街へ出かけます
セオドアは13歳になった。
この国では13歳になると学園に入学出来る。セオドアは一月後の春から学園に入学予定だった。
貴族の令息令嬢が通うその学園は全寮制で首都にあるので、長い休みにしか家に帰って帰ってこれないらしい。
だから今のうちに、ブラコン作戦継続のためにもセオドアにくっついていたかったけど、入学の準備で忙しそうで構ってとは言えなかった。構ってと言えばものすごく構ってくれるから余計に。
(前構ってくれたときは、その日の夜遅くまで寝ずに、その日やらなきゃいけないことをやってたっぽいのよね。この年齢の睡眠時間は大事なのに!)
私を優先してくれる癖?は治っていないようだ。セオドアが7歳くらいまで行われた、あの言葉による洗脳が未だに解けていないのだろう。
私がちゃんとしゃべれるようになってからは、度々、それこそ洗脳みたいに言ってたんだけど。
「お兄さまは、お兄さまだけのためにあるのよ。だから、お兄さまは、自分のためだけに生きるの」
「……僕は自分のために生きてるよ、エレニカ。自分のために、君の傍にいる。だめかな?」
当の本人がこれである。
もちろん、だめなわけがない!
そんなことを言われてしまっては、いやいや、それ小さい頃の洗脳だから!なんて、やっぱり言えるわけもなかった。
「ねぇ、アンナ」
朝の支度の最中。髪を梳かしてくれているアンナを呼ぶ。アンナは手際よく手を動かしたままで、鏡越しに返事をした。
「はい、お嬢さま」
「今日、お兄さまは何をしてるか知ってる?」
「えー……っと、」
本来なら、私の世話を主とするメイドのアンナにセオドアの予定など分かるはすがない。だけど、このやり取りも一月ほど続いているので、いつからかアンナはセオドアの世話をしている従者のエドに、予定を聞いてくれるようになっていた。ありがたい。
「今日は確か、家門の方々との会議が行われるとのことでした。セオドア様は旦那さまとご一緒に参加されるようです。学園に入学すると長期の休暇中にしか帰ってこられないですから」
「……そう」
どうやら今日も構ってくれる時間はないようである。
私が肩を落としたことがすぐに分かったんだろう。アンナが明るい声で言った。
「そうだ、お嬢さま!セオドア様に入学のお祝いを渡されてはどうですか?」
「……入学のお祝い?」
「ええ。なんでも、ベッキーの弟が街の学校に行けることになったらしいんですが、この間入学祝いを渡したらみたいなんです。それで、弟がものすごく喜んでくれたんだと嬉しそうに言っていたんですよ」
なるほど。そういえば、入学してなかなか会えなくなるからと、寂しく思いこそすれ、お祝いを伝えたことはなかった。
どうせ父母は祝ったりしないだろうし、確かに、私が渡すのもありかもしれない。
「……そうね、そうするわ!」
「では、商人をお呼びしましょうか?」
「ううん」
私はしゅたっ、と立ち上がった。思い立ったら善は急げである。商人なんか待ってられない。
「街へ出かけるわよ!」
必ず、セオドアが喜んでくれるようなお祝いを見つけてみせるわ!
と、セオドアに喜んでもらえるものを、と意気込んではみたものの、セオドアはあまり好みなんかを教えてくれたことがない。それもあって、お祝い探しは難航していた。
いつものように護衛二人とアンナを引き連れつつ、あーでもないこーでもないと頭を抱えているところである。
「うーん……」
かれこれ一時間ほどは経っている。
成長しているとはいえ、未だ9歳である私の足は限界に近く、アンナはすぐに私を噴水の近くにあった椅子に座らせてくれた。
「……これってやつがないわ」
「……お嬢さま。セオドアさまはお嬢さまが何を選ばれてもお喜びになると思いますよ?」
「そうかもしれないけど……」
確かにセオドアは、私がやることを大体はなんでも受け入れてくれる。それは使用人たちにでさえ周知の事実だ。
でも、どうせならやっぱり、趣味の合ったものを渡せたらと思うのだ。
(それに、もし、セオドアの趣味とか、好きなものとかを見つけられたら、ブラコン作戦維持の役に立つかもってのもあるし……)
「アンナ」
「はい、お嬢さま」
「ちょっとでもお兄さまが喜んでくれるものを探してみたいの。もうすこし付き合ってくれる?」
「まあ。もちろんですわ、お嬢さま」
こうして、それから二軒目の店でようやく目に留まるものがあった。
「……これにするわ」
それは、つけたものを護ってくれるとされる、首飾りだった。
その昔、戦争が繰り返されていた時代。弟が無事に帰ってきてくれるよう、祈りを込めて贈ったという謂れをもった、小さな宝石をあしらっただけの、シンプルなデザインの首飾り。公爵家の後継者が持つには地味かもしれないけど、これだ!と思った。
(別に戦争に行くわけじゃないけど、寝なかったり、食べなかったり、すぐ無茶するんだから、これくらい大げさなやつ渡して、身体に気をつけてもらうようにするのもありかも)
好きな宝石を入れられるというので、一際目立っていた瑠璃色のものにしてもらった。本当はセオドアの目の色とか髪の色に合わせたかったけど、ないものは仕方がない。
店主には妙ににやにやされたけど。
贈る相手は兄だからね!それに、私の目の色に合わせたわけじゃなくて、それしか似た色がなかったからこれを選んだだけなんだからね!しょうがないんだからね!
