会えない時間の隙間
オリファルコンの本社ビルを出た立花は
自宅に帰る道を歩きながら
将来について考えていた。
今までは漠然と30才くらいで結婚して
家を買って、子供が産まれてと
典型的なサラリーマンの王道を
自分も進むと思っていたのだが
絵色女神が現れて、自分の彼女になり
結婚まで話として出ている。
そもそも自分が30才の時に女神は
まだ20才だ。
アイドルとしてブレイクしていたら
結婚しますから引退します、なんて事が
許されるのだろうか?
知り合って2週間や、そこらで
そこまで突き進んで良いものか?と
色々と考えていた。
彼女は男性と付き合った事がない
自分が初めて付き合った男性だから
世の中の男の事を分かっていない。
年齢的にも若く社会経験も少ないので
結婚には夢みる年頃だ。
結婚相手となると、ただ好きなだけじゃなく
相手のイヤな部分も許容出来るか?
それを測っていかないといけないが
彼女は絶賛売り出し中のアイドルで
会う時間すら限られている。
だから、お互いの事を、
まだ深く知り合えていない状況だ。
土曜日の夕方の繁華街
立花の目の前を何組ものカップルが
手を繋いで歩いているが
恋人が女神だとマスコミやSNSバレを
考えた時には普通のデ-トなんて
出来ないだろう。
女神が売れる為に猪木会長にお願いをして
オリファルコン社でCMに起用して
貰ったり
たまたま知り合いだった佐山サトシに
権太坂36への楽曲依頼をしたのが
成功したりして
記者会見での絵色女神の大活躍となったが
全てを軽く考え過ぎていた事に後悔している
立花であった。
実際にここまで上手く、いくとは
立花も考えていなかった。
だが毎朝見ているテレビのワイドショーは
連日、女神が画面に映っており
検索ワ-ドでも世界1位になった
ニュースを見ていて
自分は身を引いた方が女神の為では?
とすら思い始めている。
アイドルを夢見て北海道から
単身上京してきて掴んだチャンス
何の展望もないサラリーマンの自分と
付き合っていても
彼女の将来にはマイナスなのでは?とまで
考えていた。
会って、ゆっくりと話せれば
お互いに分かり合えるが
現在の2人のコンタクトは
女神がトイレに行った際に返す
LINEだけである。
こちらがレスを返してもタイムリーに
返事は返ってこず
忘れた頃に、レスが戻ってくるが
その時には、もう違う事をしたり
考えたりもしており
意志の疎通が取れているとは
正直、言えない状況だった。
彼女がアイドルなので、このような
状況になる事は分かっていたが
彼女がいる筈なのに
土曜日・日曜日に予定が無いと
寂しいものである。
それに輪をかけたのが
女神との毎回のイチャイチャで
眠っていた立花の性欲が
完全に復活していた事であった。
目の前のカップルが仲良くしているのを見て
これからホテルに行くのかな?と
勝手に予測をする立花は
欲求不満の男子に、よく見られる
妄想モ-ドに入っていた。
会えないし、出来ないし
俗に言うムラムラモ-ドに突入している。
そんな立花の事を
女神は知る余裕がなかった。
元々、決まっていたテレビ番組の他にも
急遽決まったテレビがあって
テレビ局を3局ハシゴ状態で車移動して
分刻みのスケジュールとなっていた。
移動中の車の中ではリラックスを
出来そうだが
自分がセンターを務める新曲を
移動中の車の中でも覚えながら
食事を流し込まないと
間に合わないスケジュールだった。
テレビ番組では、頭をフル回転させて
上手く立ち振る舞い
車の中で新曲のメロディラインと
振り付けを覚える。
スクランブル状態の女神であったが
トイレに行って
立花のLINEを読むのだけが唯一の
息抜きであり、心の救いであった。
『立花さんが作ってくれたチャンス』
『絶対に成功させてトップアイドルに
なります』
この信念で疲労困憊の体にムチ打ち
女神は頑張っていた。
トイレすら3分で戻って来いと
言われているが
女神は立花からのメッセージを読んだ後に
自分のレスを返していた。
すぐにスタジオに戻らないといけない
テレビの収録が終わった後には
レコーディングスタジオに合流だ。
権太坂の先輩達は今回の新曲にかける
意気込みは大きい。
センターの女神が足を引っ張る訳には
いかない。
結果、立花へのLINEも淡白なレスになり
少しずつ文章も短くなっていった。
深夜に千歳烏山のマンションに帰った
女神が立花にレスしたLINEを
彼が既読にしたのは
彼女が仕事に出かけた翌朝だった。
『体調には気をつけろよ』
立花が送ったLINEはしばらく
既読にならない。
最初から期待していなかった立花は
コインランドリーに行き
1週間分の洗濯物を片付けた後に
蝶野正子との待ち合わせ場所に
向かうのであった。
待ち合わせ場所に向かうと
蝶野は既に到着している。
黒い薄手のニットの上着に、
白いミニスカートの彼女は
今時の若い女の子ファッションでは
派手過ぎでもなく地味過ぎでもなく
バランスの取れた
男受けの良いコ-ディネ-トになっており
彼女の前を通る男たちが
通り過ぎながらも、目で追っていくほど
目立っていたのであった。
それには秘密があり、彼女はブラの
