6.子供ってうるさい
「うむ、美味い。ソースもよく作ったものだ。パスタやひき肉に味が染み込んでる。美味い。」
今日のお昼はミートソーススパゲッティ。
出来上がるまでの様を延々と子供のような目で面白そうに見ていた夕紗。
「そういえば……」
「?」
「お前が言っていたRPGとは、Roll Playing Gameの略か。」
スパゲッティをフォークでぐるぐる集めながら、突然そんなことを言い出した。
「急にどうしたのよ。」
「お前が言っていたのをふと思い出してな。辞書に書いてあった。」
「ホッ……」
(スマホじゃなくて良かったあ……)
心の底からそう思った。
スマホに見られて恥ずかしいものは入っていないはずだが、いざ見られる、あるいは見られたとなったら冷や汗が出るに違いない。
「はあ!?」って叫んでた。
「どうした?」
「いや、この家にあったかなあって……あっても、あたしが子供の頃にやってたのがあるくらいじゃないかな……最近ゲームなんてやってないしね。」
「なるほど、面白いのか?」
興味深そうに、性格悪そうなにやりとした笑みを見せた夕紗に対して、未咲希はもう何とも思わなくなりつつあった。
「昔だからそんな覚えてないけど、たぶん面白かったんじゃない?その時は時間ある時、ずっとやってたわよ。」
「ほう、貸せ。」
「……。」
「……どうした。」
「言い方。」
「なっ……」
夕紗は指摘されたことに対して、不意に戸惑いの声が漏れてしまった。
「あんたへの"対価"とは別でしょ?」
「ふ、ふざけるな。どう言えというのだ。」
「貸してください。」
「くっ……!」
「ほら、リピートアフターミー。」
「か、貸して……くだ、さい。」
「よし。」
「よしじゃない!なんだその満足げな顔は!」
「あはははは!」
そう言いながら、未咲希は満足気にバタバタと自室へと向かった。
「昔のやつだから最新機種じゃないからねー。」
「……何でもいい。」
少し不貞腐れながら、夕紗はゲームを待っていた。
========€
それから1時間後--
「やっぱ、食費何とかしたいなあ……」
悩みながらスマートフォンのアプリで家計簿をつけていく。
チラッと横目で見た夕紗は、自堕落を極めていた。
寝そべりながらポテトチップスの袋を開けてポテトチップスを口に入れていく。
ご丁寧にウエットティッシュを傍において、口に入れていく度に手を拭いていた。
VRゴーグルをかけているのに、前の世代のゲームをやっている姿はちょっと面白い。
「太るよ。」
「……うむ。」
ポチポチポチ……
てんてんてててーん
イラッとするのが5割と、呆れが5割。
さておき。
家計簿をつけた結果、近くのスーパーがセールのうちに買い物したいと考えた未咲希。
ついでに、銀行も行こうかと考えていたのだが……
「……ねえ、銀行行って、買い物行くから着いてきて。」
「一人で行けぬのか。Gameがしたい。」
「……心配だから着いてきて。今日あんなことあったばっかりだし……もし襲われたら--」
「分かった、明日でもいいか。今はGameがしたい……Gameさせろ!まだ夜ではない!」
「子供か!いいから!」
語調を強めて言うと、思いついたように彼は仰向けになり、ゲームをしながら発言した。
「ほう。では、このGameを寄越せ。それが対価だ。」
いい事を思いついたと言わんばかりのニヤッとした悪い笑み。
それをなんとも思わずに、サラッと受け流して言葉を続ける。
「ああ、そう。じゃ、着いてこないならそれ貸さないだけだから。」
「ほう……お前、私から奪えると……?」
「へえ……あんたみたいに能力も使えないか弱いレディに手を出して、欲しいものを奪うような奴だったのね。ま、あの時助けてもらった時も、あたしが落ちかけてるのに、助けずに対価がどうこう言うやつだしね。」
「……む。お前弱かったか……?強いと思ってたのだが……」
「悪かったわね!」
「……まあいい、着いて行くか。借りを作ることが出来るChanceだと思うとしよう。」
「ああ、あんたの性格忘れてた……」
こいつ、行先で作れそうな借りはとことん作る気か!
