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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おこし師と山

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、取材とかで旅行するとき、心置きなく出かけられる人かい?

 私はどうも、ここのところ二の足を踏んじゃうんだよねえ。旅行の終わりを意識しちゃうとさ。

 これが終わったら、また仕事なりが待っているんだ。だったらこの時間、いつまでも続いてくれないかな……そう感じるときが、一番心苦しいものだ。

 まあ、毎週月曜日を控えた、日曜日の夜なんかいつもそうじゃないか? なまじ疲れや苦労を想像できてしまうからこそ、やる気がごっそり削がれていく。

 こいつが楽しいことばかりで、ワクワクできるんだったらいいのだけど……それは一部の特別な人たちくらいだろう。


 同じところに、とどまり続けていたい。

 たとえ自分の身体の新陳代謝その他が、絶えず動き続けているとしても。気持ちはいつでも、ここにありたい。

 動ける人でさえそうなんだ。もし、もとより動けないものが強く願ったならば、ときに思いもよらないことが起きるかもしれない。

 私が以前に聞いた昔話なんだけど、耳に入れてみないかい?


 むかしむかし。

 私の地元には「おこし師」という仕事を営むものが、しばしば現れたという。

「おこし」の字に関しては「起こし」をあてたり、「興し」をあてたりと一定じゃない。

 が、共通しているのは過去の遺産などを掘り当て、ときとして地域の発展に大いに役立てられる存在である、ということ。

 多くは埋蔵金や、紛失が危ぶまれていた古物の掘り出しなどで貢献していた彼らだが、その方法は当人たちにしか分からない、感覚によって成された。

 多少の個人差はあれど、彼らはくだんの地点へ行くと、どっと押し寄せる意識の奔流にめまいを覚えて、膝さえついてしまいかねない衝撃を覚えるのだとか。

 しかし、衝撃の大きさがそのまま、地域の貢献度に直結するとは限らない。

 思い入れが強いものでありさえすれば、おこし師を揺さぶるに十分な力を得られるのだから。


 私が話すのは、おこし師の収穫の中でも、いっとう大きな仕事の話だ。

 とある熟達したおこし師のひとりが、地元にある山のひとつを訪れた際、唐突に昏倒してしまったというんだ。

 幸い、供の者がいたからそのまま安全な場所へ運ばれ、介抱されたものの、目が覚めてからも、そのおこし師は身震いが止まらずにいたらしい。


「また、『よぎった』のか?」


 供の者が尋ねる。

 おこし師の感覚について、よく分からないものはそう聞くよりなかった。

 それに対し、


「確かによぎった。だが、うるさすぎる」


 と、おこし師は返す。


 おこし師の感じる思いの強さは、うるささに比例する。

 たいしたものでなければ、仮にうずまっていたとて、蚊の鳴くようなか細い音をかもす程度だ。

 それが騒がしくなるにつれて、出てくるものは大物、重要な物となっていく傾向がある。

 そして、こうも大胆に体調を崩すとなれば、前代未聞の遺物という可能性がある。


 念のための検証として、他にも数名のおこし師が現地へ招かれた。そして一様に彼らも、気を失ってしまうほどの衝撃を受けたのだとか。

 静寂の中、唐突に耳へ不特定多数の叫び声を叩きこまれる迫力。その証言はここに眠る者の重大さを皆へ知らしめるに十分だった。

 長年のおこし師たちへの信頼もあり、すぐさま発掘のための人員が集められた。


 おこし師たちが気を失った場所は、草木生い茂るけもの道の一角。まずは整地に、皆が労力を割いた。

 木は伐り倒され、草は軒並み刈られたうえで、足元をぐらつかせ得る大小の石たちものぞかれていく。

 そこを住処にしていた鳥や小動物たちは、にわかに住処を追われて逃げ出し、代わりに人の気配がこぞってここに立ち込め始めた。


