ロボに夢中
蝶野正子はFAXとコピー機の複合機メ-カ-の女性SEである。
短大を卒業して4年、仕事も男性社員に負けずに頑張り会社の評価も上々だった。
自分の担当先の企業との付き合いも上手くいっており仕事が楽しくなってきている。
上司である藤波係長のように女性管理職になりたくて毎日奮闘していた。
『ゴ-ゴルの担当だった佐山さんが病気療養で入院になったから』
『誰かに新しい担当になってもらいたいんだが』
世界的なIT企業のゴ-ゴルには十数台を納入しており、会社のエ-スクラスを担当にするのが慣例だった。
大事なお得意様に対して企業として出来る、1番のおもてなしと考えられている。
『はい、私に担当させてください』
蝶野正子が新しい担当を決める会議で手を挙げた。
後輩社員が立候補するのを男性の先輩社員は眺めて、お互いの顔を見合わす。
「自分の担当先もあるけど大丈夫?」
藤波係長が確認すると
「大丈夫です、やらせて下さい」と志願した。
困惑していた藤波係長だが他の先輩社員が誰も立候補をしないので
「じゃあ、お願いしようかしら」と彼女に担当を頼む事にする。
通常は前担当者と新担当者が一緒にお得意先に訪問して顔合わせをした後に引き継ぎ終了となるが
今回は前担当者が入院のために引き継ぎがなく、いきなりの担当交換となったのだ。
「通常と違う引き継ぎだけど大丈夫?」
藤波係長が心配そうに聞くが
蝶野は
「心配ご無用です」
「私に任せてください」と自身満々だった。
会社のカルテを見せてもらいポイントを聞いた彼女は早速ゴーゴル社に向かう。
会社に着くと受付で名乗り、担当部署へ取り次いで貰い応接へと案内された。
5分後にゴ-ゴル社の担当者が降りてきて蝶野に挨拶をする。
茶髪のTシャツでデニム姿の20代後半のチャラついた男性社員が
『はじめまして』と言って挨拶をした蝶野の出した名刺を貰った後、
舐め回すように頭から足元を見る。
身長160cmで細身でありながら、胸は大きめで腰がくびれており、それが強調されるス-ツを着ているので、しょうがないと言えば、しょうがない。
彼女自身も男が自分をどのように見ているか分かっているので着ているブラウスのボタンを第二ボタンまで開けて、あえて胸元を見せつけている。
中小企業の社長連中は蝶野の色っぽいOL風ス-ツ姿に見とれているだけだったが
ゴ-ゴルの茶髪社員は
『新しい担当さんが可愛いくて良かったよ』とセクハラと受け取られても、しょうがない挨拶をしてきた。
その手の男を軽くあしらってきた蝶野は
『ありがとうございます』と会釈をして終わらせようとしていたが
茶髪社員は
「今度飲みに行こうよ」と笑いながら誘ってきたのである。
1流企業のリーマンが誘ったなら女が全員、
尻尾を振ると思うなよ。
少し勝ち気な部分がある蝶野は、そう考え
「じゃあ機会があれば、お願いします」と
やんわりと断ったが
茶髪男は、ひるまず
「いつ行く?」
「今夜は、どう?」とめげずに誘ってきた。
ヤリたいだけだろ?
蝶野は怒りを隠して
「今週は予定がいっぱいで」と
大人の対応でその場を納めようとしたが
「ならLINEを教えて?」
「時間を作るからさ」と、
しつこく誘ってきた。
ダメだ、こいつ
そう悟った蝶野は
「すいません、会社の決まりで個人の連絡先は教えられないんです」
「本日は定期メンテで来ておりますので、ご案内をお願い出来ますか?」と
業務的に話すと
「チっ」と蝶野に聞こえるように舌打ちをする茶髪社員。
それを聞こえないフリをして
「お願いします」と蝶野が言うと
茶髪社員は無言で先導して機械のある場所へと案内を始めた。
ナンパに失敗して女性に罵声を浴びせるタイプだな
蝶野は、特に気にする事もなく茶髪の後ろについて機械の設置場所の説明を受けた。
場所さえ教えて貰えば、あとは一人で出来る
各フロアに3台、11階から15階までの5階で都合15台を一人でメンテを開始した。
定期メンテ中は複合機を止めるので、その間はパソコンで作業した資料の印刷は出来ないので、順番に1台ずつ診ていくしかない。
順調にメンテが進んでいき13台目の作業をしている時にトラブルは起きた。
「蝶野さん、11階から複合機が印刷出来ないって連絡が来てます」
作業をしていた彼女にゴーゴルの社員が伝えてくる。
え?
