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セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【二幕】リセットマラソン ・Reset Marathon・
33/60

20.「キスをします」(2/2)

 ほぼ、絶叫だったのではないか。聞き苦しかったのは間違いないだろう。

 まだ全然吐き出しきれていないけれど、例によって感情を放出し慣れていない私は、体力切れでそこで言葉を切ってしまった。肩を上下させるくらい息があがって、加えて(みお)の身体に鼻も口も(うず)めているものだから息苦しいことこの上ない。荒い吐息を(じか)に吹きつけられている彼女の(もも)は、さぞ熱いことだろう。

 さすがに身体が酸欠を訴え始めたので、少し首を動かして空気の通り道を作った。


紬希(つむぎ)……」


 ぜぇぜぇと喉を鳴らしながら息をする私に、澪が恐る恐る言葉をかける。


「正直……紬希にここまで言わせてる事情はまだ分かってないんやけどさ。たぶん、あたしのためにしんどいことしてきたんやんな。ごめんな、(つら)い思いさせて」

「違う……」


 違う、(つら)い思いをさせたのは私のほう。澪が謝ることなんてひとつもない。

 そう言いたかった。でも、たったあれだけで体力のほとんどを使い果たした今の私には、そんな長文を話す気力が残っていない。

 それを知ってか知らずか、澪が言葉を続ける。


「あたしさ、……実は、紬希に言えてないことがあるねんか」


 な……。

 突然カミングアウトが始まりそうな流れになって、心臓が飛び跳ねた。

 私に言えてないことって、間違いなく、遺書にあった内容のことだ。死にたい気持ちを抱える身で、何度も私に相談しようとして。でも、駄目で。そういう話だ。

 待って、そんなことを聞ける準備はできていない。

 ……と、危惧していたけれど。

 続きの言葉が、聞こえてこなかった。


「いや、……うーん、」


 どうやら、この先を話すかどうか決めあぐねているようだった。

 それは至って(もっと)もで、遺書に書いてあった理由で私に話せないのだとしたら、今のこの私にももちろん話せないはずだ。私は、澪に心中を打ち明けてもらうハードルを、ひとつも飛び越えられていないのだから。

 澪の、(うな)りとも息遣いともつかない喉の音を聞きながら、その(すき)に私は泣き止もうと必死だった。いつまでも愚図(ぐず)っていては、話が一向に進まない。

 そのための時間を十分にくれて、果たして。


「……ごめん、やっぱりまだ整理ついてないから話されへん」

「うん……いいよ」


 短い応答ならきちんと発声できるようになって、私は(おもむろ)に上体を起こした。局所的に湿度の高かった口周りが、新鮮な空気に冷やされる。

 泣き()らした顔を澪に見られたくなくて、不自然に(うつむ)きながらティッシュを手に取る。(はな)をかんで、追加のティッシュで涙を拭き取り、そそくさとゴミ箱に捨てる。何ならそのゴミ袋ごとどこかに投げ捨てたい気分だった。

 まだ、泣いて赤く()れた目元は残ったままだけど、少なくとも(みじ)めではなくなっただろうと澪に向き直った。

 私が勝手に恥ずかしがっているだけで、彼女は何も言わないけれど。


「……ごめん、」

「ん?」

「服」

「あぁ、こんなん全然気になってへんよ」


 明らかに涙が染み込んでできたシミに目を落として、澪が快活に笑い飛ばす。


「でも、そんなの汚いよ」

「いや、紬希から出るもんが汚いわけないやん」

「いやいや、誰でも汚いよ、それは」

「いーや、これが汚いかどうかはあたしが決めることやから! あたしが汚くない言うたら少なくともこの場ではれっきとした聖水や!」


 ドン、と効果音が聞こえてくるような勢いで言い切らて、私は反論の余地を見失ってしまった。あとで絶対に埋め合わせをするということで、今は引き下がっておこうと思う。


「……なぁ、紬希。ここ来て」

「え」

「いいから」


 とんとん、と、私がパーティーの前から座っていた場所を叩いて示す。私が座っていたところ、つまり、今は澪の本当にすぐ隣。

 言われたとおりに座り込むと、ぐい、と肩を掴まれて強引に身体を澪のほうへと向けられた。


()()()()()()

「へぇっ……!?」


 突然の澪の提案に、条件反射で飛び出した気持ち悪い声。

 そんなものは気にも()めず、彼女は復唱する。


「キスを、します」

「え、え、……んっ」


挿絵(By みてみん)


 言葉にならない声を量産する私の口を、澪が自らの口を(もっ)て蓋をした。

 はじめはわたわたと忙しなかった私も、(しばら)く唇を押し付けられている間に、次第に力が抜けていった。

 ふわ、と圧をかけてくる、相変わらず綿(わた)のような唇。まるで重なっていることを感じさせないその柔らかさとともに、意識を持って行かれそうになる力強さ。これまでに自分の唇で何度も触れて知り尽くしていたはずのその感触が、今の私には、まるでイケない薬を味わっているかのように感じる。

 信じられない胸の高鳴り。快楽に酔い潰れる脳。

 ついさっきまで繰り返されていた非情な現実を全て(なげう)って、一生この酔いに身を任せていたいと思ってしまう快刺激の波。

 その、長いようで短い天国のような甘い世界は。


「っ……!?」


 突如全身を襲ったただならぬ()()()によって、強制的に幕が閉じられた。



       *

※今話の挿絵は、pixivに掲載しております。

 https://www.pixiv.net/artworks/109305205

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