崩壊
突如現れた武藤慶子に2人が
驚いているが
彼女は気にする事なく
『棚橋さんの説明で何とか分かりました』
『私も渋谷に居て棚橋さんに連絡したら
立花さんと2人で飲んでいるからって』
『じゃあ、私も合流しますって
呼ばれていないけど来ちゃいました』と
一方的に喋りだしたのだ。
立花は彼女と会うのは
一方的にキスをされて以来で
彼女と何を喋って良いのか分からず
戸惑っている。
棚橋も武藤慶子が乱入する事は
聞いておらず
心臓がドキドキしていた。
この店を予約したのは武藤慶子だった。
そして棚橋のス-ツの中には
ワイヤレスマイクが慶子によって
仕込まれており
さっきからの2人の会話は
慶子に筒抜けであったのだ。
すぐ近くの個室で2人の会話を聞いていた
慶子だっただが
棚橋の様子がおかしくなってきて
勝手に暴走しようとしていると感じ
予定変更をして合流してきたのである。
自分が場違いな事など関係なく
『2人で飲んで上司の悪口ですか?』
『私も混ぜてくださいよ?』と
慶子が笑顔で2人に話し掛けるが
立花は固まったままだ。
本人を目の前にしているので言えないが
『何でコイツを呼んだの?』と
目で棚橋に訴えかけていた。
場の空気を感じた慶子は
『私が立花さんの事を好きだって
棚橋さんにず-っと相談していたんです』
『だったら、立花さんと飲んでいるから
一緒に飲めば良いだろ?って』
『だから、お邪魔虫だけど
参加させてもらっています』と
慶子が説明をする。
棚橋に余計な事を喋られたら面倒だ。
クスリを飲みモノに入れた時点で
棚橋は、お役御免だ。
『いつ慶子ちゃんと連絡をしたんだ?』
立花が棚橋に聞くと
『立花さんがトイレに行ってた時に
私が連絡してたみたいです』と
慶子が説明をする。
確かにトイレに行った時に女神から
入っていたLINEに返信を
長文で返していたのでだいぶ空けていた。
その時なのか、と
納得したが棚橋の様子がおかしい。
武藤慶子が個室に入ってきてから
ずーっと下を向いたままで
顔を上げようとしない。
彼女にいきなりキスをされた事は
棚橋には言っていない。
普段の棚橋なら慶子ちゃんが
飲みの席に参加しただけで
大騒ぎしている筈なのに
会話に参加しようとしないだけでなく
巻き込まれないようにしているようだ。
慶子の行動も、どこか怪しい。
慶子が自分に好意を寄せているのは
分かっているが
自分には女神がいるから、付き合ってと
言われても断るつもりだった。
社内の女子だから、今後を考えて出来るだけ
穏便にしたかったが
慶子はキスをしてきたり
佐山サトシとの密会を
バラす素振りをチラつかせたりと
少し厄介なタイプだ。
棚橋が呼んだ、と言う話も彼の態度を
見ていると辻褄が合わない。
女神との付き合いを
さっきまで応援していたのに
慶子ちゃんと俺を付き合わせる
手伝いをする為にココに呼ぶのか?
棚橋が落ち込んだように下を向いたまま
顔を合わせないのが気になる。
その辺りを総合的に判断した立花は
『合流した慶子ちゃんには悪いけど
俺たちは帰るつもりなんだよ』
『棚橋、そろそろ帰ろうか?』
慶子が来た事で棚橋が
イヤがっていると感じて
お開きすることを提案したのであった。
『ひどいですね』
『そんな露骨に私を嫌がらなくても
良いじゃないですか?』
『棚橋さんも、
もう少し飲みたいですよね?』と
一言も喋らない棚橋に同意を求める彼女。
慶子はもう少し時間を稼ぎたかった。
棚橋には説明していなかったが
立花に飲ませたのは催淫剤だった。
男が飲むとギンギンになり
女性を見るとムラムラしてしまう薬で
古代からマカなどを主成分にした
色々なモノが作られていたが
慶子が用意したモノは最新のクスリで
無味無臭の性欲増進剤だった。
蝶野が立花をスッポン鍋屋に誘った時に
効果があったのを見ていて
通販で入手していたのである。
あと30分もしたら、女性を見たら
欲情せずにはいられなくなるほど
強力なクスリなので
本当なら立花がギンギンになった後に
慶子が合流して
カラオケボックスに誘い込み
女性の色気で迫り、立花を
食べようとしていたのだ。
泥酔していない状態で既成事実を作り
立花と付き合う作戦であった。
クスリのパワーは絶大で
飲むと身体中が敏感になってしまい
指が背中に触れただけで感じて
ヘニャヘニャになるほどだ。
仮に家庭教師の先生がドラッグストアで
電動歯ブラシを買ってきて
大事な部分に当ててしまったら
瞬間に絶頂を迎えるだろう。
『せっかく私も合流したので
もう少し飲みましょうよ?』と
慶子が2人に留まるように提案する。
慶子の行動に胡散臭さを感じた立花は
『やっぱり俺たちは帰るよ』と
彼女に言うが
『棚橋さん、何とかして下さいよ』と
棚橋に助け舟を求めたが
実際には
『何とかしろよ』と棚橋に
プレッシャーをかけていたのだ。
『どうする棚橋?』
さっきから何も喋らない棚橋に
立花も確認すると
下を向いていた棚橋が顔を上げた。
『慶子ちゃん俺には、もう無理だ』
『告訴するなら、してくれ』
『警察でも何でも行くよ』と
言い出したのである。
『警察?』
棚橋から出た言葉に立花が反応するのと
同じタイミングで
