トップアイドル誕生 2
昨夜12時過ぎに仕事から帰って来た絵色女神が就寝についたのは深夜2時を過ぎていた。
今日は11時にコンサ-トリハなので、9時に起きて出かける準備をしている時に
マネージャーさんから電話が入る。
『女神ちゃん今日リハに来る時に印鑑を持って来てくれる?』
そう言われた彼女は意味が分からなかった。
メンバーになって4ケ月、印鑑を使ったのは入所した時だけだった。
『クビ?』
立花との事が警察にバレて、権太坂をクビになるのでは?とドキドキしていると
『詳しくは聞いていないけど、大きな仕事が女神ちゃんで決まったみたいよ』
そう聞いた彼女は
『表紙と雑誌の取材とは別ですか?』
そうマネージャーさんに聞くと
『そうよ、新規の契約よ』と答えてきた。
え?何?
ドラマのオ-ディションは、まだ来週だ。
全く検討がつかないがマネージャーさんも、事務所の上の人から言われただけで
現場で詳しく話すと言われているだけらしい。
『わかりました』
そう言って電話を切った彼女はすぐに
『何か新しい仕事が決まったみたいです。詳しくは、また後で』と
立花にLINEを送ったのだ。
それより遡る事1時間前、立花がいつものように会社に着くと
立花の机の前で女子社員同士が、いがみ合っていた。
珍しいな、女子社員は連帯感みたいに繋がっているもんだと思っていた立花は意外だった。
『あ、立花さんが来た』
そう言って蝶野正子が近寄って来て、武藤慶子に
シッ、シッと犬を追い払うようなジェスチャーをする。
『今日も私が花を飾ろうとしたら、慶子が花を先に飾っていたんですよ』
『金曜日に私が飾ったのを見て、真似しているんですけど』
『私の花の方が良かったですよね?』と
どう答えても角が立つような質問を蝶野がしてきた。
『あ、うん』
同調するしかなかった立花が頷くと、蝶野は武藤慶子が飾った花瓶をどかし
自分が用意した花瓶を置いた後、武藤に花瓶を押し付けて返却しようとする。
武藤はその花瓶を受け取ると、トボトボと廊下に歩いて行った。
その後ろ姿が寂しそうに見えて立花が追いかけようとすると
『立花さん、そんな事しなくていいですよ』と
蝶野の声が聞こえたが、構わず彼女を追いかけた。
『慶子ちゃん、何かゴメンね』
追いついた立花が、そう話しかけると彼女は振り返って笑顔になり
ゆっくりと立花の方に歩いてくると
『立花さんって優しいんですね』と言ってくる。
女性に、その手の事を言われ慣れていない立花はドギマギしてしまっていると
『昨日の事は、黙っていてあげます』と
笑いながら告げてきた。
昨日の事?
佐山サトシと食事をした事か?
彼女は見ていたのか?
まさか、そんな訳はない。
彼女には先週、日曜日に映画に誘われていた、その事を言っているのだろう。
『ゴメンね、せっかく異世界おじさんの劇場版に誘ってくれたのに行けなくて』と彼女に謝るが、彼女は含み笑いをしたままだ。
すると
『立花さん、昨日何処にいました?』
慶子がドキリとする質問をしてくる。
『え?奥沢駅の近くのコインランドリー』
棒読みで立花が答えると
『それは昼間ですよね?』
『夜は何処にいました?』
そう質問をしてきたのだ。
昨夜の事を、慶子ちゃんは知っているのか?
ひや汗が流れる
『覚えていないな』
立花は震えた声でとぼけている。
そう聞いた彼女は笑顔で
『新宿で立花さんを見ちゃいました』
そう告げてきたのだ。
見られていた?
佐山サトシといたのを見られていたなら、会話も聞かれてしまっている。
佐山の大きな声でGODの名前も連呼されていた。
自分がGODだとバレると、ネットニュースであれだけ載っていた絵色女神と自分との関係につながってしまう。
まさか?
絵色女神への楽曲提供の依頼も一部始終を見ていたのか?
