学園の入学式です
私は学園の門を複雑な思いで見つめていた。通りすぎる生徒たちが不思議そうにちらちら視線をくれるけど、そんなのに構ってはいられない。
(とうとうきた!)
ヴァレリア学園は、貴族たちの令息令嬢が通う貴族のための学園である。13歳から18歳までの六年間、貴族におけるマナーを学び、様々な教育を受ける。
そしてなにより、乙女ゲーム「カモミールの光」
その舞台である。
「……」
いつまでもこんなところにいたってどうにもならない。私は13歳になったし、主人公だって13歳。同じように今日、入学式を迎えるはずなのだから。
(大丈夫よ!ブラコン作戦のおかげもあってか、セオドアとは良好な関係だと思うし、そんなに我が儘に育ってないつもりだし!)
あえていうなら、ゲームの中の悪役令嬢エレニカ・アーレントよりちょっと色気が足りないような気がするだけで。
なんでそこは備わらなかったのか、甚だ疑問である。
前世で色気が皆無だったからなんだろうか。
まぁ、悪役っぽく見えないなら、この方が結果よかったのかもしれないけど。
(……とにかく、セオドアとの関係は良好なまま、変に拗れないようにだけ気をつけるとして、あとは主人公とか、攻略対象者に近付かなければ万事オッケーよ!)
なんて、思っていた。数十分前までは。
「……」
入学式の中盤。
生徒会長の挨拶のために壇上に立ったのは、攻略対象者の一人で、王太子である。
攻略対象者のうち、王太子は分かりやすくてラッキーとまで思っていたさっきまでに戻りたい。いや、なんなら、4年くらい前まで戻りたい。切実に。
「生徒会長、レオンハルト・シェリエド」
そう、高々と名乗りを上げていたのは、その昔、女の子を這いつくばらせていたのに腹が立って、私が周りの街のおじさんおばさんたちとけちょんけちょんにした、金髪に赤い瞳の、あの男の子だった。
(あれ、王太子だったの?!嘘でしょ!)
というか、王太子なのに、あんな小さい女の子に対して難癖つけるようなことしてたのか。攻略対象者でもあるくせに、なんて小さい男なのだろうか。
「……」
いや、そうじゃない。
小さい頃だから、覚えてるかどうかは分からないが、覚えられていたら最悪である。関わりたくない相手に、関わりたくない理由で関わっていた。悪役令嬢として破滅する未来を回避したい私にとって、これは大問題である。
(うー……だって、攻略対象があんなみみっちいとは思わないじゃない?しかも、なんでアーレント家の領地にいたわけ?王太子なら大人しく首都にいなさいよね!)
幸い、王太子は17歳。入学したての私と関わる機会などない。ないと信じたい。
(これから関わらないようにすれば大丈夫よ……!)
新たな決意を立てていると、聞き慣れた名前だったからか、突然後ろの方からの声が聞こえてきた。
「セオドア・アーレント様だって……!」
「なんてかっこいいのかしら!」
(え……っ、)
顔を上げると、生徒会長である王太子の話が終わっていて、代わりに壇上にはセオドアが立っていた。
(セオドア……!)
なんとセオドアは副会長だった。生徒会に入ったのは知っていたけど、まさか副会長だとは思っていなかった。
まぁ、でもセオドアくらい優秀なら、生徒会長でも無理はないぐらいだから納得はできる。
(うわー……かっこいいだって……)
確かに、セオドアはかっこいいと私も思う。背も高いし、昔から剣術の訓練をしていたのもあって、しっかりした男性の体格をしているし。
(うん、イケメンの要素しかないわ)
そのままぼんやりセオドアを見ていると、ばっちり目が合った。
(おわ……っ)
その瞬間、ふわりとその表情が緩む。
目が合うとも、壇上から笑いかけてくれるとも思っていなかったので、思わず身体が強張ってしまった。後ろでは自分に笑いかけてくれたと思ったらしい女生徒たちが、小声ながらもきゃあきゃあ言っている。
(……久しぶりだからか、急なセオドアは心臓に悪いかも)
なんだか変な感じだ。家ではないからだろうか。
無視も出来ないので、若干ひきつった笑顔を返した。変に受け取られないといいんだけど。後で会えたらフォローしておこう。
そうしてセオドアが壇上を降りると、新入生代表が名前を呼ばれた。
「新入生代表、ブライアン・シェリエド」
(あ、攻略対象の名前だ)
名前をはっきり覚えていたわけじゃなかったけど、ブライアンという攻略対象は新入生代表だった気もするし、間違いはないだろう。
早速、攻略対象が二人判明するとは思わなかった。関り合いを持たないためにも顔を覚えておかなければ。
そう思って、新入生代表を見たときだった。
「え……」
その顔には、見覚えがあった。
(あれ……第三王子!)
初めての王宮でのパーティー。そこで助けた、薄汚れた男の子だ。
成長しているけど間違いないだろう。王太子と同じシェリエドだし。
(……なんでこう、変に関わってるんだろ、私)
ゲームの内容を知っているはずなのに、どうしてか序盤でつまづいているような気がする。こんなことで、セオドア以外の破滅を回避なんて、出来るだろうか。一気に幸先が不安になってきてしまった。
(いや……!まあでも、学園で関わりさえしなければ大丈夫、なはず!第三王子にも、関わらない!うん!)
とりあえず、私はまた、決意を新たにした。