『何を言っているんですか?』と
慶子が慌てだした。
『やっぱり立花を裏切れない』
思い詰めた棚橋が語る言葉を
『棚橋さん、酔ってますよ』
『急いで、外に出ましょう?』と
遮ろうとする慶子だが
棚橋はやめずに
『立花ゴメン』
『今日の飲み会も、お前をワナに
はめる為に仕組まれた事なんだ』と
バラしたのだ。
『棚橋さんダメですって』
慶子が棚橋のクチを塞ごうとした時に
『うるせぇ、黙ってろ』と
立花が慶子を一喝する。
焼き鳥屋の個室だったが
その声は店内の奥にも響いただろう。
普段、無口でロボと呼ばれていた男の
怒声の迫力に慶子は固まってしまった。
そして棚橋はポツリ、ポツリと全てを
語りだしたのだ。
棚橋が全てを話すのを立花も慶子も
黙って聞いていた。
すると立花が
『棚橋、その話はきっとウソだぞ』
『お前は無理矢理やってないし』
『こいつに騙されているだけだよ』と
冷静に言ってきたのである。
そう言われた慶子は
『私は無理矢理、棚橋さんにホテルに
連れ込まれたんです』と
猛然と抗議をしてきた。
『棚橋、そのラブホテルって渋谷って
言ってたよな?』
『今から、そのホテルに行って、その日の
防犯カメラの映像を見せて貰おうぜ?』と
真相を確認する行動を言い出したのだ。
立花の提案を聞いて慶子は焦り始めた。
ホテルの防犯カメラは予想をしておらず
棚橋を誘う為に彼の腕に自分から
絡みついて甘える演技をしていたので
その時の画像を見られてしまったら
無理矢理に連れ込まれたと言っているのは
慶子の狂言だとバレてしまうからだ。
『武藤さんも行こうぜ?』
『ホテルの受付で2人の姿が動画で
どうなっていたか見れば』
『合意で入ったか?無理矢理か?』
『どっちがウソをついているのか?
分かるだろ』
そこまで言われた慶子の顔面は
完全に真っ青になっていた。
『コイツの顔を見てみろよ』
『棚橋、お前はこの女のワナに
ハメられたんだよ』
事態が飲み込めずキョトンしている
棚橋に立花が説明を始めた。
『この女、この前は俺を飲みに誘ってきて
自分はエッチだからって言って』
『俺を散々口説いてきて、断ったら
食堂でいきなりキスをしてきたんだ』
『もう、やめて〜』
立花の言葉を遮るように慶子が
叫んだのであった。
取り乱した慶子は
『今回の件は棚橋さんが勝手にした事で
私は頼んでいないんです』
『クスリだって勝手に用意して』と
必死に弁解をしていたが
『クスリは入れていないよ』と
棚橋が慶子に渡されたクスリを
差し出して
彼女の動きは完全に止まってしまった。
立花に飲ませたと思っていたクスリは
飲まされていなかったのであった。
それを見た慶子は全てが失敗に終わったと
理解する。
立花を裏切れない棚橋は思いとどまり
酒に混入しなかったのであった。
慶子に指示された事を無視する
その時点で警察でも何処でも行こうと
腹をくくっていた。
クスリで発情した立花を誘って
関係を持てば何とかなると思っていた
慶子の目論見は水泡に帰したのであった。
『クスリまで用意してたのかよ?』
『武藤さん、もう全部バレたんだよ』
『警察には突き出さないでやるから』
『携帯から棚橋の恥ずかしい写真を
全部消してくれ』
そう言って慶子にスマホ内の棚橋が
全裸で写っている写真を削除させたのだ。
放心状態の慶子は言われた通り
機械的にスマホの写真を消していき
『全部、消しました』と
チカラ無く報告したが
彼女の事を信用していない立花は
『本当に消したか、確認させてくれ』と
言って
彼女からスマホを取りあげようとした。
すると
『ダメ〜』と言って
彼女は携帯を渡さないように阻止をしたので
『ほら、見ろ?』
『全部、消してないからだろ?』と言って
慶子からスマホを奪い取り
写真を確認したのである。
そこには写真一覧の全てに
立花が写っているモノばかりだった。
休みにコインランドリーに行った日の写真
会社で隠し撮りをしたような写真
新宿で佐山サトシと食事に行った写真は
立花に見せていないモノもあり
中には変装した女神と
歩いている写真までもあった。
武藤慶子の写真ホルダーは
立花の写真で埋め尽くされて
いたのであった。
立花を好きだと言うには常軌を逸した
量の隠し撮りをした写真である。
その写真を見た立花はバツが悪くなり
慶子にスマホを返した。
写真を見て彼女の気持ちを知った立花だが
『悪いけど俺には彼女がいるから』
『諦めてくれ』と言うと
慶子は
『彼女が17歳なのに付き合っているって
警察に言ったら』
『会社もクビになりますけど
それでも良いんですか?』と
悔しさを滲ませながら
立花に聞いてきたのである。
すると立花は
『お前のしている事は告白じゃなくて
脅迫なんだよ』
『チカラで服従させて気持ちは無い』
『そんな事をする奴を愛する奴なんて
世の中にはいないよ』
『二度と俺に関わるな』と言って
棚橋と2人で彼女を残し店を後にした。
店の外に出た後、棚橋は安心したのか
『立花ゴメンよ』と泣きながら
何度も謝っている。
立花は泣いて抱きついてきた棚橋の肩を
ポンポンと叩いて慰めたのであった。
この出来事があった翌週以降
武藤慶子は体調不良を理由に
会社に来なくなったのであった。




