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回避作戦はじめます





セオドアの部屋の前で、私は愕然とした。


(なにこの部屋……)


長い廊下を進んだ先に、その部屋はあった。

光がほとんど入らない隅の部屋であるためか、なんとなく薄暗いそこは、物置と言われてもおかしくはないように見える。

だから、なにかの間違いではないかと思ったけど、私を降ろした乳母が扉をノックすると、あまり間を開けずにセオドアが出てきた。やっぱりここはセオドアの部屋なのだ。


「……?」


私たちが来るとは思ってなかったらしいセオドアは、状況が分からないのか目を見開いて固まってしまう。

私は、おもむろに手を伸ばすとセオドアの足元にしがみついた。


「えっ」


「にー、」


「……?」


わたわたと慌てているのがよく分かる。

先程の感情のない顔とは違って、こちらはちゃんとした年相応の表情である。


「にー!い、く!」


今の状況に混乱しているすきに、私はそのままセオドアの服を引っ張った。


「?」


「……セオドアさま、お嬢さまは、ついてきてほしいとおっしゃっているんですよ」


「……」


(乳母!ナイスアシスト!)


私はこくこく頷いて、またセオドアの服を引っ張った。セオドアは大人しく足を進めてくれる。

よたよた、亀の歩みである私に、それでも付き合ってゆっくり歩いてくれたセオドアとともに、やっと自分の部屋にたどり着いた。

私はいつもの席に座らせてもらうと、ここに座れ、とばかりに向かいの机を叩いてセオドアを見る。


「にー!」


「……」


セオドアは一瞬乳母を見た。なんでそこで乳母を見るんだろうと思ったけど、ずっと大人に従ってきたセオドアを思えばしょうがないだろう。

乳母は私が何をしたいのか察したらしいので、セオドアの視線に「どうぞ」と席を指し示す。

そして、大人しく私の向かいにセオドアが座ったのと同時に、机におやつセットが置かれた。


「にー!あい!」


「……」


短い手を必死に動かして、おやつの皿をセオドアへ渡す。ここまですればセオドアにも私のやりたいことが分かっただろう。

でも、どうしたらいいかは分からないらしく、目に見えておろおろしだした。


「えー……と、く、くれる、の?」


私はこくこく頷くけど、動揺しているセオドアはなかなか食べようとしない。


「……いー、ない?」


もしかしたら私、押し付けがましかったかな。そんなことを思ってしゅん、としていると、セオドアは慌てて「じゃあ、もらうね、」とおやつのひとつを手に取った。

なんか、セオドアが私に気を遣うこの事情を利用したみたいで引っ掛かったけど、セオドアは途端に頬を緩める。


「……!」


(おいしかったんだ!)


やっぱり子どもに甘いものは効果抜群だ。ほわほわ、空気すら緩んだ気がする。私はなんだか嬉しくなって、皿をさらにセオドアに押しやった。


「にー、」


「……ありがとう」


それは全然無表情に近かったけど、セオドアにとっては多分、精一杯の笑顔だった。


(……よし!)


この作戦で行こう!

私は決意した。

将来、私は悪役令嬢になって、この兄に殺される可能性の高い運命にある。

だけど、その原因は、セオドアの尊厳を私が奪うことによる、一種の自業自得だ。なら、そんなことをしなければ、少なくともセオドアに殺される未来は回避出来るはずである。


(それでなくても、子どもが誰にも愛されないまま、無表情に育っていくのとか、セオドアが子どもらしい扱いを受けられないこととか、無視出来ないし!)


私が気にかけているセオドアを、父母は邪険に出来ないはずだ。そうやって私が気にかけていれば、セオドアの扱いは変わって、セオドアが人形のように育つことはないし、私は将来殺されずに済むかもしれない。一石二鳥である。


(名付けて、ブラコン作戦!)


前世で兄弟がいたわけでもないのでうまくいくかは分からないけど、私の破滅回避のための戦いは、こうして始まったのである。





ブラコン作戦!とはいうものの、大層なことをするわけではなかった。

だってこちとらまだ3歳の子どもである。出来ることには限界があった。うまくしゃべれもしないし。

だけど、それから毎日のように乳母に抱かれてセオドアの部屋へ行き、セオドアの手を引いて部屋へ戻って、と繰り返しているうちに、それが父の耳に入ったらしく──それでなくても、乳母は私のことを逐一報告しているはずだけど──なんと、セオドアの部屋が、私の隣になった。

物置のような部屋とは全く違う、綺麗な部屋である。多分、あの薄暗くて長い廊下のあるセオドアのあの部屋に、私を行かせられないと思った、みたいな感じなんだろうけど、それでも、私の心は達成感に満ち溢れた。


(あんな薄暗い部屋にいたら、気分も沈んじゃうもんね!よかった!)


そして、私は最大の問題にぶち当たる。


「にー、いっしょ、ねる」


そう。私がなによりも優先しなけばならなかったのは、あの、精神にくる洗脳を止めさせることだった。


「……え……っと、」


夜中にくる父のことを考えてか、セオドアはものすごく渋った。下手をすると酷く罰せられるわけだから、それは仕方がないだろう。

だから私は、作戦を変更した。セオドアに言うことを聞かせているのは、今現在は父である。そこを狙うのだ。

私は乳母に、出来るだけ可愛い顔で「セオドアと寝たいの!いいでしょ?」みたいなことを訴えかけた。私を可愛がってくれる乳母は、すぐに父母に報告。答えはもちろん可。私の願いは叶えられた。

娘に激甘な父母が内心どう思っていようが、娘の願いをはね除けられるはずもないのだ。

こうして私は、部屋に続いて、セオドアの安眠も確保したのだった。






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