愛しい人の記憶を持って生まれ変わりたい男と、女神になった女
メリバと思います。
苦手な方は、回れ右でお願いします。
『あなた。今日も、これからも、ずっとずっと、愛しているわ』
そう言って、妻は夫の頬にキスをした。
「……リリ?」
車椅子に座っている老人が、ふと顔を上げた。
でも、妻には気付いていない。
『先に逝ってしまって、ごめんなさい。ふふ、でも、私たち、長生きしたわよね? シワシワになっても、毎日、幸せだったわ』
リリは、にっこり笑ってみた。
やっぱり、夫には見えていないようだ。
夫の顔を見つめて、リリは悲しそうな顔をして立ち上がった。
リリが愛した全員が、リリの為に泣いている。
皇国中の国民が、皇太后の逝去を悲しみ、喪に服している。
『皆、みんな、大好きよ。ありがとう』
『さて、私はどうしたら良いのかしら。何処へ行ったら良いのか、さっぱり分からないし』
先ほどから自分が浮き始めたことに、リリは気が付いた。
ふわふわと皇城のてっぺんへ行き、どうしたものかと、自身の大層な葬儀を見ながら座っていると、ご無沙汰の声がした。
『リリ……』
魔神が泣きそうな顔をして立ち尽くしているので、リリは驚いてふわふわと近くへ行った。
『どうしたの?? 魔神、お久しぶりね。私ね、ついに命を全うしたわ。神様だから私が見えるの? ねえ、何でそんな顔をしているの? イケメンが台無しよ』
リリが、肉体的にピーク時の姿になってるのだ。
何才になっても、年老いても、リリは美しかったけれど。
今浮きながら立っているのは、魔神が欲しくて欲しくてたまらなかった16才あたりのリリだ。
『祝福を、3つ受けたら、神になれる』
リリは生前、3人の神からの祝福を受けていた。
その証がリリの額にずっと残っている。
小さくてキラキラした宝石のようなそれは、いつも誇らしそうに輝いていた。
単独行動が主で誰かと一緒にいるのが好きではない神からの祝福。
それを3人から受けるなんて、リリ以外にいなかったし、きっとこれからも現れないだろう。
『え?! そうなの?!』
『頼むから選択してくれ。神に、なって、悠久の時を、一緒に居てくれ。失いたくない』
この時、つまりリリが選択をする日が近付くにつれ、魔神は柄になく怖くなって、リリの近くに居られなくなっていた。
リリがどう答えるのか。
もし永遠に失ってしまったら、そう考えるだけで気が狂いそうだったのだ。
リリは魔神の頬に手を当てた。
いつも悪態をついて口の悪い、そんな魔神が、ためらうことなく泣いているから。
この人の願いを叶えてあげたいと、リリは思ってしまった。
いつも影から自分を守っていてくれた、この人の願いを。
『なるわ。人の生活は十分楽しんだから。本当に幸せだった。神様だなんて、こんな経験は、望んでもきっと出来ないもの』
魔神の涙を拭いて、リリが微笑むと、魔神はリリを逃げられないようにして、今までの分を満たすかのように、リリに優しくキスをし始めた。
『ちょっと?! リリ?! え、何才なの? 待って。何やってんの。交代しなさいよ』
あちらから、にぎやかな神がやって来た。
リリと魔神を引き離し、こちらもリリにキスをした。
何やかやと魔神と共にリリを守ってきた、聖神だ。
リリに最愛の夫がいようが全く関係なく、どこでも隙あらばキスしてくる神たち。
手を焼いていた夫を思い出して、今のリリは寂しさを隠すことはできない。
大粒の涙をためらいなく落としながら、2人の神たちにしがみついた。
先帝は、魔神と聖神の主となる魔剣と聖剣の所有者となり、神の手綱を握る唯一の存在だった。
きっと先帝がいなければ、リリは早々に掻っ攫われていただろう。
リリが逝去した瞬間、両剣は消失した。
もう2度と創り出されることはないだろう。
◆
魔神と聖神が、リリが神となる瞬間を見守った。
リリは記憶の女神となった。
『記憶を操作する機会なんて、ないでしょうけど』
『そう思ってても、何かしらあるものなのよぉ』
『悠久の時をナメんなよ』
リリは幸せそうに笑った。
『2人と一緒なら楽しそうだわ。よろしくね』
『いつまでも一緒にいられるなんてねぇ』
『うるさくなったら言え。こいつを撒いて逃げてやるから』
『ふふ、大丈夫。今は、賑やかにしてもらえる方が、助かるわ』
寂しそうに話す女神に、2人の神は肩を寄せた。
大好きな人たちと別れ、まだリリとしての寂しさが残っている。
きっと時間が解決してくれるはずだけれど。
それはまだ先だろう。
ある日、女神が2人の神と人の街を歩いていると、先帝がもう長くないという噂を聞いた。
