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セーブローダーズ ・Save-Loaders・  作者: 乙糸旬
【二幕】リセットマラソン ・Reset Marathon・
13/60

07.「出し惜しみはしてられない」

 床すらどうなっているのか分からないこの空間。

 ただ、普段歩くときと同じ運動で歩くことができるし、ましてやこうして寝転がったりもできるのだから、本当に見えないだけだ。人間の目は立体視に特化しているから、凹凸も奥行きも分からない黒一色では感覚がバグを起こすのも仕方がない。

 目を開けても闇のままの天球で、私は何もせず――何もできずに倒れていた。


「嘘、こんなことになるの……?」


 これまで、経験したことのない事態。

 盗聴による情報収集と、直談判による聞き出し。どちらも落ち着かない頭で考えた即興プランだが、一応成果は得られた。実のところ次のプランは決まっていないが、とりあえず、いつも通りログハウスに意識を移した次第だけれど。

 (すで)に、ここに来て五分は経過している。

 腕一本動かすのも至難なほどの、凄まじい全身倦怠感(けんたいかん)。眠気はないのに、休息を求めて睡眠に入ろうとする体。


「これってそんなに負担になってたんだ……。妥当と言えば妥当だけど」


 何の代償もないなんて都合の良い話はない。過去に干渉する以上、人間の手に負えないバタフライエフェクトを扱わなければいけないという代償はあるが、それだけではなかったのだ。

 ログハウスへのトリップが多すぎたからなのか、短期間にロードをしすぎたからなのか、同じログばかり何度もロードしたからなのか。いずれにせよ、この頃のロードの連続で、身体に悪影響が生じているようである。


「ん……!」


 全身に力を込めて起き上がろうとしても、上体を起こすことすら(かな)わない。

 元々、(かろ)うじて上体を起き上がらせることができる程度の腹筋しかないけれど、それ以前に力の入れ方も分からないようなレベルで、力を入れようという気すら()いてこないほどだ。


「だめだぁ……」


 諦めて全身を地面に預け直すと、身体が動かない代わりに頭が回り始めた。

 ――私は、これまでに。

 (みお)の遺体を三度見た。

 初めてのとき。無意識にやり直していたとき。ボイスレコーダーを回収したとき。

 それでも私は、頭のどこかではその現実を受け入れまいとしていた。目にしたものすら、信じようとしなかった。正常性バイアス――自分にとって都合の悪い情報を過小評価し、挙句(あげく)無視さえしてしまう人間の特性。

 夢だと。気のせいだと。私は、思い込もうとしていたのだ。

 そんな私をして、澪の言葉はバイアスを解かせるほどの衝撃だった。彼女の口から直接、生きるのを辞めてしまいそう、なんて言われてしまっては。澪が、澪の意思で死を選んだことが、バイアスでも隠せない。

 私の脳が、そろそろ事実として認めるべき頃合いだ。

 認めて、打ちのめされるのが、東仙(とうせん)紬希(つむぎ)という人間である。


「次で一気に進展させないと」


 私には時間だけはたくさんあると思っていたけれど――そうでもないのだ。時間遡行(そこう)は無限ではない。身体がもつ限り。これ以上細々(こまごま)とした進捗(しんちょく)を重ね続けることはできない。

 少し倦怠感(けんたいかん)の治まった体を無理やり起こして、「ログイン」の宣告。呼応して灯籠に青い炎が(とも)り、ログの列が浮かび上がる。

 たっぷり時間をかけて立ち上がり、その前まで歩を進めた。


「出し惜しみはしてられない。もうちょっと前からやり直さなきゃ……」


 ログの一覧を左へと(さかのぼ)って、ざっと目を通す。

 約七割が、真っ黒のログ。その日時には、年月日が違っても、決まって零時零分零秒の時刻表示。

 これは、私が()()()()()()と呼ぶものだ。その名のとおり、私の意思に反して自動的に行われるセーブで、毎日午前零時に記録される。ログのサムネイルはセーブ時点での視界を投影したものだから、基本就寝している時刻に行われるオートセーブによるログは、(まぶた)の裏を映した真っ暗なサムネイルとなる。

 これがあるから、私が何もしなくても、ログの間隔が二十四時間を超えることはない。

 対して散見される真っ白なログは、ジャンクログ――より過去のログをロードしたことによって無効化されたものだ。次にセーブするときは、ジャンクログを飛ばして次の空きスロットにログが生成される仕組みになっている。


「パーティー直前みたいな都合のいいログは、やっぱりないな……」


 (もっと)も、パーティー直前のログが極端に都合のいいものだったわけではないけれど。

 少し迷った末、選んだのは真っ黒なログのひとつ。日付は、五月二十二日の月曜日。このログを選んだ特別な意味はないが――澪の誕生日をその週の木曜日に控えている日である。

 澪の最期の真相に大きくアプローチできるだけの過去であることと、大きなノイズを生まないだけの最近であることの、両方を満たす日付のつもりだ。何となくの域は超えないけれど。


「ロード」


 唱えると、選択したログが拡大して応じ、続けて意識の引き抜きが始まった。

 消えゆく思考が、最後に走る。

 パーティー直前のログをロードしていたときは、現状のフロントラインである六月三日から澪の誕生日まで、一週間強の時間遡行(そこう)をしていた。能力の都合上、普段から自分の発言を極力覚えておくようにはしているけれど、それだけの遡行(そこう)で記憶がギリギリだった。さらに過去、しかもパーティーと違って印象に残らない普通の日。

 これは。

 ノイズ必至だろうな――……。



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