表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【二幕】リセットマラソン ・Reset Marathon・
37/60

21.「行ってくる――」(4/5)

「え、……もしかして、途中から身に覚えのないログになってたのって、」

『その通り。あなたがロードをしすぎたことによるバグとかエラーとかじゃなくて、(みお)のログハウスのバグ。言い換えれば、澪が(いたずら)にロードしたことによって、過去が改変されちゃってたんだよ』


 すとんと、その説明で()に落ちてしまった。

 ジャンクログは、その仕様上、最も新しいログをロードしたときには生成されない。これだけのジャンクログで埋まっているということは、かなり過去まで戻っていることとなる。酷いときは、数日なんかでは済まないくらいの過去に。

 もちろん本人は無意識だから、ノイズを避けようなんて思いもしない。同じ展開を、意図的には歩まない。

 ロードのたびに選択が変わって、結果が変わって、世界が変わる。

 それが行き着いた先が、あの地獄だ。

 私が澪と知り合いじゃなかったり、ただの友達だったりするだけならまだしも、仲すら良くないセフレだったこともあった。全て、澪が過去に戻って無意識に選択を変えたことによる産物。どれもが、一周目になり得た他の可能性。選ばれなかった道。

 私の無茶でログがおかしくなってしまったという解釈でも理解に苦しんだのに、それが澪の側によるエラーともなれば。


「待って、それってつまり、私の人生のループと澪の人生のループが、同じ軸で起きてるってこと? 澪の過去は、私の過去? それで、私はループ前の記憶を持っているけど、澪はループ後を初めての経験だと思ってる。片方が過去を変えたら、もう片方の過去も変わって、」

『…………』

「え、私はどこまで知ってて、澪はどこまで知って――」

『やめて』


 早くもこんがらがり始めた思考を、声がきっぱりと絶った。


『……やめといたほうがいいよ。人間の脳で処理できる範囲じゃない。最悪、思考回路が焼き切れる』

「焼き……」

『カオス理論。パラレルワールド理論。バタフライエフェクトに、タイムパラドックス。もちろん、知ってるよね』

「うん、」

『時間遡行(そこう)は、そういったこの世の摂理を壊しかねない理論や現象が、一気に併発するものだと思っていい。特に、パラレルワールド理論については考えちゃ駄目』


 時間遡行(そこう)(かか)る、パラレルワールド理論。

 ある時点から過去へと遡行(そこう)したとき、遡行(そこう)する前の自分はパラレルワールドで元通り生活しているという理論。私の場合、一番はじめに澪の遺体を見た私や、澪と険悪だった世界の私も、今それぞれの世界線で生活しているということになる。この私が時間遡行(そこう)で逃げたがために、そこに取り残された東仙(とうせん)紬希(つむぎ)

 パラレルワールド理論について考えるなと、真心が警告する理由。

 それは、澪側もパラレルワールドを生成していることが発覚したからだ。主観視点でパラレルワールドを作る分には、実はあまり問題ない。その時々に自分がいる世界だけを見ていればいいのだから。ただ、相手もパラレルワールドを量産していた場合、複数のパラレルワールドが交錯することになり、今の自分が相手のどの世界線にいるのかが極めて難解となる。澪と仲が悪かった()()()だって、()()()がロードで戻るまでは澪とそういう関係性で過ごしていたのだ。少し考えただけで、興味深いくらいに思考が(もつ)(から)まる。

 一般の人間には扱えない。だから考えるなと言っているのだ。


「分かっ、た……」


 得も言われぬ恐怖に気圧(けお)されて、私は努めて思考を止めた。

 限界を超えた思考に脳が壊されることへの本能的な警告を、彼女が代わりに察知してくれたのだ。考えすぎて廃人になるなんて考えてもなかったから、全身を恐怖が駆け巡った。


『危険性を理解できるくらいには頭が良くてよかったよ』

「……自画自賛?」

『そうなるね』


 自己嫌悪と自惚(うぬぼ)れが並行する私だから、それが本気か冗談かは見当もつかなかった。

 ともかく、パラレルワールド理論を除いて、ログハウスの真相についてだいたい理解できた。これまで自分が当然のように扱ってきた力のことを、いかに知らなかったかを痛感した。世界を壊しかねない力を、どれほど気軽に使っていたか。