待て、たまたま新宿駅を歩いていた自分を見ただけかもしれない。
『他人じゃない?』
絞り出すような声で、そう答えた時に
『武藤さん、ちょっと』と
慶子を誰かが呼んだ。
『行かなきゃ』
そう言って立花の横を通り過ぎる時
『佐山サトシと知り合いだったんですね』と
耳元で囁いて走って行った。
茫然自失になる立花
全てが終わったと思った瞬間だ。
最低限の仕事をこなして好きなゲ-ムをしているだけで幸せだった。
GODだとバレて、静かな日常が無くなるのがイヤでモブに徹していたのに
余計な欲を出したばっかりにと
マイナスオ-ラに包まれていく立花である。
廃人となりゾンビのような、ゆっくりとした足止りで自分の机に戻ると
『モテモテマン、どうした?』
そう棚橋が立花に話しかける。
『棚橋か?』
全てを失った感の立花がチカラなく答えた。
武藤慶子を追いかけて行くまでの一連の流れを見ていた棚橋は
彼女を追いかけて戻って来てからの立花の元気の無さに雲泥の差を感じて
『ちょっと、来い』と言って
立花を社員食堂へと連れ出す。
始業開始前の社員食堂には立花と棚橋しか、いない。
2人とも向かい合う形で椅子に座り
『慶子ちゃんと何があった?』と
棚橋が質問をしてきた。
全てを棚橋に喋ってしまうと、色々と問題が大きくなってしまう可能性がある。
絵色女神の顔写真を見せた以外は棚橋は何も知らない。
余計な事を言ってキズを広げてもイヤだな
そう考えた立花は
『ありがとう大丈夫だよ』と言って
その場から立ち去ろうとしたが
『なめんなよ』
『お前と何年付き合っていると思っているんだ』
『はい、そうですかで終われるか』
棚橋は、何も聞かずに終わらせるつもりは無かったようだ。
棚橋は良い奴だが、おしゃべりだ
全部を話す訳にはいかない
『本当に対した事じゃないんだ』
そう言って立花が終わらせようとすると
『別に喋りたくないなら、喋らなくても良いよ』
『お前が慶子ちゃんにキスしようとして怒られたとしても』
『俺は、お前の味方だ』
そう言って立花を励ましてくる。
何をコイツは言ってやがる。
『キスをしようともしてないし』
『怒られてもいない』
そう言って、棚橋との会話を終わらせて、食堂を出ていく立花であった。
棚橋なりの気の使い方である事は立花にも分かっていた。
そのおかげで少し、気持ちの整理がついた。
高級レストランで緊張して、周辺を見渡す余裕は無かったが
前後左右に人は居なかった筈だ。
何度か佐山が席を立ち上がった時に、目立っていたが会話は聞けていなかったと思う。
絵色女神を守る為に事務所とケンカをしても良いと思っていた時を思い出し、自分を奮い立たせたのだ。
武藤慶子の出方を見て行動を決めれは良い。
最悪になった訳じゃない、と
気持ちを切り替えた。
朝礼を終えて仕事に取り掛かろうとした時に、武藤慶子が
『お茶を入れました』と
立花にコ-ヒ-を入れて机に置いたが、小さなメモ用紙も一緒だった。
『10分後、給湯室で待っています』
給湯室とは会社にあるお茶を入れたり、洗い物をしたりする3畳ほどの小部屋で
立花の会社ではトイレの横にあり、ちょっとした死角なスペースだ。
武藤にとっては自分のエリアだ。
思ったより早く動きがあったな。
モヤモヤした気持ちで仕事をするより白黒ハッキリさせた方がスッキリする。
彼女に指定された時間に給湯室に向かうと、既に武藤が待っていた。
『何の用?』
いつもの優しい雰囲気ではなく、冷たい感じで立花が聞くと
少し驚いた感じになった彼女だが、
『明日の蝶野先輩との食事、中止にしてもらえませんか?』と切り出してきたのだ。
『中止にする、しないは俺が決めることだから、慶子ちゃんに言われて』
『変えるつもりはないし』
『中止にするつもりもないよ』
いつもの弱気な立花とは思えぬ、強い言葉で武藤慶子に言い放った。
『え?』
普段の大人しい立花しか知らない彼女はビックリして一瞬ひるんだが、すぐに
『蝶野先輩との食事を中止にしないと』
『みんなに佐山サトシと知り合いだって言っちゃいますよ』と強気で立花を脅してくる。
『さっきも言ってたけど』
『その件、誰かと間違えていない?』
