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セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【終幕】セーブローダーズ ・Save-Loaders・
52/60

28.「――今すぐ紬希の部屋行け」(1/2)

       *



「な、」


 黒。


「なんや、これ――……」


 視界の端から端まで、あまりにも深い黒一色。自分の声と呼吸を除いて、ほんの小さな空気振動も存在しない無音。感覚器官がついているのかすら疑ってしまいそうな無の空間。

 (まぶた)を上げても何も映らない。耳を澄ましても何も聞こえない。

 どこ、ここ。

 何が起きて――。


『まさか、ここに入ってくるなんてなぁ……』

「っ……!?」


 突然の外的刺激に、思わず大げさに肩をびくつかせた。心臓が二回りくらい縮んだ気さえした。

 声――しかも、今のって。

 ()()()()……!?

 そんな驚嘆を置き去りに、突如、視界の一点が明るくなった。淡い青に。そこで初めて、目が機能していないのではなく、本当に闇を見ていただけなのだと気が付いた。

 見れば、そこには青い炎を(たた)えた灯籠がひっそりと立っていた。それも、灯籠にしては少し派手めな意匠(いしょう)の。その青い灯火(ともしび)は神秘的にゆらぎ続けているが、イメージの中での灯籠と比べると火力がかなり弱く感じる。

 ……そして。

 その灯籠に背を預けて座り込む、ひとつの人影。


『あんま時間ないけど、ちょっと話そ』

「はな、そ、って……」


 やけにフランクな様子で誘われて、余計に理解が乱された。

 整理。とにかく、今ある情報をひとつずつ。

 この声は、間違いなく自分のものだ。骨伝導と合わせて聞く自分の声とは少し違えど、一瞬耳にしただけでそう確信できる。それは、灯籠の下の彼女から発せられていて――その彼女というのも、間違いなく、自分だった。

 (まぎ)れもない八百坂(やおさか)(みお)が、そこにいた。

 まるで当然のような()で立ちで、当然のような口調で。平然と、話しかけてくる。


「な……なぁ、どういう、ことなん、これ……?」

『あたしは――』


 少し思考に(ふけ)る間があって、答える。


『あんたの()()、ってところかな』

「まご、ころ……?」


 まごころとは――真心か?

 だとすると、知っている意味を()てると最高に訳が分からない。あるいは、あたしの知らない用法ということだろうか。

 訳が分からない。余計に追い詰められた。

 そもそも、疑問が多すぎるのだ。

 ここがどこなのかとか、どうしてここに来たのかとか、あなたは誰なのかとか、これからどうなるのかとか……。

 そんなものでは済まない。自分が誰かを見失っていないことが唯一の救いに思えるほど、本当に何もかもが分かっていない。自分がパニック寸前にあることが、まるで第三者視点のように見て取れた。

 疑問が整理できていないから、突然答えだけ得たところで噛み砕けない。

 ……ただ。

 真心という単語について、今になって思い出したことがあった。


「……紬希(つむぎ)が、」

『言ってたよな。澪の真心を説得するのと引き換えに、もうやり直せない体になった、って』


 あたしの言葉を、彼女は流れるように引き継いだ。

 ……そう。言っていた。紬希が、確かに真心という言葉を。

 忘れようとしていた記憶。忘れかけていた記憶。あの日――あたしが秘密と想いを打ち明けた日の記憶だ。

 あの日は、とにかく奇跡が(かす)むのが怖くて。何を差し置いても、奇跡が崩れることだけは避けたくて。紬希の話を、全力で聞き入れないようにしていた。彼女が変な思想の持ち主だという事実に行き着きたくなくて、全ての言葉を徹底的にシャットアウトしていた。

 それを思い出して、思わず眉根に力が入った。


『思い出すべきやと思うで、そのときの紬希の言葉』

「紬希の、言葉……」

『ログハウス、って、言ってたよな。人間は誰しもセーブとロードのシステムで生きてて、それを制御する場所がログハウスやって』

「言っ……てた、うん、確かに」

『ここがそのログハウス。この灯籠が、セーブしたログを管理する象徴』


 言って、彼女は親指で背の灯籠を指した。

 分からない。

 だけど――だんだんと、鮮明に思い出してきた。忘れたくても、忘れようとしても、忘れられるわけがない。必死な様子の紬希が、私に訴えかけてきていた説明を。人生観のような。

 ログハウスという、データログと丸太のログハウスを掛けて作った紬希の造語。

 それが指す空間に意図的に意思を飛ばせて、そこでセーブとロードが任意で操作できる、と。そして、あたしが死んでしまう現実を変えるために、何度もロードして、何度もやり直していたと。

 ――信じろって言うんか。

 そんな感想しか、その時は出てこなかったけれど。この光景を、見てしまっては。

 もうひとりの私が――真心が、続ける。


『で、こうも言ってた。ログハウスは精神の深い場所やから、稀に自分の深層心理と話すことができて、それを真心と呼んでる、ってな。八百坂澪の真心っていうのが、まぁあたしのことなんやろ』

「…………」

『紬希んとこは、やけに仲良し()よしやったで。数十年来の仲かってくらい』

「紬希と、その……紬希の真心が、ってこと?」

『そ。あたしはあんたと――つまり本体? の八百坂澪とは話したことなかったから、正直めちゃめちゃ物珍しかったわ。……それに、ちょっと羨ましくもあったな』


 目を(すが)めて言う。きっと、大切な記憶に想いを()せながら。

 あたしは、そのことを知らない。真心と仲良くしている紬希というものを見たことがない。だから、一緒になって懐かしむことができなくて。追想に(ふけ)れなくて。

 少し、それこそ、目の前の真心が羨ましかった。

 まだ、ログハウスのことなんてちっとも理解できていないけれど、頭を()き乱す混乱自体はある程度収まってきている。そろそろ疑問の取捨選択くらいには手を付けないと、いつまでたっても状況を掴めない。


「……あたし、なんで急に、ログハウスに来たんやろ」

『それはあたしにも分からんけど、まぁでもさしずめ、』


 ちら、と、一瞥(いちべつ)を向けてきた。意味ありげな眼差しで。

 その瞬間、まるで悪さを親に見つかってしまったような感覚があった。



『死の寸前やからやろ』

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