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セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【二幕】リセットマラソン ・Reset Marathon・
20/60

11.「できることはひとつだよ」(1/2)

       *



 ふわりと、頭が浮かび上がるような覚醒の感覚。

 ――一拍。



『起ーきーてー!!』



 凛と響いたその声で、意識が覚醒に至った。ゆっくりと、心地よいペースで全身の感覚が起動していく。自分のひと呼吸を知覚して、周囲に目を流した。

 真っ暗――闇色のみ。

 ログハウスでこんな目覚め方をするのは初めてで、とにかく状況を整理しようと思考を全速力で回転させる。休息から叩き起こしたばかりの頭にさらに(むち)を打ち、記憶の糸を片っ端から手繰(たぐ)り寄せていく。


(みお)の部屋で無茶して、ずっと気を失ってたんだよ』


 と、声。

 空間全体から話しかけられるような、奇妙な声。俗に言う、脳に直接……みたいなものとも違う気がする、本当に全方位から話しかけられているような感覚だ。

 ともかく。


「……久し、ぶり」

『久しぶりも何も、ずっと一緒だけど……』

「うん……」


 (ぬし)の見えない声と言葉を交わす。

 何とも言えないテンポの会話だ。無理もない、()()()()()()()()()

 実はこの声は、以前からログハウスにいるときに稀に聞こえていたものだ。何かの拍子で極度の集中状態にあるときや、気絶しそうなくらい疲れているときなど、その条件はかなり限られているけれど。実際、今回がほんの数回目だ。

 声の主(いわ)く、私の()()だそうだ。真心と聞くと思いやりや誠意という意味で(とら)えてしまうが、これは彼女が()てた言葉で、文字通り“真の心”を指す。東仙(とうせん)紬希(つむぎ)という人間の、真なる心。つまり、より直感的な言葉に言い換えれば、深層心理――意識が至らないほど奥深くの真性だ。

 だから、私が気づいていないことに気づきはしても、私が知らないことは彼女も知らない。とんだ突飛(とっぴ)な話にはじめは酷く混乱したが、改めて考えれば十分(じゅうぶん)納得し()るものだ――何せログハウスに入るときに、まさに意識を深層に落とすような感覚があるのだから。

 ただ、もう一人の自分と話しているような感覚はあまりない。どちらかと言うと、自問自答している気分である。


「……思い出した」

『全部?』


 自分の真心と話している(ゆえ)のものなのか――彼女の言葉に含まれる意図が、思い通りに読み取れる。誰かと顔を突き合わせて話す以上に。

 全部とは。

 無茶をしたこと自体に加えて、その中で得た情報も含めて指した言い回しだ。


「うん……気持ち悪いくらい、覚えてる」

『気持ち悪くても、覚えてくれてないと無茶した意味がないからね』

「そうだね……」


 最初に思い出すのは、……やはり、澪の変わり果てた表情だ。

 人間が感じていいレベルを超えた怒りと失望が、無理やり面持ちを歪ませた形相(ぎょうそう)。その激情に()き動かされた彼女の、私に対するあまりに直接的な危害。ロードをすればその時点の身体が適用されるため結果的に無傷とはいえ、(あざ)くらいなら平気でできていたであろう暴行だ。

 澪の暴力そのものよりも、彼女が私にそこまでできてしまう事実が、怖い。出会ってすぐの頃のログならまだしも、フロントラインからたった二週間程度(さかのぼ)っただけだ。ほんの最近にあの事態が起きていた可能性があった――というより、事実として起こったのだ。

 あらゆる感情が渋滞して、恐怖としか認識できなかった。


「…………ねぇ、」

『ん?』


 今、喉元まで来ているこの問いも――ただただ怖い。知ることが、心から怖い。

 だけど、ここまできちんと掴んでいないと、あれほど無茶をした意味がない。一度のやり直しで、できるだけ多くの情報を知っておかなければならない。


「私が意識を失う直前の澪の言葉、……覚えてる?」


 辿(たど)った記憶の先、なぜ澪の相談相手になれないのかを尋ねた私がいる。あの時点で(すで)に意識が朦朧(もうろう)としていたため定かではないが――最後に耳が拾った澪の声。

 ()()()――。

 続く言葉を、聞けていない。

 ただ、そこまで聞いただけでも意味はあった。まるで、れっきとした理由があるかのような話し始めだ。なんとなく言えなかった、心配をかけたくなかった――そんな月並みな理由に続くには、あまりに深刻な声音(こわね)だった。

 いやに喉を通らない固唾を()み込む。


『覚えてない――どころか、知らないよ。私はあなたの真心だから、あなたが気を失っている間のことは知りようがない』

「そっ、か……」


 我ながら微妙な響きの返事。

 期待外れでありながら、本心では望んでいた回答だからだ。聞かなければならないけれど、もちろん聞きたくはなかった。思わず、張り詰めていた気がすっと(ほぐ)れた感覚を覚えた。

 私の知らないことは、彼女も知らない。やはり、そういう存在のようである。


『あなたが気になってるってことは、私も気になってるけど』

「私……何が駄目なのかな」


 嘆息(たんそく)

 こんなに澪のために尽くしているのに――とは、続けられなかった。そんなことを言葉にできるほど、自分に自信なんてない。澪には、助けられてばかりだ。駄目な部分になりそうな要素なんて、探さなくたっていくつも思い浮かんでしまう。

 いつの間にか、筋肉が疲れてしまうほど眉間に(しわ)が寄っていた。


『……あなたが知らないことは、』

「分かってる。……分かってる、聞いてない」

『そう……』


 つい、言葉が鋭くなってしまう。自分が相手だと知っていても、あとから罪悪感に(さいなま)まれる。

 それから(しばら)く、私は闇を眺め続けた。果てがどこなのか、そもそも果てがあるのかも分からない、光に見放された空間。今となっては慣れたが、昔は何度か私の平衡感覚を狂わせていた。

 ……ふと、気づいたけれど。

 私は困り果てたとき、闇を見る習性があるのかもしれない。初めて澪に別れを告げられたあと――つまり、初めて澪の死身(しにみ)を見る前。あのとき私は、自分を見失うくらいに茫然として、真っ暗な部屋のどこかしらを延々と眺めていた。生まれつきの癖なのか、ログハウスの闇色に慣れてしまったが(ゆえ)の行為なのかは分からない。

 真心に()いてみようか、と一瞬思ったけれど、「あなたの知らないことは……」と返されるのが容易に想像できて諦めた。


「……鬱病って、どうしてなるんだろうね」

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