 ただ――。

 ログハウスの仕組みが分かって、だからここが澪のログハウスであることも不思議ではなくなって、ログのバグの原因も判明して、それで? それが分かったところで、澪の自殺とは関係ない。むしろ、ログの上限とジャンクログの仕組みに気づいてしまって、澪の先が長くないことが裏付けられただけだ。

 どうしようもない。私一人が何を変えたところで、澪の未来は変えられない。


『……何を絶望してるんだか』


 嘆息(たんそく)に乗せて、そんな声。


「……ねぇ、やっぱり私の思考は筒抜けなの?」

『私はあなたの真心――深層心理。あなたの意識にのぼる以前の東仙紬希。そのシステム上、あなたが自覚した思考は、必ずそれ以前に私の意識を通過してる』

「そう……」


 なんか嫌だな……という言葉を()み込んで、代わりに歯切れの悪い返事。胸中が筒抜けなのは普通に抵抗があるが、そもそも相手は自分だし、脱線した会話を進めるのは非効率だ。

 とにかく、その脱線する前の話題。


「絶望、するでしょ。だってもう、どうしようもない」

『どうして?』

「どうしてって……」

『澪を助ける方法なら、あるよ』


 そんな言葉に、私は渋い表情を返す。


「……気休めなら、私は、」

『私があなたに対して気休めを言う意味なんてある?』

「…………」

『澪のログハウスがおかしくなってロードを乱発しているのは事実。だけど、それほど昔まで戻ってるわけでもないと思う。せいぜい、数週間、数ヶ月ってところじゃないかな』


 真心の言葉に、思考を回転させる。

 無意識にロードを繰り返す澪が、一体どれほどの過去からやり直しているのか。

 私が確認したのは、五月二十二日のログがすっかり様変わりしていたことだ。普段どおりに大学に行って学食の愚痴を(こぼ)すだけの日から、険悪なセフレの澪に起こされる日や、挙句(あげく)それまで澪とは挨拶しかしたことのないような日にまで改変されていた。つまり、少なくとも彼女はその日よりもかなり(さかのぼ)った地点からやり直しているということになる。数日で起こし得る程度のノイズではない。

 最大でどれほどの過去に戻ったのか。真心は、せいぜい数ヶ月とは言うが――。


「そう……かな」

『というと、』

「だって、澪とほぼ他人みたいな世界線だってあったんだよ。一年以上前に出会った私たちが、数ヶ月のノイズでそこまで変わるものなの……?」

『そうだね、確かにそれは考えにくい』


 真心が私の指摘に納得したのは、これが初めてだ。

 ただ、私が気づいていないことを彼女が知っていても、彼女が気づいていないことを私が知っているということは原理上起こりえない。先ほどの、思考において私が彼女より下流にあるというシステムと同じく、私の気づきは彼女の気づきの()()()()だ。

 試された、ということだ。なんとも彼女らしい。


『だけど、あなたと澪の出会いまで変化していることはないはずだよ』

「どうして、」

『それより過去に戻っているなら、あなたが澪と出会ってすらいなかったり、澪が別の部屋に入居していたり、そもそもこの大学にすら来ていない可能性すらある。どれだけログが改変されても、東仙紬希と八百坂(やおさか)澪の物理的関係性が変わってない以上、大学入学以前まで戻ってるとは考えにくい』

「なるほど……」


 理にかなっている。

 だけど、そこまで論拠を(そろ)えたところで、結論は“考えにくい”止まりだ。澪が高校時代まで(さかのぼ)って、奇跡的にノイズを抑えて元通りに近い人生を送っている可能性だってある。時間遡行(そこう)は、その極度の複雑さ(ゆえ)に、どれだけ理屈を整えたところでひとつの結論を断言することはできない。

 難解なパラレルワールド理論に対する、答えのないカオス理論。バタフライエフェクトは、もはや人間に扱えるか否かのレベルですらないのだ。


「え、それが、どうなるの」

『この考えが正しければ、澪の命に手が届く』

「どういうこと……?」


 一息挟んで、真心は言う。


『澪のログが浪費されるときより古い過去に戻って、未来を書き換える。澪にログを使い潰させない』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