先が思いやられながら、家を出る準備を始めた。
家を出ようとした際、彼はゲームを手放そうとしなかった。
========€
ガヤガヤとした道の中、最初の目的地である銀行に到着した。
「ここは--」
「銀行よ。お金引き出しに来たの。」
「お前、Online Bankingとやらは使ってないのか?」
「え、いや。」
「そっちの方が楽ではないのか?」
「アプリの……ほら、オンラインで決済出来るやつ!これなら使ってる!けど、お父さんとお母さんが送金してくれるのは、オンラインじゃなくてこの信条銀行の口座だから、アプリないのよ。」
「ふむ、面倒なのだな。」
「歴史あるし、親はそっちの方が使い慣れてるしね。」
自動ドアを開け、整理券を発行し、順番待ちの待機席へと並んで座った。
座った瞬間に彼はゲームを遊び始める。
横目で夕紗が真剣にやってるゲームを、未咲希は横目で見てしまっていた。
懐かしくて仕方がなかった。
過去に思いを馳せ、自分と進め方が違うんじゃないかと思ってしまうほど、夕紗の手つきは慣れていない。
夢中になって彼のプレイを追っていると、夕紗が声をかけてくれていたことに気づいた。
比較的優しい声のかけ方だと思った瞬間、ようやく我に返った。
「おい、いいのか。」
「あ、ほんとだ。行ってくる。」
「うむ。」
どうやら、番号が呼ばれたらしい。
未咲希がその場からカウンターに向かっていった。
そんなことを気にすることなく、ポチポチゲームを進めていた夕紗の傍に小さな男の子がやって来た。
「……なんだ。」
ダルそうに、ウザそうに夕紗は渋々声をかける。
まるで、集中出来ないと言わんばかりの態度だ。
「ねえ、なんでVRゴーグルつけてんの?」
「……」
夕紗の首にかかったVRゴーグルを指さして、少年は尋ねる。
「VRゴーグル、テレビとかなきゃつかえないよ。スマホのなかにはいってるの?それともしらないの?」
「……」
「なにそれ。」
「……"Game"だ。」
無視を決めこんでいたが、男の子が話しかけるのを止めない。
とうとう夕紗は渋々面倒くさそうに口を開いた。
「こんなのみたことない。」
「……昔のものらしい。今は違うのか。」
「うん。そうだよ、これ。」
男の子が持つゲーム機を見て、思わず夕紗は声を漏らしていた。
文字通り感嘆し、目の前にある最新のゲーム機をまじまじと見てしまっている。
「ほう、進化というのは凄まじいな。数年でここまでGraphicが変わるものなのか……なるほど、BGMの音の厚みも素晴らしいが……しかしな、心做しかこっちで聞いた曲の方が印象に残るような……」
「このゲームやったからじゃない?」
「Ah、なるほど。聡いな貴様。」
「さとい?」
「うぬ……Smartだという意味だ。」
「スマートって?」
「……ぬう、しつこいぞ。一体何の用だ。」
夕紗が子供に声をかけると、ふくれっ面で心底退屈そうに告げた。
「つまんないんだよ。パパかえってこないし。」
「知るか。"Game"でもしてろ。」
「じゃあつうしんして!」
「ほう。通信か。"Game"機が違うのに通信が出来るのか。最新の"Game"機とは凄いものだ--」
「できるわけないじゃん。」
「聞いた私が阿呆であったな。どこか行け。父親の元へ帰れ。」
「おいあそべよ。」
「貴様はまず言葉を勉強しろ。」
あーだこーだ言われながら、腕を掴まれ駄々を捏ねられる。
「遊べよ!」
「何様だ貴様。というか離せ、邪魔をするな。静かにするということを知らぬのか。」
「子供相手に何ムキになってるのよ……」
「戻ったか。」
呆れた未咲希が戻ってきました。
露骨に呆れている様子に気にも留めず、立ち上がった。
「お父さんとかお母さんのとこに戻らなくていいの?」
「うるさーい!」
「な……!」
「クク……」
「笑ってんじゃないわよ!」
周囲に人がいるにも関わらず、ギャーギャーと騒ぎ始める。
三者三様に、声を小さくすることなく声を上げていた。
「あっれー……?」
「どうした。」
「どこかで見たことあるような……」
「記憶障害か。」
「うっさい。」
「つーまーんーなーい!遊んでってば!」
「喧しい。全く人前で……おい、どこか子供を預かるところはないのか!」
夕紗は渋々といった様子で、近くにいたスーツの男に声をかけた。
いい加減、この子供をどこかに預けて帰りたいというのが本音である。
「おいそこの貴様、子供を預かるところは--」
「え、わたしですか?」
「そうだ、貴様だ。禿げあがった頭をして、定年間近ながら、Stressを日頃から抱えていそうな貴様だ。」
「そこまで言う必要あります!?」
「おい!どこに連れてくんだよ!」
「貴様はいい加減に黙れ。」
「この光景ヤバすぎるって……ん?」
未咲希は外の様子が、少々騒がしいことに気づいた。
目を細める様子を怪訝に思った夕紗が尋ねる。
「どうした。」
「なんか騒がしくない?」
「……そのようだ。」
「?一体なんのこと--」
未咲希が答えたと同時に、夕紗は悟ってしまった。
首にぶら下げていたVRゴーグルに手をかけた。
夕紗の睨む先の自動ドアから、全身を軍服のような服装に身を包み、顔を隠して銃を持ち込んだ集団が銀行の中へ乱入してきた。
その集団は周囲を警戒しながら、四方八方に銃口を向ける。
「手を上げろ!」
「……うっそでしょ……こんな展開ある……?」
「私はお前のUnluckyぶりに驚きを隠せん。」
「うるさい。」
ドタドタドタ……
カチャカチャ!
