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そしてお姉さんはやって来た

今回は、妹、美波ちゃん視点です。





 私は今、“不幸”だ。


 小学生の頃は、こんな未来がやって来るなんて想像もしていなかった。


 修学旅行の……好きな子達との部屋割りにドキドキしたり、“中学受験”するかどうかで家族会議になったり……

 そんな事が人生の一大事で、夜眠れなかったりした。


 今、私はコンクリートの箱の中の薄い布団の上で、黒い影に満ちた天井を見上げている。


 ついさっきまで私に手を握らせていた海音(あまね)は、今はクルリと寝返りを打ち背中を向けている。


 今夜が私と居られる最後の夜なのに……


 散々泣いたけどまだ涙が枯れない。


 子供は無力だ。


 そして女も

 多分無力だ。


 本当の現実は

 涙では1mmも動かない。


 本当の現実は

 女と言うだけでやっかいだ。


 そんな現実をまるで知らずに済んでいた私は

 間違いなくパパとママに守られていた。


 けれどパパが死んで


 私はパパが“奥さん”と“お子さん”を棄てた上で生まれた命だと知った。


 そして今、ママも死んでしまって


 私たちを大切にしてくれるのは私たちしかいない。


 それが今の現実。


 私たちは今まで守られていた()()()()をはがされて、明日には引き裂かれる。


 私は海辺の……女子だけの高齢児児童施設


 海音の入る山沿いの児童養護施設には高齢児女子の“空き”が無かったからだ。


「空きができたら移れますか」って聞いたけど

 職員の答えは『確約はできない。その時々の状況によるから』


 私と海音のこれからは……かくもはかない運任せ。


 まだ塾に通えていた頃


『因果応報』と言う言葉を覚えた。


 その頃の私は“ズルい子”で……男子とのくだらない言い争いの時ですら、しばし“泣き真似”を使って“女の子だから”に逃げ込んだ。


 ここでは、枯れるほどに泣いても涙は意味を成さない。


 湿った固い布団のジトっとした肌触りを増すだけだ。


 私のせいで叱られた男子が居るように

 私のせいで不幸になった家族が居る。


 元の奥さんやお子さんも

 路頭に迷ったのだろうか?


 パパが死んで、事実を知ってから

 こう言った考えが頭をよぎる事はあったけど

「私もパパを亡くしたんだ!!」ともみ消した。


 そうしたら

 ママも死んじゃった。


 どうしてどうしてどうして死んじゃったの????


 どうしていいか分からない!!


 周りを囲んだ大人たちが

 味方なのか敵なのか

 親切なのか

 冷淡なのか

 分からない


『海音くんと離れて暮らすことが

 あなたの負担を減らす事なのよ』


 そう言われて

 そうかもしれないと思ってしまう自分も居る。


『助けて!!!』って叫びたいけど


 廊下の柱には『館内ではお静かにお願いします』って貼ってある。


 だから声を押し殺すと


 代わりに涙と鼻水が押し上げられて


 私の顔も髪もグシャグシャだ。


 明日はママをお見送りしなきゃいけないのに


 もう誰も居ないから


 私がお見送りしなきゃいけないのに……


 あ、そう言えば……ママとの約束を思い出した。


 ママが死んだら出すように言われた下書きボックスの中のメール


 ママからそのことを言われた……あの時の私は

 ママの前で

「イヤだイヤだイヤだ」って

 何度も頭を振ったんだ。


 ママ

 ごめんなさい。


 いっぱいいっぱい謝るから


 戻って来て!!!



 --------------------------------------------------------------------


 パパの時とは

 やっぱり違っていた。


 すごく狭いのに寒い。


 誰も来ないから??


 本当にママ 可哀想……


 こうして凍えるような部屋に居させられて


 焼かれるんだ。


 私、震える手で“窓”を開けてママの顔を見る。



 ひょっとして!ひょっとして!

 眠っているだけ??!!