「もう間もなくらしいぞ」
「皇太后様とおしどり夫婦だったものね。側室もいなかったなんて初めてよ」
「きっと寂しいのね」
「今はもう双子の皇太子殿下が皇帝を兼務されてるんだよな?」
『最後に、会いに行っては、ダメ?』
2人の神は女神に甘いので、大体の願いを叶えてしまう。
寝台にいると聞いて、看取りに来た時だった。
かつての最愛の人に、女神は見つかってしまった。
もう、意識はないと思っていたのに。
先帝は、ゆっくり、ゆっくりと話し始めた。
それを愛おしそうに、16才の姿をした女神は先帝の手を握って、穏やかに聞こうとしている。
「お願いだから、殺してくれ。この記憶を、持って逝きたい。愛し愛された、この幸せな記憶を、覚えておきたい」
声もかすれ、泣いて懇願してくる先帝を見て、女神は泣き崩れていく。
この世界で記憶を持って生まれ変わることが出来るのは、神が処刑した者のみ。
その罪を覚え、来世で反省させるため。
何も罪のないこの人を、いたずらに記憶持ちにするなんて。
でも。
覚えていてほしい。
また会いたい。
会いたい。
でも。
そのためには、神が殺さなければならない。
記憶の操作で、自分を忘れさせたら良いのかしら。
どちらも、できない。
愛おしい人を手に掛けるなんて。
私との想い出を、忘れさせるなんて。
女神は、ずっと泣き伏せている。
もう事切れそうな先帝は、このままにしておけば、明日にでも逝ってしまうかもしれない。
他の2人の神も、ただただ見ているだけだった。
切望していたリリを、唯一独り占めすることができた、先帝を。
泣き伏せる、女神を。
かつて夫婦だった、この2人を。
翌日、頭と胴が離れた彼が寝台にいた。
美しいほどの切り口で、首を切られている。
体から離れているのに、穏やかな顔をして終わっていた。
穏やかすぎて、まだ生きているのかと思ったくらいだ。
青褪めた女神、何も言わない2人の神。
女神がリリだった頃、もともと騎士並みに強かったけれど、16才の時に聖神から剣術を学んだこともあった。
女神も神たちも、高度な剣の遣い手だ。
つまり、誰でも、成し得る。
誰も目を合わせず、2人の神は女神の背中を優しく押しながら、部屋を出た。
◆
数百年後……
あるところに、綺麗な男の子が生まれた。
その子が少年になった時、記憶が蘇る。
周りにある、寄ってくる綺麗な花たちには目もくれず、それよりも何よりも美しい最愛の人を探し求めた。
いつか少年が青年になった時、2人の神と一緒にいる女神を探し出す。
「久しぶりだな、聖神、魔神。ねえ、お願いだ、隠れないで……リリ」
女神をリリと呼ぶ綺麗な青年は、以前とは違った容姿だけれど、雰囲気や表情は彼のそれだった。
「私は、2人と恋人のように過ごしてきたの。だから、あなたとは一緒にいられない。他を、あたって」
背を向けたまま、震えながら話をする女神を、青年はそのまま後から抱きしめた。
「俺は悠久の時を過ごせないから。リリの少しの時間を、俺がもらえないか?」
聖神と魔神の主となっていた前回と同様、なぜか今回も彼らは青年に逆らえなくなっている。
神を2人も従えて、かつて皇帝だった青年はまるで神の王のようだ。
「リリ、お願いだ」
プロポーズの時のように、青年はひざまずいて手を差し出して笑った。
「会いたかった。やっと会えた」
その言葉を聞き、女神は涙を落としながら、震える手をそっと置いてしまった。
リリは彼を特別に愛していたから。
2人は、再び愛し合う。
それから数十年、女神はリリと呼ばれ、2人だけで、密かに穏やかな日々を過ごした。
そして、青年が老人になった時、看取る間際にまた懇願されるのだ。
「記憶を失くすのが怖い。また、君に会いたい」
そう言うのだ。
女神は再び悩む。
悩み泣き伏せる。
他の神は、やはり見ているしかない。
そして翌日、やはり頭と胴が離れた彼が居た。
誰が彼を逝かせたのか。
彼の願いを叶えるために、女神がやったのか。
女神があまりにも泣くので、2人の神のどちらかがやったのか。
誰もそれを言わない。
誰もそれを聞かない。
何も言わないまま。
彼は記憶を持ち続ける。
永遠に。
再び最愛の人と愛し合うために。
メリバは嫌いな方多いでしょうか……
私もハッピーエンドが好きなんですが、これしか浮かばなくて、ちょっと興味本位で投稿してみました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
五体投地で御礼申し上げます!