銃を持ち込んで、来た男が一通り入っていったのか。
入口から一際ガタイのいい男が、ゆっくりと歩いてきた。
その男はほかの人たちと違って、雰囲気があった。
「ふむ……奥の男は、それなりにやるな。お前、」
「な、なに?」
「これを持っていろ。念の為だ。」
彼が渡してきたのは、あの時と同じ黒く、鈍い光沢を持つ銃であった。
「これ……!」
「説明は後だ。いいか、何かあれば迷わずそれを撃て。持っておくだけでいい。何かあった時の為にな。」
「あ、あんた。」
震える手を抑えるように、夕紗は彼女の手を自身の手で覆った 。
「いいか。危ないと思った時は、絶対に遠慮するな。勇気を持って引き金を引け。自分が酷い目にあうくらいだったら、相手を酷い目にあわせてやれ。……だがな--」
引きたくない。
引けない。
それが正直な本音だ。
でも彼の言うことも分かる。
分かるからこそ、受け取っておく。
それでも、それでも引くのは怖い。
でも、大丈夫。
「お前に引き金は引かせない。」
彼が絶対に引かせないだろうから。
「安心しろ。何かあってもお前は私が守る。」
「うん。分かってる。」
「ならいい。」
夕紗は未咲希以外のここにいる一般人の方を向いた。
「貴様ら、死にたくなければ動くな。いいな。」
それに反応し、次々にコクコクと頷いていく。
「よし。」
椅子から立ち上がった。
その途端、一斉に銃口が夕紗に向く。
「動くな!手を上げろと言っている!」
「終わりだ貴様ら。私が今動いた時点で、すぐにその引き金は引くべきだったな。……実戦経験がないのか?」
「な、なに……!?」
深呼吸し、夕紗はVRゴーグルを装着した。
「空気銃」
二丁拳銃を持つように構えた。
ヒリついた空気が辺りに満ちる。
沈黙が緊迫する。
「諦めろ貴様ら。私がいることが運の尽き。」
タン--
その場から軽やかに跳ぶと、銃を持つ構えを取り、それぞれに狙いを定める。
集団が銃を構えて、狙いを定めて引き金を引こうとした時--
それはたったの一瞬で終わっていた。
周りの一般人が何が起こったのか分からないほど、夕紗が行ったことは圧巻なものであった。
空中で銀行強盗集団の持つ銃を、寸分たがわず撃ってみせたのだ。
そして、宙から無理やり速く着地すると同時に装填、さらにそこから銃を持つ全員を撃つ。
急所が外れた強盗も死を感じたためか、その瞬間にかいた多量の冷や汗を拭うことも無く、無力に項垂れるだけであった。
「銃の扱いで私の右に出ようなど100年早い。」
「どしたの?急に……」
「一度言ってみたかったのだ。」
「変なことしてやられないでよ。」
その通り。
まだ敵は1人残っているのだ。
明らかに強いと感じる男が、1人残っている。
「私を誰だと思っている。」
「え……い、巌影夕紗……」
「Exactly!」
「その通り、って……この状況で何言ってんのよ!」
そんなことを気にも留めず、男を見据える。
「う、受け取り手だったのか……異能力の……」
「む?」
下にうずくまる強盗が、呻きながら声を上げた。
さぞ恨めしそうに。
さぞ憎々しげに。
「くそ……!お前ら受け取り手のせいで……!俺たちは職を失ったんだ!」
「What's?」
「そいつらは、てめえみてえな能力者に職を取られたんだよ。知らねえのか?ニュース見ろ……って言っても何年か前の話か。」
「悪いが……時世には疎くてな。」
そう言いながら、男を警戒する。
どう見ても時間稼ぎにしか見えない。
「今まで日本にいた自衛隊は、日本を守るべくして存在した自衛隊は、能力の受け取り手……つまり、能力者の台頭によって解体されたんだよ。代わりに発足されたのが、JCRAとかいう異能警察だ!」
「……?おい、どういうことだ。」
夕紗は未咲希に説明を求めた。
「JCRA、Japanese Central Reciever Agency。能力者のみで編成された異能警察のことよ。つまり、その異能警察が出来たせいで、警察や自衛隊、消防隊とかで大量のリストラがあったの。あたしらの就職先にもあるけど、あたしみたいに能力使えないと無理よ。」
