あえて厄介な依頼を
結局、宣告どおり宿屋に戻った。
受付は出ていった時以上に訝しげな表情だったものの、トッピナーの
「もう一泊します」という申し出を受けて破顔していた。
「ずいぶんと喜んでましたね。」
元の部屋に戻りながら、アルメダが後ろを振り返って呟く。
「これだけ大きな宿屋なら、こんな話は珍しくないと思いますが…。」
「普通ならね。」
並んで歩くトッピナーが、そう答え廊下をざっと見渡す。
「そもそもこんな大部屋、何部屋も空いてるって事自体が問題なのよ。
おそらく、ドラグリアのせいで。」
「え?」
トッピナーの言葉に、アルメダだけではなく全員が興味を示した。
「どういう意味ですか?」
「まあ、部屋に着いたら話すよ。」
そう言いつつ笑ったトッピナーは、やはりあくまでマイペースだった。
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いくら大部屋とはいっても、11人が揃うとさすがにかなり狭い。
王宮の部屋などと比べれば、もはや別世界といっていいレベルだろう。
しかしメリゼは、もはやこの環境にすっかり慣れてしまっている。
その順応力の高さに、ガンダルクもプローノもさすがに感服していた。
「本当に戻っちまったな。」
丸椅子に腰掛けたルクトが、長剣を傍らに立てかけてそう呟く。
「だけどまあ、今日受注してすぐに取り掛かれるって類の話でもない。
少なくともドラグリアがいる場所を割り出して、作戦を立てないと。」
「そうだねぇ。厄介な相手なのは、間違いのない話だし。」
「厄介な相手、ですか…。」
ガンダルクが告げたそのひと言に、シャリアが反応した。
「…そう言えばルクト殿は、過去にドラグリアと戦った経験は?」
「いや。メリフィスのパーティーにいた頃は、一度も経験してない。」
即答したルクトが淡々と説明する。
「何しろ、ドラグリアってのは変に知能が高い。しかも見つけるのが
とにかく難しい。もし見つけても、潜伏場所まで行くのがひと苦労だ。
そこまでして掃討できたとしても、魔人討伐に比べると報酬が安い。」
「…いい所がないんですね。」
「冒険者ギルドで受けられる依頼としては、かなり不人気な部類だよ。
要領よくやらないと、経費ばっかり増えてどんどん儲けが目減りする。
失敗した時は恥だと言われるから、メリフィスは見向きもしなかった。
まあ、あいつには役不足だったのは間違いないんだけどな…。」
そんな説明に聞き入るうちに、皆は何となく黙り込んでしまった。
そして、わざわざこの依頼を選んだトッピナーに視線が集まっていく。
どうしてこの依頼だったのか、皆が無言で問いかけていた。
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「ま、みんなの言いたい事は十分に分かってますとも。」
動じる事なくトッピナーが告げる。
「確かにドラグリア掃討の依頼は、かなり人を選ぶ。うかつに受けると
変に自分の評価を下げる事になる。強敵を相手にするのとは別の意味で
とことん厄介な案件だよ。」
「じゃあ、何でわざわざ…」
「いけると踏んだから。」
ラジュールからの質問に短く答え、トッピナーは口調を改めた。
「こう見えて、あたしはそれなりに多くの案件を斡旋してきた身です。
正直、できるかできないかの判断は当の冒険者よりも正確でしたよ。」
「ベテランだもんねえ。」
「…だからもちろん、ドラグリアがどういう存在なのか、どうやったら
確実に倒せるかという事についても理解してるつもりです。こっちも、
それで飯を食ってましたからね。」
自分の仕事への自信のようなものが垣間見える言葉には、理屈ではない
説得力があった。それだけに、皆がじっと聞き入る。
「だけどもちろん、あたしはずっと一介の受付に過ぎない存在でした。
偉そうに進言できる立場ではなく、それをしようとも思わなかった。
たとえそれで依頼が失敗に終わったとしても、割り切っていました。」
「だったら、もう今は事情が違うと考えていいんですよね。」
そう言ったのはルクトだった。
「今ここにいるほぼ全員、まともな身分なんかはないも同然でしょう。
もちろんトッピナーさんもです。」
「…そうだな。」
実感を込めてプローノが同意する。
「だったらもう、この場はとことんトッピナーさんに賭けましょう。
この人がベテランなのは、この俺が保証しますから。」
「分かった。」
「そうですね。」
「お話を聞きましょう。」
立場も出身も身分も違う。ただ皆、居場所を失った者ばかりである。
そんな奇妙な連帯の中、皆の意思は決まった。
「よーし、じゃあ説明しますね。」
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「言ったとおり、ドラグリアという存在の厄介さは捕捉しにくい事。
そこに尽きます。逆に言うならば、捕捉さえできればここにいる皆でも
十分に倒せる相手です。もちろん、万全の態勢を整えての話ですが。」
「つまり、どうすべきだと?」
「まずは、居場所を見つける事。」
アルフの質問に答え、トッピナーは二番刀に視線を移した。
「アミリアス、できる?」
『もちろん。』
即答が返ってきた。
『出没場所の情報から絞り込めば、潜伏地を感知するのは簡単です。』
「にゃははは、頼もしいね。」
「じゃあ、潜伏地が判明したら皆で乗り込めばいいって話ですか!?」
「そう簡単にはいきません。」
勢い込んだイバンサのその言葉を、トッピナーはあっさり否定した。
「…何が問題なんですか?」
「さっきルクトも言ったけど、このドラグリアって種族は知能が高い。
そして、人間の使う武器を認識し、その脅威がどのくらいかも完全に
理解します。さらに言うならそれを使いこなす事もできるんですよ。」
「要するに、我々のように武装した集団が近づけば遁走すると…?」
「そう。確実に逃げられる。」
『あと、もうひとつ留意すべき事があります。いいですか?』
そう言ったのはアミリアスだった。
「ええ、よろしく。」
『知ってのとおり、ドラグリアはベクリアやグレリア同様、昔の魔人が
捕らえた人間とドラグンとを魔術で融合させて生み出した新生物です。
ですがベクリアなどと違い、非常に高い知性があった。だから魔人は、
全てのドラグリアの精神に「魔人を恐れる」本能を先天的因子として
組み込んでおいた。これは、世代を超えて受け継がれる特性です。』
「つまり?」
「つまり、このあたしはドラグリアに簡単に近づけないって事です。」
ためらいなく、トッピナーがそれを宣告する。
「見た目はこんなですが、あたしはれっきとした魔人なので。」
「あっ。」
「ああ。」
「な、なるほど…。」
皆、困惑の表情を隠し切れない。
しかし、とっくにカミングアウトは済んでいる。今さらそれによって
反発が起こるような事もなかった。
「じゃあ結局どうするんです?」
ルクトが皆を見回しながら問う。
「武装していけば逃げる。素手でも戦えるトッピナーさんも避ける。
まさか全員丸腰で行くってわけにもいかないでしょうし…」
「そこは考えがある。」
食い気味にそう言ったトッピナーの目が、じっと見据えた相手。
それは…
「頼みますよ。」
「えっ!?…わ、私ですか!?」
「そう、あなたですメリゼ王女。」
指名されたメリゼは、まさかの事に目を丸くするばかりだった。
いや。
他の者の反応も、ほぼ同じだった。