なんで?
「はい、ここに居ます」
「12階も複合機が印刷出来なくて困ってるみたいです」
別の社員が蝶野に伝えてきた。
「今、行きます」
急いで11階に向かうと3台ある複合機の全てが印刷エラーとなって業務に支障をきたしている。
さっきの茶髪社員が蝶野を見つけて
「早く何とかしてくれよ」と
追い込みをかけてくる。
「はい、すいません」
「今すぐ確認します」
そう言って複合機に向かいモニターを確認して故障の原因を探すが異常は見つからない。
「これじゃ仕事にならないぞ」
茶髪が騒いで蝶野を更に追い込んだ。
どうしよう?
わからない?
OSのアップデートに合わせて新しいプログラムをインストールしただけ。
インストールOKも出ていて、複合機も新しいプログラムを認識している。
操作は間違っていない。
「新しい担当者になった途端、これじゃ困るんだよ」
茶髪の社員がさっきの復讐のように騒ぎたてる。
メンテナンスに手を付けていない15階以外の12台全部が止まったと連絡が来た。
「担当を代えてもらいましょうよ?」
茶髪が上司らしい人に大きな声で言っているのが聞こえてきた時に
蝶野は泣きたくなってきた。
すると上司らしき人が蝶野の元にやってきて
「蝶野さん、これだと私達も仕事が止まってしまい困ってしまいます」
「会社に応援を頼んで貰えませんか?」
そう言われてしまった。
「はい」
小さな声で答えた蝶野は廊下に出て一人になって会社に連絡を入れる。
「蝶野です、藤波係長をお願いします」
「すいません、ゴーゴルさんで複合機を止めてしまいました」
そう言って事情を説明すると
「すぐに応援に行かせるから」と言われて
それを聞いた瞬間、声を出して泣き出してしまった。
トイレに避難して泣き顔を直し、フロアに戻った蝶野は
「申し訳ありません、会社に応援を頼みましたので」
「もう少しだけ、お待ちください」
上司と思われる人に頭を下げて詫びる蝶野に
「帰りが遅くなるよな?」と、まだイヤミを続ける茶髪。
確かに時間は16時30分は、帰る準備に入る社員もいるだろう。
何も言い返せない。
わからないが複合機のモニター画面を見て故障の原因を探していた時に
「すいません複合機の修理に来ました」と声が聞こえた。
会社の誰かが応援に来てくれたんだ。
嬉しくなって声の主を見つけた。
『ロボかよ?』
立花の姿を見つけた蝶野は心の中で呟いた。
自分の仕事しかせずに社員と絡まない立花の事を一部の女子社員はロボと呼んで揶揄していた。
ロボを応援に来させたって事は、ここを見殺しにしたって事か。
蝶野は、そう思い腹が立っている。
「状況は係長に聞いている」
「動いている複合機は何台ある?」
立花にそう聞かれた蝶野は、ふてくされながら
「15階の3台は動いています」と答えた。
それを聞いた立花はフロアを遠くまで見てオフィスの机の数をかぞえだす。
すると蝶野に
「責任者の方は?」と確認をすると
何をするのかの説明も受けずに不満顔の蝶野が
上司らしき人の元へ案内する。
「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません立花と申します』
そう挨拶をした後
『全機を直すのには、おそらく3時間はかかると思います』
『その間は15階の複合機に各階のパソコンを繋いで頂き、利用をして頂きたいのですが』と
緊急案を提案した。
それを聞いた茶髪が
「ウチの会社にパソコン何台あると思っているんすか?」
「各階に100台、全部で500台はあるんですよ」
『印刷する度に15階に行けって言うのかよ』と絡んで来たので
『御社はペ-パ-レスを推進している企業と伺っていました』
『他の会社に比べると印刷物は少ないと思料しますが』と立花が説明する。
上司らしい人が
『それが一番良い方法なんですか?』と質問をしてきたので
『この方法が最適だと思います』と返答すると
「でしたらお願いします」と了解をしてくれた。
邪険な扱いを受けた茶髪が
「これって損害賠償モンじゃないんですか?」と
絡んでイヤミを言ってきて、横にいた蝶野が聞いてビクンとする。
すると立花は冷静に
