04.「そうだ、誕生日プレゼント」(2/2)
「今からラッピングって、もしかして紬希が使ってる何かくれるん?」
「……バレたかぁ。新しいの買うのもいいけど、これはこれでいいプレゼントになるかなって」
めちゃめちゃ嘘である。ただ盗聴器を仕掛けようとしている悪人だ。
にしても、澪の勘の良さも隅に置けない。これがボイスレコーダーだと気づかれなければいいけれど……。
一応、ノックではなく先端部分を回すことでペン先が出て、普通に筆記用具としても使えるものだ。カモフラージュ用の説明書も入っているため、包装を開けて一発で見抜けるようなものではないはずである。それに、何日も誤魔化し続けるわけではない――たった数時間、気づかれなければいいのだ。
ちなみにこれは、高校の頃に部活の顧問がパワハラじみた発言をしていたために、自衛を目的として買ったものだ。それまでこんなものの存在すら知らなかったけれど、検索してみれば案外多くの企業が販売している。
買ったはいいものの、結局これという活躍をさせる機会がなく、筆箱で眠りに眠っていた代物だった。
「確かにそれやったら、今このためにお金かけたわけではないけど……。でも、それはそれで結構申し訳ないなぁ……」
「いーのいーの。気持ちよく受け取ってよ」
「うん……」
ここで無理に食い下がらないのが澪である。こちらこそ申し訳なくなってくるが、全ては澪の、……澪の最期の真相を知るためだ。
ここに来てあの光景がフラッシュバックしてしまい、吐気に似た感覚が胸の奥で再燃する。幸い澪には目を瞑ってもらっているから、顰めた眉には気づかれない。目の前で瞼を伏せて申し訳なさそうな面持ちの彼女を見て、私は涙腺を閉めることに精一杯だった。
「……できたよ」
「目開けていい?」
「いいよ」
ゆっくりと、澪の大きな双眸が開く。改めて見るたびに吸い込まれそうになるほどの美しい瞳。
心中を悟られないように表情を和らげて、澪の前へとスパイ兵器を差し出した。
机の棚やら引き出しやらから見つけだした適当な紙と紐でなんとかラッピングしたそれ。昔に手芸や折り紙を趣味としていたこともあってか、寄せ合わせの材料でそれなりの出来にはなった気がする。
「待って……もっかい確認するけど、ほんまにもらっていいん?」
「いいよ。私のエキスたっぷりの元私物」
「なんか嫌やな……」
とは言いつつも、ありがたそうに受け取ってくれる。
「澪のエキスで上書きして」
「なんか嫌やなぁ! このドチャクソ変態女!」
「ドチャクソ変態女……!?」
思わず復唱した。
そう言われても仕方のない言動の自覚はあるが、関西人特有の鋭すぎる言葉遣いで改めて断言されると、割とショックなところはある。関西人の口撃力は舐めてかかると打ちのめされる。
ドチャクソ変態女の私物が入ったパンドラボックスを、それでも大事そうに擦る澪。その中身を知っている私の心に、これでもかと罪悪感を植え付ける。
「……部屋で開けて」
罪の意識に押し潰されそうで、目の前で開封されるのは耐えられなかった。
ここに来ても、まだ。私は目を背けて、向き合うことを避けて、……逃げている。
変態なんかで済まない、とんだクズ女だ。
「あ、そういう感じ? あたし老人なったりしぃひん?」
「竜宮城の技術は習ってない」
「返し上手なってきたな」
心の内と外とのギャップを辛うじて演じ分けながら、澪の言葉に答える。なんとか彼女のお眼鏡にかなう返答ができたようである。
何はともあれ、プレゼントと称して秘密兵器を渡すミッションは成功した。あとは、それが盗聴器であることに気づかれずに回収するだけだ。今度は回収のタイミングを考えなければならない。
……その前に。
「ねぇ澪。なんか今日ってさ、このあと用事とかあったりする? もしなければ――」
「あー、……ごめん、実はそろそろお開きにしたいと思っててんか。ほんまにごめん! どうしても今日やらなあかんことがあって」
誘導に上手く乗ってくれた澪が、顔の前で手を合わせて全力で謝ってくれている。
他人の――とりわけ私のことを常に気遣って、自分を犠牲にしてでも優先してくれようとする澪。そんな彼女が、誕生日パーティーが一段落した途端に席を外さなければならないような用事。自分で言うことではないが、料理もプレゼントも全て自腹で用意した私を置き去りにしてまで。
「そっか。大丈夫だよ、じゃあ終わりにしよっか」
もちろん、大丈夫。だって、その用事の内容を探りたくてロードしたのだから。
きっと、たった一度のその用事だけで、すぐにコミットできてしまうほどの希死念慮は生まれない。その用事というのは、長く澪を苦しめ続け、強い希死念慮を育てるに至った一片――あるいはその終止符なのではないかと考えている。
いずれにせよ、彼女の最期に密接に関わっていることだけは言えるのだ。
「ほんまにごめんな。お詫びに、今度発情したときは追い返さへんから」
その言葉ももう一度聞いておきたかった――なんて、無邪気に欲望に従っていられる場合ではない。
――今度は追い返さない。
そう言って、その今度を迎える前に、あなたは。
「……またまた、」
なんとか捻り出した私の言葉を最後に、澪は支度を済ませて部屋を出て行った。
去り際の表情。前回にも見せた、覚悟と不安が混同したような、複雑なそれ。そこに全ての答えがあるはずなのに――今の私には分からない。
静かになった部屋の中、自分に対して差す嫌気が、最高潮だった。
パーティーの途中退席。僅かに漏れ出た表情。言うに及ばないような、ほんの細かな語調や所作。
こうして――結末を知ったうえで見てみれば、澪はいくつもサインを出している。そのどれも、それだけで私が大きく行動を起こせるようなものではないけれど、サインはサインだ。
気づかなかった? 気づいていて動かなかった?
どちらにしても、私が私を嫌うのに十分である。
「ごめんなさい……」
改善の兆しが見えていた口癖が、ロード前を含めたこの一週間と少しの期間で、完全な口癖へと戻ってしまったようだ。
一夜。
二夜。
三夜――。
現実から目を背けて。真実に向き合いもせず。恋人の苦しみから逃げ続けて。
何よりも大切な人の変わり果てた姿を二度見ても直らない、つける薬のない底抜けに馬鹿な私は。相も変わらず非情に突きつけられた言いつけを破ることが、どうしようもなく怖くて。
誕生日プレゼントの回収は、先人が水の無い月と名付けた暦に入って、三日目のこととなった。
――人生のフロントラインが停滞し続ける、六月三日。
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※今話の挿絵は、pixivに掲載しております。
https://www.pixiv.net/artworks/108604204