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セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【二幕】リセットマラソン ・Reset Marathon・
21/60

11.「できることはひとつだよ」(2/2)

 代わりに別の問いが口をついて出ていた。


『それは……難しい問題だね。鬱病って、原因も症状も無限に考えられるし、発症のサインもすっごく曖昧だし』

「自分が鬱病だと思っている人ほどそうでもなくて、逆にそんなことはないと思っている人ほど鬱病患者だったりするもんね……」

『うん。でも、幸い(みお)は医師の診断が下りてるから、そこで悩まなくていいね。どちらかというと――どうしたら治るのか、を考えた方がいいかもしれない』

「それはそうだけど……それこそ、難しい問題じゃない?」

『もちろん』


 もちろん、とまでさっぱり言い切られたほうが、直面している現実の難しさが自覚できていいのかもしれない。気を抜けば詰みの判断を下してしまいそうな、ひどく入り組んだ難局。

 とりあえず心身ともに無事なまま澪の秘密を持ち帰れたことは大きな進捗(しんちょく)なのだけれど、それをどう()かすかがかなりの難題だ。医師の折り紙つきで澪が鬱病だと分かって、抗うつ剤を常用していることも分かって、用途不明の睡眠剤を持っていることも分かって――それで? 原因と現状さえ掴めれば、澪の人生を上手く好転させられるような力が私にあるの? 鬱病患者に前を向いて生きさせる(わざ)が、私に備わっているの?

 考えれば考えるほど。実情を知れば知るほど。

 自分の力不足だけが、浮き彫りになっていく。


『とにかく――できることはひとつだよ』


 私の声。東仙(とうせん)紬希(つむぎ)の、本音を(つかさど)る声。


「ひとつ……?」

『やり直す――。過去に戻って、澪と話して、未来を変える。上手くいくまでやり直して、やり直して、やり直して、……現実を曲げないと』

「現実を、曲げる……」

『あなたにしかできない、澪を救う唯一の方法でしょ。どれだけ打ちのめされても、彼女に生きて欲しいならそれしかない』


 それしかない。

 本当は、それしかない、なんて言葉は付いて来ないはずの手段だ。それができるというだけで、どれだけ特別なことか。本来なら、()()()()()()。一度澪が死に行き着いた時点で終了だ。こうして奔走することも悩むこともできない。

 何度やり直しても上手くいかない(つら)さはあるけれど――澪を救う特別な力がありながら、少し打ちのめされた程度で投げ捨ててしまうなど、愚かしいなんて程度を遥かに超えている。


『確かにまだ澪を助けられてはいないけど、これまでやり直してきた中で無駄なことなんてなかったでしょ』

「そう……だね。成果は上がってる」

『澪の命に、着実に近づいてる』


 少しずつ、だけれど。

 ――私は失敗したことがない。ただ、一万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。

 ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。言わずと知れた、エジソンの名言である。

 中学生の頃、授業の一環でエジソンの名言に触れる機会があった。当時はあくまで授業だったから()して楽しくもなかったけれど、勉強自体は好きだったから、習った名言はほとんど全て暗記したものだった。

 ――困るということは、次の新しい世界を発見する扉である。

 ――私は決して失望などしない。なぜなら、どんな失敗も新たな一歩となるからだ。

 今改めて聞いてみれば、驚くほど言い()た格言たちだ。天下のエジソンに不遜(ふそん)かもしれないが、本当によく言ったものである。

 エジソンの名言で奮起するなんて、いかにも気取った奴だなと思う。ただ――今の私に、一パーセントのひらめきと九十九パーセントの努力が必要なのは、間違いないように感じた。

 できることをするしか能がないのだ。とにかくひたすら、できることをやり続けるしかない。


『どうするの?』

「とりあえず、戻ってやり直す。澪の鬱病を知った私が、どういう行動に出るのか試してみたい」

『そう……それでいいと思う』


 自分でも、自分がどう立ち回るのかが分からない――だからそれを試したい。いくら進退(きわ)まっていても、その場にいれば何かはするだろう。幸い私は、どんな試みをしても取り返しがつく。

 ログイン――と宣告。闇一色だった空間に、(ぼう)と青炎。次いで展開されたログの一覧から、目的のひとつに目をやる。

 五月二十二日、月曜日。

 前回ロードしたのと同じ日付。つまり、澪を救うリセットマラソンにおいて、私が()き乱した過去とそうでない過去の境界となるログ。最初は誕生日パーティーをロード地点としていたが、そこからさらに三日(さかのぼ)ったところだ。もう、一周目と同じ誕生日を迎えることはほとんど不可能かもしれない。

 過去の改変は少ない方がいい。必要に駆られるまでは、このログを遡行(そこう)の限界としておこう。


「行ってくるね」

『うん』

「……ロード」


 黒一色のログがポップアップされ、そこより新しいログ――つまり澪の部屋でセーブしたログが、白転してジャンクログとなる。

 いつもの、意識が現実に帰る感覚が始まった。


『一パーセントのひらめきと九十九パーセントの努力』


 眠りに落ちる直前にも似た微睡(まどろみ)のなか、真心の言葉が聞こえた。


『これ、天才でも多くの努力が必要って意味じゃなくて、ほんの少しでもひらめきがないと努力が無駄になるって意味らしいよ。……いつか、()()()()()()()にひらめけるといいね』


 え?


「ちょっと、それってどういう――……」


 私の意識は、そこまでだった。

 澪の、本当の負担。

 まるで、このリセットマラソンの根幹を揺るがすような、最高に意味深な発言だけれど。



 ――彼女は、私の知ることしか知らないのだ。



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