「損害賠償にはならないと思いますよ」と説明。
文句を言おうとしている茶髪に
「これはOSをアップデートしてバグが発生したものです」と
説明をしだした。
上司と思われる人も聞いている前で
「今日、私の担当先でも同じ事象が発生しました」
「私も色々と頭を悩ませていたのですが」
「以前、アップグレードした直後に同じ現象が起きた事があり」
「その時にOSが原因だったのでダウングレードしたら治りました」
「今回も同じ事象だと思われますので、その対応をしたいと思います」
理路整然と立花に説明された茶髪は何も言い返せず
「だったらOSの開発元の責任じゃないか?」と言うと
「このOSは御社が開発したものですよ」と立花に言われて
上司らしき人に茶髪は睨まれていた。
その話を聞いた蝶野は涙を流しながら
「よかった、私のせいじゃなかったんだ」と
小さな声を漏らしてしまう。
それを聞いた立花は
「お前のせいじゃないから、安心しろ」と言って
蝶野にハンカチを渡した。
そこからは立花の指示で社員のパソコンの印刷経路を代えた後
1台ずつダウングレードして、復旧は完了したのだ。
当初3時間かかると思った作業も立花と蝶野が分担して半分の
1時間30分で終了した。
上司と思われる人に
「ご迷惑をおかけしました」と立花が謝ると
上司の人が
「こちらのミスのようで申し訳ありません」と逆に謝ってくる。
「後はパソコンの印刷経路を各フロアに戻して終了です」
「少しお時間を頂戴します」
そう立花が上司の人に説明をすると
「立花さん、優秀ですね?」
「ウチの会社に転職したら、どうですか?と
ニヤケ顔で茶髪が話しかけてきた。
「ありがとうございます」
「でも今の会社で満足していますから大丈夫です」と
大人の対応で返答すると
「でも給料低いんでしょ?」
「ウチに来たら年収1000万円は楽に超えますよ」と
しつこく絡んでくる。
「でも私はゴーゴルさんに入社出来るほどの学歴も無いし」
「優れた国家資格も持ってないんですよ」と
立花が答えると
勝ち誇ったように
「そうすか、残念ですね?」
「でも複合機の会社のSEじゃ、そうですよね?」と
茶髪が笑いながら言ったのを聞いて
蝶野が頭に来て動き出そうとした。
それを立花が制止して
「そうなんです」
「国家資格も応用情報技術者と」
「システム監査技術者くらいしか持っていませんから」
「御社のような優秀な会社には入れません」と答えたのだ。
「システム監査技術者を持っているんですか?」
と茶髪が震えながら立花に聞くと
「大変失礼致しました」と
背広のポケットから国家資格証を出して茶髪に提示した。
システム監査技術者はIT技術者が取得を目指す困難な資格の一つで
国家公務員試験と同レベルの難易度と言われており
合格率は受験者の10%程度と言われている。
その資格の希少性からIT転職サイトでは保有者は
年収2000万円の対応でスカウトされるのも珍しくない。
「ゴーゴルさんの社員さんなら持っていて当然ですよね?」
と茶髪に尋ねると
「いえ、ITパスポートしか持っていません」と
小さな声で答えてきたので
「あぁ、ITパスポートですか?」
「たしか高校生がよく取得する資格ですよね」と
立花が軽くディスると茶髪は黙ってしまったのだ。
その後パソコンの印刷経路の復旧も完了した時には
時間は20時を迎えていた。
長時間の作業を立花と蝶野が上司らしき人に謝っていると
「課長、このまま立花さんにウチの会社の担当になってもらいましょうよ?」と
茶髪が立花の前で進言する。
それを目の前で聞いた蝶野は悔しくて軽く唇を噛んでいたが、何も言い返す事が出来ない。
「お言葉を返すようですが、御社の担当は蝶野で変更ありません」と立花が、その提案を突っ返した。
「蝶野はウチの優秀な社員です」
「今回、15台中12台まで使用不可能になっていましたが、それは彼女の作業が早かったからなんです」
「作業の遅い担当者だったら3台目くらいでバグが発生していたと思います」
「御社がどうしても変更を希望されるなら、上司と相談しますが」
「蝶野より仕事が出来ない担当者が配置される事になってもご了承下さい」と