「リストラ……」
「解雇されたってこと。」
「なるほど、要は貴様ら解雇されて職を失い、再就職も出来ずにこのような道を選んだ愚か者共ということか。」
「そう言うな、それしか道がなかっただけだ。」
「それしか道がなかった……だと?」
分からない。
自分たちの行うことが罪になることは分かりきっていることだと言うのに。
それを知っていて、なぜわざわざ自分がその異能警察に狙われるようなことを行うのか。
「……それにしても驚いたぜ。なんも持ってねえのに、早撃ちみたいなことしやがった。」
「……そう見えたか?」
「心当たりがあってな。なんせ俺も……そういう能力みたいなの使えるからな。」
なにか来るのはすぐ察知できた。
問題はどうやって迫ってくるのかだが--
「角出せ槍出せ」
(来るッ!)
「歌……?」
「伏せろ!」
次の瞬間、男に手のひらから槍が伸びた。
その槍は一定の距離まで伸びると止まり、徐々に彼の手のひらに戻っていった。
「よく分かった。」
「なるほど、現実の受け取り手か。能力を使える貴様が、その異能警察に入らない理由がでもあるのか?」
「教える義理はない!」
「それはそうか……空気銃」
「角出せ槍出せ!」
手のひらから槍を出るのをものともせず、突進する夕紗。
「出せば終わりか。」
たった一発の披露で、夕紗は男が出す槍が出した時と比べて遅く戻ることに気づいた。
じゃあ、出させてしまえば"勝ち"だと。
「ズドン」
脳天目掛けて引き金を引いた時、
「手からだけじゃねえ」
その弾丸は弾かれた。
男の額から、槍が角のように生えていた。
いや、槍を意図的に額から生やしたのだ。
「む……」
槍は全身から射出可能か。
……やはり戻るのは遅い。
維持も出来ないのか?
「なるほど、ではまだ未熟だな。」
「?」
ザッとその場に飛び立つのを視認し、上を向いた瞬間--
既に青年は後ろを取っていた。
「……!」
(はええ、こいつほんとに同じ人間かよ……!)
軍隊出身の男でさえ、目に映る青年の動きは常軌を逸していた。
ふざけて言うのであれば、お前はサーカス団かと言いたくなるほどだ。
だがしかし、サーカス団にしては動き速すぎる。
そんな中、男にチャンスが訪れる。
あの男の子が、未咲希のそばからいなくなっていた。
気づけば、男のいる方へと近づいていた。
そして、男は視線を合わせるように反射的にしゃがんだ事で、頭を狙っていた夕紗の射線が切れた。
「なに……!」
「あ、あの子……!いつの間に!」
これには流石の夕紗も驚いた様子を見せるも、一瞬にして怒りを覗かせる。
「阿呆め……!状況を読むということを知らぬのか……!」
男の子は立ち塞がると、
「ぼくのパパのおみせでなにするんだ!」
と叫んだ。
震えがあるも無鉄砲が過ぎるこの行動。
当然ながら、やっていることはペリカンがキリンを食べようとしているほどに無謀である。
「あまりいい気はしないんだが……悪いが利用させてもらう。悪いようにはしない。」
「え……?」
だからこそ、男にとってそれを利用しない手はなかった。
「うわっ!」
「おい、親父さん見てるかー。子供死んじまうぞ。……早く呼べよ、JCRA」
監視カメラに向けてそう言う男の目は怒りに燃えていた。
「あ、あんた!子供助けられる!?」
「む……」
腕に抱きついて助けを乞う未咲希。
悩む素振りを見せた夕紗は、目を開いて声をかけた。
「おい、子供。」
子供はビクッと身を震わせて、恐る恐るといった様子で顔を向ける。
どう見ても夕紗が怒っていると思われている……ある意味当然か。
「貴様を救ってやる。救ってやるから対価をよこせ。」
「子供からたかる気か!」
夕紗の欲望丸出しの要求に、思わず未咲希が突っ込んだ。
「あんたは子供にまで対価もらおうとして--」
「安心しろ。私はただゲームが欲しいだけだ!」
