逆転
いきなりキスをされて
30分後に撮影再開なんて出来る訳がない。
混乱している頭の中でも
それだけは分かった。
女神は急いで廊下に出て
『ちょっと待ってください』と
濱口を呼び止める。
その声はだいぶ先を歩いていた濱口にも
聞こえたようで
彼女の声に反応して振り返って
こちらに向かって来た。
『何、もう撮影する気になった?』と
会議室に入ってくるなり
聞いてくる濱口に
『何で、いきなりキスなんて
したんですか?』と
少しオドオドした女神が聞くと
『あ〜、そっちね?』と
唇を勝手に奪っておきながら
何喰わぬ顔で答えてくる。
『いや〜、男に振られてビェ-、ビェ-
泣いている子供がいたから』
『前の男を忘れ易くする為に
新しい男のキスをプレゼントしたのさ』と
笑いながら説明をしてきた。
『振られてなんか、いません』
『それに誰もキスなんて、頼んでません』
少し強い口調で女神が言い返してくる。
訴えてやる、とかは言わないんだな?
少し濱口は手応えを感じていた。
過去にもタレントに、いきなりキスをして
何度か事務所と揉めた経験があり
今回も、そうなる事を半分覚悟している。
『仕事場に恋愛とか持ち込まないで
欲しいんだよね?』
『こっちはプロとして、お仕事で
来ているんだから』
そう淡々と説明する濱口に
『アタシだってプロです』と
女神が言い返すと
『笑わせるな』と
濱口が吐き捨てた。
そこから濱口が説明を始めた。
モデル、役者、お笑い芸人、アイドル
CMをしたがる芸能人は
たくさん、いる。
みんな次のステージに行く為の
ステップとして自分を世間に
知ってもらいたい、売り込みたい。
その1番の近道がCMだと思っているからだ。
だが出たいと思うだけで、その夢は叶わず
オファーが無いと叶わない。
『今、俺の所には100人位のタレントが
クライアント企業に売り込んでくれって
頼んで来ている』
『大人の世界だから、身体を条件に
女の子が頼みこんできているよ』
『だから俺は別に君とキスが
したかった訳じゃない』
濱口が言った言葉に
『他に方法は無かったんですか?』と
女神が食ってかかると
『甘い事を言ってんなよ?』と
濱口が言い返してきた。
『君に今回、いくらのギャラが
入るかは知らないが』
『今回のCMには1億円が、かかっている』
『君が今回のCMで穴を開けたら
君の両親は1億円を弁償出来るのか?』と
聞いてきたのである。
それを聞いた女神は恐怖した。
生活するだけで精一杯の北海道の両親は
自分が事務所に入る時に
保証人になる書類にサインをしている。
1億円なんて一生かけても払えない。
『君が夜に男を捕まえてきて、
法律に触れるような事をして
一晩で稼げるのは10万円だろう』
『それを1000回して、
やっと稼げる額なんだよ1億円は』
『君だって、出演承諾書に
サインしただろう?』
そう言われて思い出した。
事務所の人に言われるまま
この何日間の間に書類にサインをしてる。
信用している事務所の人だから
何の疑いも持たずにサインをしているが
一度も内容を確認していない。
それを認識して、自分は子供だと悟った。
『人間だから恋愛をするな、とは
言わない』
『恋愛をパワーにして良い仕事を
しているタレントも多い』
『でも男に振られたからって
仕事を逃げ出した奴は初めてだ』
『そんな奴がプロだなんて
笑わせるなよ?』
そう言った濱口の言葉に彼女は
言い返してこない。
『今回のCMも猪木会長からの頼みだろ?』
そう言った濱口の言葉を聞いて
女神はビックリしていた。
『何だ知らなかったのかよ?』
『オリファルコンとミラージュは
コラボしているだろ?』
『そうでもないと、こんなに早く
CMなんて決まる訳ないだろ?』
濱口に言われて初めて理解した。
『猪木会長に聞いていないのか?』
そう聞かれた女神は
『会長とは記者会見の日以降は
お会いしていません』
その女神の報告に
『マジかよ?』
『俺はてっきり、君は猪木会長の愛人で
そのコネでCMに出てると思ったよ』と
濱口が笑いながら言うと
『会長には先週、初めてお会いしたばかりで
それほど親しくありません』と
小さな声で答えてくる。
猪木会長の愛人じゃない?
濱口の頭に一人の男が浮かんだ。
『後藤か?』
濱口が言った言葉に
『後藤じゃありません、立花です』と
女神が白状してしまった。
ハッとして彼女は気付いた。
『後藤じゃなくて、立花って言うんだ
GODは?』
濱口の言葉に女神は
『違うんです、知らないです』と
あたふたしているが、それが返って
真実味を増す行動となった。
『で?立花さんとケンカして女神ちゃんは
CMをしたくないんだね?』と
濱口が聞くと
『出たくない訳じゃありません』
そう言った女神の言葉に
やはり、女神の男はGODこと立花だと
確信が生まれた。
『俺は自分が携わった仕事は全部
弁償出来る覚悟で仕事をしている』
『だから俺の名前が出る仕事で
だらしない仕事はしたくない』
『キスをした事は謝る』
『訴えたかったら、しても構わない』
『だが今回の仕事だけは、君に
しっかりとして貰いたい』
『それは俺がこの仕事に誇りをかけて
生命がけで、やっているからだ』
『やる気があるなら、15分後に
スタジオに来てくれ』
『撮影を再開する』
そう言って濱口は会議室を出て行った。
女神は何も言い返せなかった。
全て濱口の言う通りだ。
この何日間のオファーで勘違いしていたが
1ケ月前までは誰も自分の事を知らなかった。
自分に実力なんて無い。
全て立花が仕込んでくれた結果
CMや新曲のセンターが決まっただけで
自分のチカラではない。
契約書にサインをした自分の責任も
再認識した。
今は目の前のCM撮影に全力投球して
成功させる。
立花さんには撮影が終わった後に
確認をする。
まだ嫌われたと決まった訳じゃない。
濱口の乱暴な気合い注入は成功して
女神は気持ちの切り替えが出来た。
だが女神は重大な事を忘れている。
濱口に立花の本名を教えてしまった事を。