立花が説明すると、
課長さんは
「引き続き蝶野さんにお願いを出来ますか?」と頭を下げてきた。
「ウチの蝶野もITパスポートを持っていますから」と茶髪に言うと
「ハイ、私は短大在学中に取りました」と返答して茶髪をへこませたのだった。
ゴーゴル社の入っているビルを出た立花と蝶野は並んで歩いている。
「いや~、スカッとしたな」
蝶野が嬉しそうに立花に話しかける。
『やけに嬉しそうだな』
立花に、そう言われた蝶野は
『あの茶髪、私を飲みに誘ったり』
『LINE教えろ、ってしつこくて』
『断った途端に態度悪くなるし』
『複合機が調子悪くなった時なんて、鬼のように私を追い込んだんですよ』
熱く語っている蝶野を、黙って聞く立花
『でも立花さんが来てから、全然弱くなって』
『最後は、へこまされて沈没してたじゃないですか?』
『リベンジしてやった、って感じで最高に気持ち良かったです』
そう蝶野が説明すると
『ごめん、蝶野の担当先でやり過ぎだったな』と立花が謝る。
蝶野は満足気な顔で
『アレくらいで丁度良いんですよ』と言った後
、急に思い出したような顔になり、歩みを止めて
立花に向かって頭を下げて
『本日は助けて頂き、本当にありがとうございました』とお礼を言い出す。
『すいません、一番最初にお礼を言わなきゃいけなかったのに』
『ペラペラ自分の事を喋ってばっかりで』と
恐縮した態度で立花に謝る。
「いいよ、後輩を助けるのは当たり前だろ」
そう言って再び歩き出すが
その立花の腕をつかみ
「優秀な社員って言ってくださった時」
「涙が出るほど嬉しかったです」
蝶野が再び、頭を下げて立花に謝辞を言う。
「蝶野が頑張っていたのは知っていたから」
「見下されるているようで許せなかった」
「一生懸命に仕事に向き合っている蝶野の応援をしただけだよ」と
立花が言うと
「ありがとうございます」
「すごく励みになりました」と一礼をした。
私は何も知らずにロボなんて悪口を言っていたのに
すごく優しい先輩じゃないか。
ピンチに現れて助けてくれただけじゃなく
自分の事をアピールして褒めてもくれた。
普段は寡黙だが、いざって時には頼りになる男の人じゃないか。
この先輩についていこう
そう心の中で誓った蝶野は
そこからはご機嫌になり、再び歩きだす。
「なんで、あたしがITパスポートを持っている事を知っていたんですか?」と
蝶野が立場に質問をすると
「係長と名刺に資格を入れる・入れないで話しをしていただろ?」と
昔のエピソードで知っていた事を説明
「立花さんって、私の事なんて興味ないと思っていたからビックリしました」と蝶野が言うが
立花はその言葉を笑顔で受け流した。
会社に戻る間も
「絶対に名刺に持っている資格を入れた方が良いですよ」とか
「どうやって資格を取ったんですか?」と立場に質問攻めする蝶野
立花としては一人の時間を作って、絵色女神にLINEを打ちたいのだが
蝶野が、それを許さない。
会社に戻って藤波係長に報告する際には
悪人である茶髪を立花がコテンパンにやっつけるヒーローのように報告していた。
「やっぱり立花に行って貰って良かった」
藤波係長がそう言うと
「今後、私が困った時のヘルプは全件、立花先輩にお願いします」と頼んでいるが
係長は
「そんな事は出来ない」と取り合わない。
時間は21時になろうとしており立花としては早く帰りたい気持ちで自分の机を片付け始めた。
それを見た蝶野が近づいて来て
「立花さん、今日のお礼にこの後奢らせて下さい」と
笑顔で誘ってきたが
「ごめん、急いで帰らないといけないんだ」と
1秒で却下すると
「例のナンシーですか?」と
蝶野が怪訝そうな顔で立花に質問をしてくる。
「あれは棚橋が勝手に言っているだけで」
「外国人妻なんて居ないよ」と
立花が否定
だが蝶野の質問は更に続き
「彼女もいないんですか?」と聞かれた立花は
「もう10年近くいないよ」と、早く帰りたい一心で本当の事を言ってしまった。
「ふ~ん」
彼女はいないんだ。
「お先に失礼します」
慌ててオフィスを出ていく立花を目で追いかける蝶野は
立花さんの彼女に立候補しよう、と誓うのであった。