 でも

 元気な頃のママとは違うから


 やっぱり

 死んだんだ。


 私、海音を抱きしめて嗚咽を上げる。


「姉ちゃん!」と海音は一所懸命手を伸ばして背中をさすってくれる。


 その時、カチャリ! ドアが開いて職員さんが入って来た。


「あなたの持ち物だけど……」


 私は海音を離して、職員に言葉を返す。


「言われた通りカバン二つ分に減らしましたけど……」


「“量”はいいのだけれど……タブレットがあるでしょ? それがね……」


「重さは関係ないと思います」


「いえ、そういう問題じゃないのよ。残念な事だけど……こう言った高価な物は“無くなったり”“壊れたり”するのよ。だからね、処分の方にしましょう。少しでもお金に換えて必要な物を買いましょう」



 その言葉に

 私の悲しみと怒りは爆発した。


「親の無い子はタブレットなんか持っちゃいけないんですか!! これは私たちに必要な物です!! ママが!!! 病気でとても具合が悪いのに……家族だけでなく、ペットや賞状とか記念の品々の写真やビデオをこの中に入れてくれたんです。我が家の歴史なんです!!! それが要らない物ですか?? 盗られたり壊されたりする前に処分しろって言うんですか??」


 不意に職員さんのスマホが鳴って、職員さんは私の話しがまだ途中なのにその場を離れた。


「もしもし! はい! ちょうど今、言いくるめていた……えっ?! 弁護士?? 分かりました。 何もせず、言いません。はい!」


 職員さんは電話を切ってもその場を動かず半分そっぽを向いている。


 しばらくはそのままだった。


 次に空気が動いたのは……

 またドアが開いて会ったこともないオジサンとお姉さんが入って来たからだ。


 ママのパート先の人??


 オジサンの方が……肌色の頭のてっぺんの汗をハンカチでぬぐって職員さんに名刺を出して挨拶すると職員さんの態度が一変した。


 もう一人のお姉さんは、そんな事はまるでお構いなしに、真っ直ぐママの元に向かい


 ママと()()と……


 泣いてしまった……



 いったいどんな関係の人だろう。


 きっとママより年下なんだと思う。

 昔からのお知り合いのような感じだけど……

 タブレットの中の写真の……『ママのホルダー』の中にも居ない人だ。


 まさかとは思うけど……

 ひょっとしたら……??



 私は海音の肩を抱いてずっとその人を見つめていた。


 やがてその人は身を起こし、私たちの前に歩み寄った。


「はじめまして  音羽渚沙(おとわなぎさ)と申します。」


 ああ、やっぱりこの人は!!


 だったら敵??!!

 私の背中を新たな冷や汗が流れ、頭は目まぐるしく回る。


 でも“お姉さん”は胸のあたりに手を置いてすうーっと深呼吸する。


「知っていますか? 私はあなた達お二人の姉なんです。私なら、あなた達が別れて暮らさなくても済むよう、手助けできますよ」


 その言葉に、明らかに海音が反応したのが伝わって来て、私は慌てて海音の裾を引っ張り、私の後ろに押し込む。

 そしてこの人の目をギッチリ見据えて問いただす。


「あなたは!!  いえ、あの、ごめんなさい…… “お姉さん”は!! 私たちが憎くないんですか??!!」


 “お姉さん”は……私の言葉が刺さってしまったのだろうか


 目から新たに涙のしずくが落ちるのがハッキリ見えた。


 その涙が逆に私の胸に刺さる。

 でもうっかり信じちゃダメ! 私には海音を守る責任がある!!


「ありがとう……私をお姉さんと呼んでくれて……そうね……かつては色んな感情があった……でも、憎いと言うより……恨めしく思った。あなた達の事を耳にした遠い昔には……でもね、私にとってあなた達は、この世でたった二人の肉親なの! 世の中には『骨肉相食む』という言葉があって……文字通りそれに囚われている人も少なくはないけれど私は絶対にそうはなりたくない!!」


 私は無言で少しの間、下を向く。

 涙って枯れそうで枯れないもの……都合が悪い時ほど止まらない。

 仕方ないのでうつむいたまま言い返す。


「私たちは未成年です。未成年は基本、庇護の対象です。だからこうやって職員の方も付いて来てくださいます。私と弟にとって……あなたは単に“お父さんが同じ”と言うだけのつながりです。そんな希薄なものにすがって私たちは自分の未来を左右させるわけにはいきません」


 “お姉さん”は少しだけ驚いて、とても優しい顔で微笑んだ。

 それはなにかとても懐かしく私には思えた。


「そう、同じ片親でも……あなたは私とは全然違う。あなたを産み育てたお母様……美也子さんは本当に素晴らしい方なのね」

 そう言いながら、まだそこに()()()()()ママに頭を下げて、私にこう言ってくれた。


「私と一緒に来てくれた鈴木センセイは弁護士さんです。あなた達の希望をお話して、私をしっかりと括り付けて(くくりつけて)おしまいなさい。私が逃げるのではないかという不安に駆られないように!」