立花は、そう言ってすっとぼけてみた。
一世一代の掛けだ。
武藤慶子の持っている情報を全て引き出してやる。
『え?、違うんですか?』
普段、物静かで冗談を立花が言わないと決めつけていた彼女には
今の立花の行動は予想外だったようで、戸惑っていた。
だがすぐに
『とぼけてもダメですよ』
『証拠だってあるんですから』と、開き直ったように強気な態度に変わる彼女。
来た
『証拠?』
立花が何を言っているの?的に聞かれた武藤は
『ほら?』と言って自分のスマホを取り出して画像アルバムを開き出し写真を見せた。
それは遠くから撮影された写真で、佐山サトシが正面で、立花は後頭部しか映っていないモノで
『これって佐山サトシなの?』と立花が、不信そうに彼女に聞くと
『見てください』と言って、スマホの画像を拡大したが、画像が荒くなっただけだった。
『そもそも声は俺の声だった?』
そう立花に聞かれた彼女は困った顔になったので
『動画は無いの?』と立花が質問すると
『動画はありません』と、自信なさげに告白してくる。
よっしゃあー
心の中でガッツポーズをする立花
『そもそも佐山サトシと知り合いだったとして、何で黙っていて欲しいと思うの?』
立花に、そう聞かれた彼女は
『だって佐山サトシと友達だったら、みんなに自慢するじゃないですか?』
『それをしないって事は、知られると困るのかな?って思って』
下を向きながら彼女は、そう説明してくる。
『それをバラされたら俺が困って、蝶野との食事を中止にする、ってのが分からないんだけど』
武藤慶子の行動の趣旨が分からない立花が質問すると
『私、蝶野先輩が嫌いなんです』
『気が強くて、男子に媚びるような下品な服で毎日来るし』と
自分の思いをバラしだしたのだ。
そこで立花は女子社員だけのグループLINEが存在する事を知った。
今までは立花の事をロボと言って蔑んでいた蝶野が一転して
仕事で助けてくれたヒ-ローで、取得困難な国家資格をたくさん持っており
将来的に有望な独身社員だ、と投稿した。
嫌いな蝶野が狙っている立花を自分が誘ったら、どうなるのか?
そんな好奇心で、映画に誘ったが撃沈
蝶野は火曜日に立花と食事に行くと、グループLINEに更に投稿してきて勝利宣言をしてくる。
そんな事を忘れていた日曜日
家族の誕生日で訪れた新宿のレストランに立花が現れてビックリした。
立花と一緒の席にいるのが蝶野だと思って、鉢合わせにならないように顔を隠していたが
店内で大きな声で騒いでいる客がいる。
声の主を確認すると佐山サトシだった上
同席していたのが立花で、更にビックリした。
ロボと言われて蔑んでいた先輩社員が将来有望な独身社員で、ビッグネ-ムの佐山サトシとも知り合い
そんな男性を嫌いな先輩社員が狙っている。
絶対に阻止してやる。
映画に誘って断られた自分に残っている、唯一の武器は
誰にも喋っていない佐山サトシとの関係性
『それを言ったら、明日の食事を中止にしてくれるかな?と思ったんです』
そう自分の心境を吐露してきたのだ。
蝶野の、あの性格なら確かに敵は多いかな?
そう感じた立花は
『この事は蝶野には言わない』
『でも約束だから食事には行く』
『あくまで会社の先輩、後輩としてだから』
そう武藤慶子に説明をする。
『私と蝶野さん、どっちがタイプですか?』
切羽詰まった武藤は、立花に迫るように質問したが
『どっちも可愛い後輩だよ』と言って、頭を軽く撫でられて
立花は給湯室から1人で出て行ってしまった。
残された武藤慶子は
『絶対に負けないんだから』
そう言って指を噛んでいる。
自分の机に戻った立花は、佐山サトシとの会話が聞かれていなかった安堵感が大きく
自分を取り巻く女子社員の話は二の次となっていた。
しかし今回の事は大きな教訓だ。
今までは自分の事など誰も興味を持っていないと思って決めつけていたが
周辺にいる人間に注目が集まると、自分にも脚光が浴びる可能性が出てくる事を今回知った。
とりあえず今日の仕事をこなそう
そう考えて仕事に復帰した立花だったが
武藤慶子がソニックのシャツを来た立花の写真を持っている事をこの時は知らなかったのだ。