なんだか妙に言い訳がましいような気がして、言えなかったけど。
店を出ると、急に大声が聞こえた。
「おい!聞いてるのか?!」
「なに……?」
声のした方を見てみると、セオドアくらいの歳の男の子が、私よりも小さな女の子を地面に這いつくばらせているようだった。
「なにあれ……」
説明してくれる人がいるわけでもないので状況を把握してみるしかないが、地面に落ちた木苺のような木の実が入ったかご。汚れた男の子のズボンのすそ。泣きながら地面に這いつくばって謝っている女の子を見れば、何が起こったのかは押して知るべしである。
「お前のような平民がこの俺に近づいてきただけでも罪深いのに、服まで汚すとは……!」
「すみません、わざとじゃないんです……っ」
「わざとかわざとじゃないかが問題じゃないだろう!」
「すみません……っ!」
「……」
アンナと護衛たちが困ったように私をちらちら見ている。
分かってる。あんまり関わるべきじゃないって。
(でも、あんなの放っておけないじゃない!)
「では、なにが問題なんでしょうか?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、男の子はきょろきょろと辺りを見回してようやく私を見つけた。
金色の髪に、赤い瞳。豪華な服。まぁ、なるほど、身分の高そうなお坊っちゃまである。
「あ……?なんだ、お前」
「通りすがりの者ですが、さすがに見苦しくて声をかけずにはいられませんでした」
「なんだと?」
「こんな小さな女の子を、たかが服が少し汚れたというそれだけで、地面にはいいつくばらせて謝らせているんですもの。どこからどう見ても見苦しいですわ」
「っ!」
ばっさり言うと、男の子がさらに眉をつり上げて私に近づいてきた。私の前に出ようとした護衛を手で合図して押し止め、私は下から男の子の睨み付ける。
「お前、誰に物を言っているのか、分かってるのか?」
「分かりません。私の目の前には、人として貧しい心を持った方がいるばかりですもの」
「っ、この!」
「お嬢さま!」
肩を掴まれる。アンナの悲鳴が上がった。多分力をそれなりに込められていると思うが、こちらも頭に血がのぼっているからか、全然痛くない。
「……どこのどなたかは存じませんが、これ以上騒がれるのでしたら警ら隊を呼びますわ。ここはお貴族さまが集まる世界ではありません。アーレント公爵家の治める、穏やかな民たちが暮らす街ですから。そこをおびやかすものは、誰であろうと捕まることになります」
「……っ、」
いつの間にか人が集まってきていた。屈強な肉屋のおじさんから、そんなおじさんよりも怖い顔をしたパン屋のおばさんまで。あらゆる人が男の子を睨み付けている。
それに怯んだらしい男の子は、舌打ちをして踵を返した。さすがに分が悪いと悟ったんだろう。
忌々しそうに肩を怒らせてはいたが、男の子はなにを言うわけでもなく、そのままその場から立ち去った。
なんだか拍子抜けしてしまったが、途端に歓声が上がってそれどころではなくなってしまう。
「お嬢ちゃん!小さいのに勇気があるねえ!」
「惚れ惚れしちまったよ!」
「……あはは」
押し寄せるような圧に怯んで、苦笑いが出る。と、服を掴まれたのに気付くと、先ほどまで這いつくばっていた女の子だった。
「おねえちゃん、たすけてくれて、ありがとう」
私は思わず、その頭を撫でた。
「どういたしまして!」
それから。
「お嬢さま!なにかあったらどうするおつもりですか!もう絶対しないでくださいよ!」と怒りながら泣いてしまったのがよく分かる顔をしたアンナと、微妙に落ち込んでいる護衛たちと、肩のところが変にしわになってどうしようもなくなった私の服を見れば、なにかがあったことは一目瞭然なので。
すっ、と表情を消したセオドアから「なにがあったの?」と詰め寄られ、それをかわすのにものすごい時間を要したのは言うまでもない。




