19.「私の、せいだ……」
*
【生きる意味、生きる意味、生きる意味。
【なんでそこまでして生きる意味を探してたのか、分からへんくなった。
【なんで生きようとしてたんやろ。なんで死を避けようとしてたんやろ。
【なんで、この世にまだ希望を抱いてたんやろ。
【あたしがどれだけ我慢したって、
【どれだけ辛い思いをしたって、
【どれだけ誰かのために生き続けたって、
【この世界は、あたしに何かを返してくれることなんてないのに。】
【あたしのカミングアウトを受け容れへんかったお母さん、お父さん。
【どうせ娘の死に、被害者ぶって泣いてるんやろうけど。
【あんたらがトドメを刺したんや。
【あんたらも、友達も、みんなみんな、あたしを逃げさせてくれへんかった。
【相談したって、突っ撥ねて、無視して、罵って。
【そんなん言ってても仕方ない?
【みんな頑張ってる?
【知らんねん、そんなん。
【どうでもいいねん、そんな使い古された文言。
【そうやって、月並みな言葉で逃げ道塞いどいて。
【いざあたしが辛さに負けて、自殺したって、それはそれで悲しむんやろ。
【なんで自殺なんてって、あたしを悪者に仕立て上げるんやろ。
【アホか、お前らは。
【そんな八方塞がりに追い込んで、ダブルバインドに立たせて、何がしたい。
【あたしはそれを自覚したときから、生きるのが苦しみでしかなくなった。
【死ぬことなんて、何回も考えたことある。
【でも、家族が悲しむからって、無理して生きてたのに。
【それやのに。
【あんたらは、あたしのことなんて、どうでもよかったんやな。】
【最後に、紬希。
【紬希にだけは、謝らなあかん。
【死に別れより喧嘩別れの方がいいと思って、できるだけ酷くフッたつもり。
【ごめんな、訳分からへんかったよな。
【あの時はあたしも、親にレズビアンやってことを受け容れてもらわれへんくて、言葉の整理もせずに話しちゃったから。紬希まで巻き込んで、出来損ないとまで言っちゃった。
【ごめん。
【たぶん、紬希からしたら、なんで恋人の自分に相談もせずに自殺しちゃったんやろって思うはず。話してくれさえしてたら、相談に乗ってたのに、って。
【でもな。
【あたし、これまで散々相談を蹴散らかされてきてんか。
【さっきも書いたとおり、親にも、友達にも、「そんなん言っててもしゃーないやん」とか、「そんなことで落ち込んでたらこの先生きて行かれへんで」とかで、全く取り合ってくれへんかった。これはまだマシな方で、時にはウザい、めんどい、鬱陶しいって非難だけが返って来たこともあった。
【だから、あたしは人に相談することにものすごい抵抗がある。相談するだけ無駄どころか、むしろダメ元以下の結果になるから。
【それでも、最初は紬希に相談しようって本気で思ってた。
【何回も切り出そうとしたのに、毎回あかんかった。
【一番大切なはずの紬希のことを信じられへんねやったら、そんなあたしは死んでしまえばいいって、思った。
【それと同時に、
【……ごめんな、今から酷いこと言う。
【それと同時に、紬希に一瞬だけ、嫌悪感を抱いてしまった。
【紬希がもうちょっと頼りがいがあれば、相談できてたのに。
【紬希がすぐに逃げるような人じゃなければ、縋ってたのに。
【……って。
【でも、これはただの責任転嫁。あたしが一番分かってる。
【だから、最期に、紬希の口癖を貸してほしい。最大限気持ちを込めるから。】
【ごめんなさい、紬希。
【そして、ありがとう。紬希に会えて、ほんまによかった。】
――ぱた、ぱた。
三つ折りにされていた便箋を、その折り目に沿って折り直した。
「…………」
今、私は、どんなことを考えているのだろう。
一丁前に膝から頽れて、涙も洟も思う存分流して、嗚咽も止めようともせず。
人殺しの私は、一体、何を思っていやがるのだろうか。
「私の、せいだ……」
そんな自責の言葉を言えば、許されると思っているのだろうか。後悔すれば、反省を見せれば、許されると、本気で思っているのだろうか。
言葉にするのも烏滸がましいほど、愚かだ。
死んでしまえばいいのは、むしろ私の方だ。死に値する罪は、私の身にある。
澪と出会って、澪の心を奪ったのが私でなければ、彼女は死ぬことはなかった。
気持ちよく相談できて、一緒に悩んで、解決の糸口を探しながら、二人で生きていけたのだ。
澪の人生を穢した私は、人殺しで、愚か者で、存在価値がなくて――。
どさ。あるいは、ぐちゃ。
何か、遠くで聞こえた気がした。尤も、私の聴覚は自分の泣きじゃくる音で占められていたけれど。
足に力が入らなくてもたついていると、突然外が騒がしくなった。複数の人の声――それも怒号や悲鳴に近いようなものが、喧喧囂囂と飛び交い始める。
果たして立ち上がってよろよろと玄関へと歩を進め、廊下へと出た私は、自然とその騒ぎの元へと意識を向けた。部屋が並ぶ通路の突き当たり、角部屋である澪の部屋のさらに隣の、非常階段。
そこから見下ろした先。
「ぁ――……」
もう、言うまでもなかった。
ただただ喚きたてるだけの人や、勇敢にも電話口で必死に状況を説明する人。そして野次馬がどんどん集まってくるその中心。
地面を覆う赤色の上で、ぎょろりと目を剥いた澪。
散歩という言葉に騙されて、てっきり澪は階下へと移動したものだと思っていたけれど。
実際のところは、階段――それも非常階段を上り切った地点。この寮の最上階である九階に続く非常階段まで上って。
そこでやっと、下りたのだ。一気に地面まで。
手に持つこの紙が、今、正真正銘の遺書となった。
*