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セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【二幕】リセットマラソン ・Reset Marathon・
32/60

20.「キスをします」(1/2)

       *



「さて、そろそろ乾杯でもするか! ……って、紬希(つむぎ)?」


 机を挟んだ向こうで、(みお)がうきうきと缶を手にして言う。

 ……ここは。

 急に再開した意識に、脳が追いつかない。自分の手元に目をやると、私もチューハイの缶を握っていた。そこから少し前方に目をやれば、多種多様なごちそうがこれでもかと並べられている。

 この場面は、確かに記憶にある。

 澪の誕生日だ。それも、ついこの間セーブしたばかりの。

 私は――なんで、このログをロードしたんだろう。


「え、つ、紬希? 急にどしたん? なんか顔色悪くない?」


 まだ意識が少し朧気(おぼろげ)な私は、顔色というワードに反応してか、何も考えずに手で頬を撫でていた。


「いや……顔色は触っても分からへんと思うけど」


 そんな、(かゆ)い所に手が届く突っ込みに、私の意識はようやく調子を取り戻した。同時に、記憶も。

 遺書を渡されたこと。そこに、私の不甲斐なさが(つづ)られていたこと。方法は違えど、結果的に澪が同じ結末を迎えてしまったこと。

 全部、覚えている。


「…………」


 目の前に――澪がいる。ぴんぴんしてるように見えて、元気そうに見えて、楽しんでいるように見える、澪がいる。

 ここに、私がいる。澪の本心に気づけなかった、遺書で真相を知った、結局死んでしまった澪を目の当たりにした、私がいる。

 さて、どの感情が一等賞を獲るだろうか。


「みぉ……」

「え、え!?」


 もう、本当にうんざりする。女は泣けばいいとでも思っているのか。

 感情がキャパシティーを超えた私は、すっかり常套(じょうとう)手段となった、泣きに入った。

 それも、初速からとびっきりの大泣き。乱雑に食べ物を押し退()けて、低い机に突っ伏して、一言も話せないくらいに大声で泣き(わめ)いた。子どもでも滅多にしないくらいの号泣を、いい歳した女子大生が一片の遠慮も見せず。


「つっつっつむつむ紬希!? やばい! 紬希が何かやばい! なぁ紬希がやばいって!」


 半ばパニックに陥った澪が、一体誰に報告しているのか分からないが私のやばさを懸命に訴えている。思いやりのプロフェッショナルである澪のことだから、笑いを取るような反応をして深刻な雰囲気を避けてくれている可能性もある。

 その思惑があるかはさておき、そんな優しい澪は、わざわざ私のすぐ隣まで駆け寄ってきてくれた。


「紬希大丈夫……!? いやもう(たぐ)(まれ)なる大人のガチ泣きやん……!」


 言って、小動物の警戒心を()(くぐ)るような優しさで、私の背中をゆっくりと(さす)ってくれる。しゃくり上げて(せわ)しないであろう私を、落ち着くまで(なだ)めてくれるつもりらしい。

 そうして温かさを受けるたびに、意に反して私の罪悪感は膨れ上がっていく。

 澪の優しさの裏側を考えもしなかった私のせいで、彼女は。


「話なら聞いてあげるから、まずは落ちつい――うぉ!?」


 感情の濁流で訳が分からなくなった私は、突っ伏す場所を机から澪の懐に変更した。その拍子に彼女が尻もちをついて体勢が変わり、私はそのまま太ももの間に顔を(うず)める。机よりも低い場所に伏せるために、行儀も尊厳も捨てて思い切り寝転んだ。

 私の突然の動きに驚きの声をあげた澪も、背中を撫でていた手で今度は頭を撫で始めてくれる。まるで姉にあやされる妹だ――と考えた次の瞬間には、涙の第二波が涙穴(るいけつ)に到達してしまった。澪の服をずぶずぶにしたことについては、後で全身全霊で謝らなければならない。


「もう、分かんないんだよ……!」


 (うず)めた顔をぐちゃぐちゃにしながら、私は叫ぶ。何周も何周も奔走している間に溜まった、ありとあらゆる感情のヘドロを吐き散らすように。

 もごもごとだいぶ聴き取りづらかったとは思うが、澪の息遣いの変化から、少なくとも文意は聞き取ってもらえたことが知れた。


「うん……ゆっくりでいいから、全部聞かせて。何をどう吐き出しても、あたしは絶対に否定しーひんから。なんも心配せんでええ」


 まるで、私を(さいな)む後ろめたさの存在を言い当てるような言葉。勘のいい澪は、罪悪感のような何かが自分に向けられていることくらいは、あっさりと気づいてしまったのだろう。

 嗚咽(おえつ)混じりで活舌の悪い言葉で、私は思いのままに口を動かす。


「もう何も分かんない……! どうしたらいいかが分かんない! 私頑張ってるつもりなのに、一回も上手くいってくれない……! 私だって澪のために自分の身を()り減らしてるのに……犠牲だって構わず払ってるのに! なんで何もかも上手くいってくれないの……!? いきなり私が悪いとか言われたって、どうしたらいいか分かんないよ……!」


 下手な叫びの連続。

 自分でも(さげす)みの目で見てしまうほどの被害者面。

 だけど、止まらない。これが私の真性で、これが私の本性なのだから、もう、仕方がないとしか言えなかった。


「私だってわざとこんな人間やってるわけじゃないのに……! わざと追い込んでたわけじゃないのに……!」


 私がこう育ったのは、私のせいじゃない。その結果澪を追い込んでいても、私のせいじゃない。

 責任逃れも(はなは)だしいけれど――。

 結果は変わらないし、責任も変わらないとはいえ。わざとではないことも、本意ではないことも、(まご)うことなき真実で。



「私が一番、澪にどこにも行ってほしくないのに!!」

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