第31話 【ハイネ視点】半熟騎士の推測
「救護班は至急、怪我人の手当てを!」
「奴らの足取りを追うんだ。どんな小さな痕跡も見逃すな!」
飛び交う声が、ガンガンと頭に響く。
うるさい。静かにしてくれ……。
そんな思いとは裏腹に、喧騒に絶えきれなくなった俺は、閉じていた目をゆっくりと開いた。
目の前に広がるのは、ダンスホール。
だけど踊っている奴なんて一人もいなくて、聞こえてくるのは叫ぶ男の声や、女子の鳴き声。これは、どういう状況だ?
スッキリしない頭で考えていると、見覚えのある顔が俺を覗きこんだ。
「ハイネさん、気がつかれましたか」
「エミリィ……これはいったい?」
「覚えてらっしゃいませんか? アナタは赤い月に連れて行かれるルゥさんを助けようとして、頭を殴られ気を失ったのですわ」
「ルゥ……そうだ、ルゥ!」
叫んだ途端、頭がズキリと痛む。けど、そんなことを気にしてる場合じゃなかった。
完全に思い出した。
舞踏会会場を赤い月が占拠して、妙な薬でルゥが眠らされたんだ。
そして赤い月の奴ら、眠ったルゥをどこかへ連れて行こうとして……。
後はさっきエミリィが言った通り。俺はルゥを助けようと仮面の男に挑んでいったけど、敵に後ろから頭を殴られて、気絶したんだった。
なんて事だ。
ついこの前、舞踏会で何か起きたら皆を守るよう、トワ先輩に言われていたってのに。目の前でみすみす、ルゥを攫われた。
情けなくて悔しくて、拳を床に叩きつける。
「くそ、なんたってこんなことに! 赤い月の奴らは? ルゥはどこに行った!?」
「ハイネさん、悔しい気持ちは分かりますけど、落ち着いてください」
「俺は落ち着いてる!」
「そうですか。けどお言葉ですが、そのような目をしながら言われても説得力がありませんわよ」
──っ! 目だって⁉
自分では分からないけど、ひょっとして今俺、赤い目になっているのか?
あり得ない話じゃない。アイツは感情的になると意思に反して発動してしまうから。つーかエミリィの言ったことを思うと、まず間違いないだろう。
慌てて手で顔を覆うけど、今さら隠したって無意味。エミリィに、ハッキリ見られてしまった。
「安心してください。今は皆、自分達の事だけで手一杯。わたくし以外は、気づいていませんわ」
確かに。
覆った指の隙間からホールの中を見ても、俺の事なんて気にする余裕がないのか、騒ぎになってはいない。いや、元々が大騒ぎなんだけどな。
けど、エミリィは赤い目を見ているはず。呪薬の呪いの証である、この赤い目を……。
「警戒しなくても大丈夫ですわ。……言う必要がないので今まで黙っていましたけど、太陽の騎士団の家系が受け継ぐ呪いについては、知っていましてよ」
「なんで、その事を……」
「『人の口にドアはつけられない』。一般的にはともかく、一部の貴族の間では有名な話ですもの。チェルダー家の娘たるわたくしが知っていても、不思議はないでしょう」
「それじゃあ、ずっと前から知ってて。お前は、怖くないのか? 俺は呪い持ちなんだぞ」
幼い日の記憶が甦る。
仲の良かったはずの、幼馴染みの女の子を助けるため、使うなと言われていたのに禁を破って力を使ったあの日。
助けたはずの彼女に怖がられ、拒絶され、女子が苦手になるくらいトラウマになった。
だけど。
「見くびらないでください。わたくし、それくらいの事で偏見を持つような、狭量ではございませんわ。そんな事、どうでもいいじゃありませんか」
心外だと言わんばかりに言うエメリィに、目を丸くする。
どうでもいい。俺はそのどうでもいい赤い目が、メチャクチャコンプレックスなんだけど?
そう言えばこの前、ルゥにも同じようなこと言われたっけ。
もしかしたら、偏見を持っていたのは俺の方かもしれない。受け入れてくれるやつは、案外いるのかも。
けど、今は感心している場合じゃない。
俺は心を落ち着かせながら、再度尋ねる。
「呪いのこと、黙ってくれていてありがとう。それで、赤い月の奴らはどうなったんだ?」
「撤収して行きましたわ。ルゥさんを連れて」
「やっぱりアイツ、連れて行かれたのか? けど、なんたってアイツを?」
逃げるために、人質が必要だったから?
いや、けどルゥは人狼。もし人質が必要だったにしても、それならか弱い人間から選んだ方が良かったんじゃないか?