サイズをワンサイズ小さいモノを
身につけて来ている。
元々スタイルの良い彼女であったが
黒を着る事でシャ-プに見せておきながら
バストラインを強調させているので
華奢でありながら膨らみが出ている
いわゆる、ボン・キュン・ボンを
やらしくない感じで着こなしていた。
彼女の作戦は大成功で立花も無意識に
蝶野の全身を舐め回すように見ている。
これには蝶野が出かける前から
雑誌で研究して鏡の前で
何度も着替えを試した成果であった。
男はガツガツ来るタイプの女性は
苦手だが
普段の生活で見れる、何気ない瞬間の
女子力に弱い。
立花も他の男達が蝶野をエッチな目で
見ている事に気づいており
そんな女性と、これから買い物に行く事に
少し優越感を感じていた。
『ゴメン待たせたかな?』
立花が声を掛けて、彼の到着に気付く。
『え?』
蝶野は立花の服装を見て固まる。
白いパーカ-だが表には
セガソニックの仲間たちが9種類
オ-ルキャストでプリントされたモノで
近所のセブンイレブンに行く時にさえ
少し躊躇するようないでたちだ。
立花にファッションセンスは無い。
ス-ツ以外の立花の姿を初めて見た蝶野は
少しビックリしたが、すぐに笑顔になり
『私も今、来たところです』と答えた。
『良かった、なら本屋に行こうか』
そう言って蝶野を引き連れて本屋に
向かって街を歩くが
すれ違う人々たちは、良い女を連れて歩く
秋葉原にいそうな男とのカップルに
みんな二度見をして行く。
蝶野も今まで男を見た目だけで
判断していたが、こと立花に関しては
それは関係ない。
本屋について資格コ-ナ-での
立花の知識は蝶野の想像を超えていた。
蝶野は同時に何種類かの資格本を
購入して、自分に合った資格の
勉強をしようとしていたが
立花は経験上、知識は試験が違っても
覚える順序を計画的に考えれば
必要最低限の努力で全資格を
取れる事を教えてくれた。
指針を示すだけでなく最短ルートに
導いてくれる。
女性が男性に求める、自分を守ってくれて
引っ張っていってくれる
頼り甲斐のある人だと彼女には映った。
本屋で立花が選んでくれた資格本を
買った蝶野は彼に対する評価を
更に上げている。
一緒に歩いているだけだが彼女に
なったようで幸せな気分になっていた。
見た目だけの、つまらない男に
夢中になっていた自分ではなく
中身に惹かれている自分がいる。
本を選んでくれた、お礼に
立花にお茶を奢る為にスタバに
向かっていた時に、それは起きた。
『副社長、お疲れ様です』
パリコレに出るレベルのモデル風の美人が
立花に挨拶をしている。
『秘書さんも買い物ですか?』
高級ブランドショップから出てきた彼女に
立花が普通に話しかけている。
え?
この美人と知り合い?
副社長って何?
硬直している蝶野に気付いた立花が
マズいと感じて
『それじゃ』と言って
蝶野の手首をつかみ、秘書さんから
逃げるように離れていく。
何かを言いたそうな美人を見ながら
立花に引っ張られて
蝶野も、その場から急ぎ足で離れた。
『立花さん、良いんですか?』
『彼女に何か言いたげ、でしたよ』
『と言うか、副社長って何ですか?』
やはり会話を蝶野に聞かれており
その質問をされた。
すると立花は
『あの人は友達の会社で秘書を
やっている人で』
『友達が社長だから、俺をあだ名で
副社長って呼んでいるんだよ』と
説明をした。
説明している立花も、かなりムリな
言い訳だと思ったが
蝶野は
『そうですか』と言って
その後は何も聞いてこなかった。
スタバの店内で資格の質問をする蝶野は
さっきの美人秘書の事など忘れたように
試験の質問を真剣にしてくる。
GODとしてオリファルコンに
関わっている事は会社の連中には内緒に
しておきたかったので
気を使われていると立花は感じたが
それが嬉しかった。
質問が落ち着いた時に立花が
『蝶野が、こんなに試験に夢中だとは
知らなかったよ』と言うと
『将来の夢だから、頑張れます』と
笑顔で答えてくる。
『将来の夢?』
立花の、その質問に彼女は自分の
ライフプランを話し始めた。
結婚した後に出産して、夫婦共働きを
目指している。
女性である自分も産休後に復帰してて
夫と2人で共働きで稼ぐ。
その為には今から資格を取得しておき
将来の自分への投資をしておきたい。
『誰にも言ってないので、恥ずかしいから
言わないで下さいね?』
そう言った蝶野が可愛いく見えた。
立花は蝶野に
『俺は、お前の事を誤解していたよ』
『金持ちと結婚して、玉の輿を
狙うタイプだと勝手に思っていたけど』
『こんなに、しっかりしているなんて
尊敬するよ』と
最高の賛辞の言葉をかけている。
今まで女の色気で勝負をしていた
彼女にとっても
立花の、その言葉は自分の中身を
認めてくれた言葉で最高に嬉しかった。
男と女が付き合って上手くいく時の
条件である
価値観が一緒だと感じたのであった。
『良かったら、この後に
ご飯も、一緒に行きませんか?』
蝶野が立花を誘う
本屋に付き合ったら帰ろうと思っていた
立花だったが
『良いね、行こうか?』
そう言って彼女の誘いを受けたのであった。