 総勢数十名が、満足に道具を振るえるようになると、どんどんと掘り出し作業が進められていった。

 村にいる者たちが、いくらかまとまりながら、交代で掘っていく山の土。

 日が暮れれば中断し……を繰り返し、数日が経つころには、大人の背丈も優に隠れてしまうほどの深さを持った大規模な陥没が、整えた地面に生まれていた。

 これくらいの規模の発掘も、すでに幾度か経験済み。皆、作業の手を進めることにためらいはなかったが、おこし師も引き続き動員された。

 目的のブツを遮蔽する土が少なくなるにつれ、彼らの感じる音は声となっていき、それは埋もれたものの実態を伝えるものに変わるのだそうだ。まさに、遺された思いといったところだろう。


 しかし今回、おこし師たちは、まるでそれらを読み取ることはできなかった。

 彼らはより増した音に、気をやってしまい、意識を保つのはより難しかったのだそうだ。たとえ、心で「大音量が来る」と覚悟を決めていたとしても。

 数少ない、かろうじて意識を保てた者によると、人らしい声ではなく、かといって動物の鳴き声のようなものでもない。

 広大な滝つぼに、飲み込まれていく水たち。その響きを、ごくごく間近で耳朶に叩き込まれているかのごときだったとか。


 正体がつかめない。だが、きっとこいつはこれまでにない大物に違いない。

 人々はそう信じ、なおも仕事を進め……ある意味で、その想像は当たっていた。

 日暮れが近くなったころ、ひとりが振り下ろしたクワの先にあった土が、大きくえぐれたかと思うと、そこから濃い桃色をした煙が湧き出し、たちまちのうちに穴全体へ広がっていったんだ。

 色こそついていても、臭いのないそれらの効果は、間を置くことなく現れる。

 煙にまかれたものは、たちどころに、満足に動くことができなくなった。

 というのも、二本足が磁力を帯びた石同士のように、ぴたりとくっつきあい、まったく離せなくなってしまったんだ。いわば、一本足立ちの強制。


 戸惑いながらも、どうにかけんけん飛びをしつつ、穴から逃れようとする面々。

 容易にはいかない。設けられていた斜面も、二足歩行が前提となる角度だったから、うまく接地して、体重もほどよくかけなければ、登っていくのは難しい。

 さらに、煙による作用もまた、これで終わりではない。

 けんけんを続けていた皆は、ほどなく、バタバタと倒れ始めてしまったんだ。


 その足先、本来あったはずの足の甲が、なくなってしまっていたんだ。

 足首できっぱり切断されてしまったかのような状態。しかもその断面は時をおうごとにせり上がり、各人のすねを、ひざを、ももを、粘土のようにこそぎ落としていく。

 助けを呼ぶ声が満ち満ちるが、自分の身一つで乗り込める度胸は、まわりを見張る人たちにはない。十中八九、自分も足を奪われて、仲間入りを果たすだろうからだ。

 おのおのの衣類を脱ぎ、それらを縛って長い縄の代わりとし始める。

 こいつを投げ込み、掴んだ者たちを引き上げれば、たとえ足が使えずとも穴を抜け出すことはできよう。


 が、いざ準備が整い、実行へ移そうとした矢先に。

 ふっと、足を失った彼らの寝そべる地面が、いっぺんに消えた。

 土が崩れ落ちるでもなく、最初からそのようなものがなかったかのように、ぱっと黒い大口を開いたのだ。

 足を失った皆に、これらから逃げるすべはない。叫びもまた、身体と一緒に深々と飲み込まれ、その残響も半端に断ち切られる。

 消えた時と同様。土がまたいちどきに元へ戻り、届かんとする音をぷつりと防いでしまったからだ。


 以降、その穴は掘り起こすどころか、立ち寄ることも禁じられ、埋め立ては自然の力にゆだねられた。

 この場に残り、おこし師たちも受け取れ切れなかった、強き思い。

 それはどうにか、ここを動かないままに、人をまるごと平らげたいと願った、山そのものの願いだったのかもしれない。

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