すると、エミリィが何かを考えるように腕を組む。
「考えすぎかもしれませんけど、もしかしたら最初から、ルゥさんが狙いだったのかも? あの仮面の人がルゥさんに掛けていた眠り薬。たしか、人狼用に調合したと仰っていましたよね」
「そういえば」
「それと、先に連れて行かれたトワ先輩も、行方不明のままなんですの」
「トワ先輩も?」
そういえばルゥが飛び込む前に、トワ先輩は部屋の外に連れ出されてたんだっけ。
薄情な話だけど、今の今まで目の前でやられたルゥの事で頭がいっぱいで、すっかり失念していた。
トワ先輩、すまない。
「もしかしたら赤い月は、初めからお二人を狙って来たのかもしれません。彼らの思想を思うと、考えられなくはありませんし」
「どう言うことだ? まあ、トワ先輩が狙われるのは分かるけど」
何せあの人は、学園理事の曾孫。そして、太陽の騎士の末裔でもあるんだ。狙われる理由としては十分だろう。
けど、ルゥは何故? するとエミリィが、その疑問に答える。
「ルゥさんはその、ハイネさんのファーストダンスの相手ですわ。人間と魔族が、一番目立つ所で踊ったんですもの。両種族の共存に前向きなラピス学園の方針を、アピールできたことでしょう。けどそれが、彼らにとっては目障りだったのかも」
「なるほど。ルゥとトワ先輩を手にかけて、自分達の主張を示そうって腹か。そのためにわざわざ、人狼用の薬まで用意して、胸くそ悪い話だ」
ルゥもトワ先輩も、お前らに見せしめにされるために踊ったんじゃないぞ。
「ええ、わたくしもそう思いま……って、あら? ちょっと待ってください」
「どうした?」
急に言葉を途切れさせ、何やら考えはじめたエミリィ。
彼女がこんな風に考える時は、大抵何かに気づいた時なのだけど。
「……すみません。大した事ではないのですが、さっきの推測にはほんの少し、穴がありましたわ」
「穴? いったいどんな?」
「見せしめにするため、最初からお二人が狙いだったという点です。トワ先輩はともかく、ルゥさんの方は事前に調べられていたとは思えません。だってトワ先輩のダンスの相手がルゥさんだって、わたくしだって知りませんでしたもの。彼らが知っていたとは思えません」
そういえば。
そりゃあ俺は、本人から聞いて知ってたけどさ。大々的に二人が踊ると、発表されてたわけじゃないんだ。
「よほど親しい身内ならともかく、他は知り得ませんわ。トワ先輩がルゥさんをダンスに誘った時の周りの反応、覚えています?」
「ああ、なんか女子が、納得いかなさそうにゴチャゴチャ言ってたっけ。アイツらあの時まで、トワ先輩の相手がルゥだって知らなかったんだろうな」
「踊る相手を伏せていた以上、最初からルゥさんをターゲットにしてたんじゃなくて、トワ先輩と踊っているのを見て標的にされた、でしょうね。まあ、細かな違いなのですけどね」
まあ確かに。どのタイミングで狙われたかなんて、どうだっていい。
それで結果が変わるわけでもないけど、わざわざ訂正する辺りがエミリィらしいと言うか……いや、待て。
「なあ、だったらあの眠り薬はどうなる? あの仮面つけてた奴は、人狼用に調合したって言ってたよな?」
「それは……ガーディアンに人狼がいるって知っていたから、対策として用意していたとか?」
エミリィにしては、ざっくりとした推測。本人も腑に落ちていないのか、首をかしげている。
確かにエミリィの、言う通りかもしれない。けど、何だか違和感を感じる。
自分でもはっきりしないけど、何かが引っ掛かるんだ。
わざわざ人狼用の眠り薬を用意してたのに、最初からルゥを狙ってたわけじゃなかったってことか?
「何にせよ、後は騎士団や警備隊に任せるしかありませんわね。トワ先輩……ガーディアンの団長がいないわたくし達では、かえって足を引っ張りかねませんわ」
「騎士団か。当てになれば良いんだけどな。あっさり赤い月の侵入をすなんて、何やってるんだよ!」
騎士団の無能ぶりに、苛立ちを覚える。
あいつらがちゃんと警備してくれたら、こんなことにはならなかったんじゃないのかよ。
「ハイネさん、さすがに言葉がすぎますよ。けど、赤い月の手際はよすぎましたね。警備隊に化けて潜り込んでましたし、逃げる際も見つかることなく、姿を消したみいです。証拠も一切残さない、徹底ぶりでしたわ」
「くそ、何なんだ奴らは。まるで完全にこっちの手の内を……」
手の内を読んでいるみたい。そう言いかけて、ハッと気づいた。
そうだ。手際が良すぎるんだ。
それはもう、異常なくらいに。
警備隊に化けて、館に潜入する。
外には結構な人数の騎士団がいたのに、見つからずに脱出する。
それにさっきも言っていた、人狼用の眠り薬。エミリィは念のため用意しておいただけじゃないかって言ってたけど、本当にそうなのか?
もしも警備の配置や、見つからずに逃げられるルート。それにトワ先輩が選ぶダンスの相手さえも、全部筒抜けになっていたのだとしたら……。
いや、考えすぎだ。いくらなんでも、そこまで読めるはずがないだろ。
そして考えていると、ズキンと腹が痛んできた。
痛っ! そういえばあの仮面の男に、思いっきり蹴られたんだっけ……。
『簡単に動揺して隙を作ってしまうのが、君の悪い癖だ』
痛みと共に思い出されたのは、蹴られた後に言われた、仮面の男の言葉。
だけどその瞬間、頭に電撃が走った。
「──っ! まさか!」
「どうしましたの?」
「あの仮面の男、まさか……いや、いくらなんでもそんなわけ。でも……」
「ハイネさん、大丈夫ですの? ちゃんと医務室で休んだ方がいいのでは?」
エミリィが心配してくれたけど、寝てる場合じゃなかった。
信じたくないけど、もしも俺の考えが当たっていたとしたら……。
「こうしちゃいられない。ルゥを追いかける!」
「追いかけるって、あなたケガは? だいたい、どこに行ったかも分からないのに」
エミリィは言うけど、じっとしてなんかいられない。
もしも推測通りだとしたら――それは俺にとって、そしてここにいないルゥにとっても、あまりに残酷なものだった。