「何が安心よ!子供からゲームもらおうとしてんじゃないわよ!」
「喧しい。」
隣で騒ぐ未咲希を無視して、夕紗は少年に問いかける。
「さあ、どうする?」
「う……!」
ガシャァン
少年が手からゲームを落としてしまった。
カバーのせいか、衝撃による画面のヒビ割れはないようだが。
「おい、頼むから大人しくしておいてくれよ……俺の目的は、ここに強盗することでも、お前ら殺すことでも脅すことでもねえ。」
「俺たちはJCRAを呼びたいだけなんだよ。どんなことを」
バキッ
勢いよく振り下ろされた男の足は、ゲーム機を踏みつけられた。
同時に、ゲーム機は見るも無惨な姿に成り果ててしまい、修復は不可能にしか見えなかった。
男にとっては無意識であっただろう。
しかし、この行為に一番衝撃を受けてしまったのは夕紗だった。
「貴様……!よくも、よくも"ゲーム"を!」
「心配するとこそこじゃないでしょ!」
「空気銃」
「くっ!」
夕紗が銃を持つ構えを取ると、先程とは打って変わって動かずにじっと構えていた。
「……いいのか、このままこいつの首に槍を突き刺すことだってできる……!」
「あんた……!」
「静かにしてくれ。……集中させろ。」
慎重に。
ただ慎重に、相手を見据える。
首を掴んで盾にする男に対して、撃つ手を張り巡らしていた。
が。正直、攻めあぐねているというのが実情。
正確には、どんな攻撃を行っても、少年が先に死ぬ未来しか見えなかったのだ。
男は少年の首を掴んでいる。
そのまま槍を出せば、少年の首は一瞬で無くなり、頭と体が離れて死ぬのが予想できた。
その上で、自分が空気銃で攻撃をするよりも、男の手のひらから槍が出る方が速いと考えた。
唯一可能性がある方法でも、五分五分であると考えていた。
自分が先程のように動いた場合に、相手が自分が錯乱させている際に槍を出してもダメ。
相手が捉えられないほどの動きが出来ればいいが、目が慣れていて動いたこと、仕掛けたことに気付いてもアウト。
時間が解決してくれるのならばそれがいいのだが、男の殺す気がないという言葉を前提に動いていいものか。
(ただ殺すだけなら、簡単なんだがな。)
決まった。
音を殺して、高速で動いてゼロ距離で腕を撃つ。
ダラりと力を抜き、ゆらりと構える。
失敗は許されない。
許した瞬間に犠牲者がプラス1だ。
(余裕)
頭にその文字が浮かんだ瞬間、夕紗は動いた。
アッパーカットをするような角度で銃口を相手の手首に狙いを定める。
すると、男の視線が入口へ向いた。
気づけば、再び入口の向こう側が少々騒がしくなっている。
「来たか……」
その反応を見せた瞬間が"スキ"であった。
チャンスとばかりにそれを即座に察知し、夕紗は引き金を引こうとする。
だが、引き金を引くよりも速く、捕まっていた少年がそのまま真下に落ちてきた。
結果、少年に押しつぶされる形となった夕紗は、集中が切れたせいか、痺れを切らしていた。
「次から次へと……!」
異能警察だと思い、視線を向けると自動ドアが開く前に男がしかけた。
「角出せ槍出せ!」
「プロテクトナイト!」
槍が弾かれた。
弾かれたと同時に、金属と金属が弾かれたような音がした。
とうとう来たのかと、半ば興味ありげに入口を向こうとすると、それより先にヘタリと下に座り込んでしまった未咲希に目がいった。
夕紗はすぐさま未咲希の方へ駆け寄った。
「なんで……」
「おいどうした。」
「先輩、たちだ……」
「どういうことだ。」
(震え……まさかとは思うが、JCRAとやらではないのか。)
「学校の、先輩たちだ……」
振り絞るような声を聞き、視線を入口に移す。
「あなたですね、銀行強盗とは。通報を受けていますよ。」
「お前、JCRAではないな。」
「JCRAが来る前に、まずは僕たちが話を聞きましょう。」
ピチッとした制服に身を包み、槍と盾を構えた青年が……立ち塞がっていた。
X→licht_krauss