 このお姉さんの……一連の立ち振る舞いが……

『こんな事を言わなくても言われなくてもこの人は信頼できる』と私の五感に私の脳裏に訴えている。

 だから私は自然と言ってしまう。


「でもお姉さんだって!!いずれは結婚して、新しく家庭を……自分の子供を持ちたいと思うはず! 私たちはそれを邪魔するお荷物にはなれません!! だから……」


 言い終わらないうちに私たちはお姉さんの胸にしっかりと抱かれてしまった。


「あなた達の事とは無関係に、私は結婚できない身の上なのです。だから、あなた達がそうしたいと思える間は……私の家族になっていただけませんか? さっきは正直でなくてごめんなさい。あなた達が私を助け、私があなた達を手助けする……そんな関係に、なってはいただけませんか?」


 その言葉に私、お姉さんの胸の中でグシュグシュになって……お姉さんの素敵なフォーマルスーツを汚してしまった


 なのに私は謝りながら嗚咽して……そんな私の顔をお姉さんはハンカチで拭いてくれたのだけど,ハッと気づいて謝った。


「ごめんなさい。これ……私が自分の涙拭いたハンカチでした……」


 その表情が……大人のお姉さんなのに、何とも可愛らしくて……

「私たち……涙も仲良しですね」って言ってしまったら


 お姉さんはパアーッと微笑んだ。



 --------------------------------------------------------------------


 姿が変わった後のママの骨上げは本当に辛くて……私は()()()の様にお姉さんに寄り縋った。


 そしてタクシーで連れて来られたのはお姉さんのお家だった。


「借家で古いけど、広くてお庭もあるのよ」

 と中へ案内され


 お風呂は……火の付け方を教えてもらって私が一番先に入らせてもらった。

 海音はお姉さんが入れてくれると言うので

「いいのかなあ」とは思ったけど

 海音が大昔、ママとそうしたみたいに……お姉さんにくっついていったから、そのままにした。


 海音の事は……


 お姉さんが髪を乾かしている間に私のところへやって来て

「お姉さん、すっごく綺麗だった!!」ってハイテンションで囁いたので


 思いっ切り小突いてやったけど……


「私だって!お姉さんと入りたい」って思ってしまった。



 それから仕出しで取った精進料理をいただいた。


 本当にお姉さんは用意が良くて、ご自宅に後飾り祭壇の手配までしていた。


 これが作法に合っているのかどうかはわからないけど……


 その夜は祭壇の前にお布団を三つ敷き並べて、三人一緒に寝た。


 温かいふわふわのお布団に横たわると祭壇の明かりも温かく感じる。


「お姉さん……寝た?」


「起きてるよ……」


「あのね……式場で私の涙を拭いてくれた時のお姉さんの笑顔なんだけど……」


「うん……」


「とても懐かしく感じたの」


「そうなの?」


「うん! それでね!その事が頭の片隅で、ずっと気になっていたんだけど……気づいたんだ! パパそっくり!!って!」


「……そうなんだ……」


「お姉さんは……パパの事…嫌い?」


「―ん……ちょっとニガテ…… でもね、あなた達がお父さんの事を大好きなら……ニガテでなくなるよう、努力してみる」


「あははは、努力なんだ」


「そうだね。笑っちゃうね」


 私は……間で海音が寝ているから思いっきりお姉さんの方へ手を伸ばしたら、お姉さんがその手をしっかり握ってくれた。

「お姉さん!大好き!!」


「私も美波(みなみ)の事が大好き!!」

 そう、お姉さんが言った途端、海音が寝返りを打ってお姉さんの胸にドシン!とぶつかった。


「こいつ、お風呂から上がった時『お姉さん、スッゴク綺麗!』って興奮してたんですよ!とんでもないエロガキなんだから!!」


 そう言い付けると

 お姉さんは空いていた手で海音の頭を胸に抱いて「アハハ」と笑っていた。


 こうしてとても悲しくとても幸せな一日が過ぎて行った。

 明日を心待ちにしながら……






 。。。。。。



 イラストです。



 渚沙さん



挿絵(By みてみん)





挿絵(By みてみん)


随分前に書いた二作品を一つにまとめました。


焼き直して申し訳ございません<m(__)m>



ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 描き上げるのがとても難しい題材を、こんなにも美しく、心の機微に触れる形で物語にできるのは素晴らしい事だと思います。 渚沙さんの美也子さんを許す優しさは、父親への怒りと表裏を成しているとし…
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