて私の頭を優しく撫でた。


「……父上に許可をもらってくる。おでかけの準備をしておいで」


「……!まってるね!」


セオドアが、怯えながら父の顔色を伺うことは少なくなった。

父は、相変わらずセオドアに対しては愛情のあの字も持ち合わせていないようだが、私があまりにも「おにいさま、おにいさま」と纏わりつくようになったので、あまり邪険に扱えなくなったようである。この辺りはうまくブラコン作戦が作用しているようなので、私は大満足だった。



セオドアの説得が上手かったのか、発端が可愛い娘のおねだりだったからなのかは分からないが、許可はすぐに出た。護衛が三人くらいついてきたけど。

それでも、セオドアとの初めてのおでかけである。


「……僕のそばから、絶対離れちゃだめだよ」


馬車に乗り込むのを、抱き上げて助けてくれたセオドアが優しく言う。


「はぁい、おにいさま」


もちろん、そんな気は毛頭ないので私は元気よく返事をした。





初めての街は物珍しいもので溢れていた。というか、そういえば、馬車に乗るのも初めてだったのだ。はしゃがないわけがない。


「おにいさま!おにいさまは街に行ったことがある?」


「……うん。父上に色々教えてもらってるから」


公爵家の跡取りには、やらなければならないことが沢山ある。領地を回るのもそのひとつだ。セオドアは7歳の頃から、父の領地視察に同行していた。

私は急に心配になって眉を下げる。息抜きとかになればと思って、セオドアを外へ連れ出したつもりだけど、よく考えたらメイドもいない中で、小さい妹のこと見てなきゃいけないのって大変じゃない?面倒くさくない?


「エレニカ?どうかした?」


セオドアは私の様子にすぐ気付いて声をかけてくれた。

ほら。こんなに気にかけてくれるんだもん。息抜きなんて出来るわけがなかった。


「……おにいさま、おいそがしいのに、いっしょに、ってわがまま言ってごめんなさい」


これでは、なにも考えずにセオドアを意のままに操った悪役令嬢エレニカ・アーレントと一緒である。

先程までの楽しい気持ちが一気に沈んたので顔を伏せていると、ぽん、と優しく頭を撫でる手があった。誰かなんて考えるまでもない。手の主は小さく微笑んだ。


「わがままじゃないよ」


「……ほんとうに?」


「うん。エレニカと街に来れて嬉しいから」


「!私もうれしいです!」


まだまだ表情豊かとは言えないセオドアの、綻ぶような微笑みはレアである。私は嬉しくなってセオドアの手を取り、ぎゅ、と握った。


「へへっ」


「……」


馬車が止まるまで私はセオドアの手を握りっぱなしだったけど、セオドアは手を振りほどくこともなく、私に付き合ってにこにこしてくれていた。

ああ、セオドアはこんなに優しい。

悪役令嬢エレニカ・アーレントにならないように気を付けてはいるけど、セオドアが優しくて、今にも図に乗ってしまいそうである。


(気をつけないと!)


セオドアが心から嫌がっていることを絶対、させることがないように。

私は決意を新たにした。





ケーキは美味しかった。やっぱりはしゃいでしまって、口元を拭かれたりと世話を焼かせてしまったけど、私がセオドアを伺うたびにレアな微笑みを見せてくれたので、多分セオドアも楽しんでくれたのだろうと思っている。

店員がチーズケーキも美味しいというので、もうひとつずつケーキを食べてしまったのは二人だけの秘密になった。

満腹で店を出て馬車へ向かう帰り道。後ろに護衛を従えながら、私はセオドアと手を繋いでいた。


「おにいさま、またいっしょにきましょうね!」


「そうだね」


また一段と仲良くなれたんじゃないかと思う。破滅回避のためというのも頭の片隅にはあるものの、単純に6歳のエレニカとして、私自身、兄であるセオドアと仲良くなれるのが、日に日に楽しくなっていた。


(野生の動物に段々近付けるようになってる感じ……?)


まぁ、大人のセオドアはともかく、今のセオドアは全然野生って感じじゃないけど。

そんなことを考えていて、私はセオドアが立ち止まったことに気付かなかった。くんっ、と握っていた手が引かれて、足が縺れる。


「エレニカ!」


セオドアがすぐに支えてくれたので転ぶことはなかったが、セオドアは心配そうに顔を歪めた。


「……大丈夫?」


「だいじょうぶだよ!」


私が気付かなかっただけだし、セオドアの行動は早かったのでどうということはない。


「……よかった。急に止まってごめんね」


「ううん。おにいさま、どうかしたの?」


「……なんでもないよ」


そんなわけあるかい、と思いつつも、セオドアの顔に影がさした気がしたのでそれ以上は聞けなかった。

だって、出来るだけセオドアの嫌がることはしたくないし。


「行こう」


でも、私たちは再び立ち止まることになる。


「おや、ゴミ小僧じゃないか」


そんな、不穏な言葉とともに、お世辞にも綺麗とは言えない格好をした恰幅のいいおばさんが、私たちの前に立ちはだかったからである。


「……っ!」


「まあ、えらく小綺麗な格好して。いいところにもらわれたみたいだねぇ」


「……」


「おや、無視かい?」


(ていうか、だれ?!)


突然現れて無礼なことを言っているというのは見れば分かるが、セオドアとどういう関係なのかはさっぱり分からない。

どうすることも出来なくて、おばさんとセオドアを見ていると、おばさんは突然私に目を向けた。

すると、一斉に護衛たちが私の前へ出てくる。ていうかなんでセオドアは無視なのよ、もう!


「おお、こわいこわいこわい。どこのお嬢さまかは存じ上げませんけどねぇ、あたしゃ別に、お嬢さまに危害を与えるつもりは毛頭ありゃしませんよ」


「……」


「あたしはただ、お嬢さまの隣ですましてるこの小僧が、どんな奴なのか、親切で教えてあげようと思ってるだけさ」


護衛の隙間から見えたおばさんのその笑顔は、ものすごく厭らしく不快に映って、私はすぐに眉をひそめた。






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