ドラグリア掃討の依頼
翌日の朝。
少し早めに起き出し、朝食を買いに全員で街へ。こういう場合は普通、
誰かが全員分をまとめて買ってくるのが通例だ。しかし今回は、あえて
皆で街の様子を見に行く事にした。
もちろん、宿2部屋を空にするなど論外なのは承知している。ここには
留守番としてアミリアスが、つまり二番刀が残っている。よほどの事が
ない限り、彼女の力で何とかなる。
日が昇ってから見える街の様相は、やはり日暮れ時とは大きく異なる。
雰囲気や活気など、起き出した直後だからこそ感じ取れるものは多い。
近くの市場で手早く食糧を購入し、宿へ戻ってそれぞれの部屋で朝食。
今日は迅速に行動する。
昨夜のうちに決めた指針だった。
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「お発ちですか?」
「いえ、昼前に一度戻ります。」
荷物をまとめた一行を代表し、宿の受付と話すのはトッピナーである。
どう見ても出立準備を済ませているにもかかわらず、戻ってくるという
そこそこ謎な言葉に、受付の女性は怪訝そうな表情になった。
「では、お部屋は…」
「今日中だけは使わせてください。別にいいでしょ?」
「……まあ、かまいませんけど。」
「すみませんね無理を言って。」
笑いながら2室1泊の代金を払い、トッピナーが皆を促して外に出る。
「んじゃ行こうか。」
「どうして戻るんですか?」
「外だと目立つし、それに…」
ラジュールの問いかけに答えつつ、トッピナーはニッと笑った。
「今回は、堂々と話せる内容だし。そうでしょ?」
「…なるほど。」
「確かに。」
「聞かれて困る話じゃないね。」
「なるほどー!!」
皆、異口同音に感心の意を示す。
確かにそのとおりだ。
チョルサの街にたどり着いた時は、とにかくメリゼの安全確保のために
注目を集めない事に徹した。結果、まともに宿に泊まる事もなかった。
状況がまったく定まらない中では、うかつな事は何一つできなかった。
しかし、今はさすがに事情が違う。
どこへ行くべきか、何をすべきか、そしてメリゼがどうあるべきか。
それらを決めた上で、冒険者として依頼を受けて挑もうというのだ。
後ろめたい事など何もない。なら、堂々と口に出して話し合えばいい。
少なくとも、自分たちはそこまでは前に進めているのだから。
当たり前といえば当たり前の存在になれている事を、誇って何が悪い。
それは、トッピナーなりの自分たちへの矜持のようなものだった。
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「あれだな。」
先頭を歩いていたルクトの視線が、通りの正面の建物を見据える。
そこにあったのは、灰色の石造りの大きな建物だった。と言っても、
各街の冒険者ギルドの建物と比べてしまうと、かなり見劣りする。
「役場って感じですね、本当に。」
妙に感心しながらアルフが呟いた。
「まあ、冒険者ギルドなんかが繁盛する時代は、ロクなもんじゃない。
なけりゃないでいいんじゃない?」
身も蓋もない事を平然と言い放ち、ガンダルクが皆に向き直る。
「要は実績。気合を入れよう。」
「「はぁい!」」
元気に返事を揃えたのは、メリゼとアルメダの2人だけだった。
妙に目立った2人が顔を赤くする。
「にゃはははは、元気でいいねえ!んじゃ行こう!」
その声に、皆も笑って歩き出す。
役場はもう、目の前だった。
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「すみませーん。」
「はい。ようこそマルマの街へ。」
声をかけてきたトッピナーに対し、年配の男性がカウンターに現れる。
まだ朝という事もあってか、役場の受付はどこか閑散としていた。
「どのようなご用件でしょうか?」
「アルバニオ街道を蹂躙している、ドラグリア掃討依頼を受けます。」
「…え?」
割とにこやかだった男性の表情に、そこで怪訝そうな影が落ちる。
「あなたが、ですか?」
「そう。」
即答したトッピナーが、入口近くに控えるルクトたちを指し示す。
「あたし含め、あの連中で。」
「ずいぶんと人数が多いんですね。合同パーティーですか?」
「…まあホラ、そこは色々と事情がありましてね。」
皆を手招きしたトッピナーの声が、露骨に低くなった。
「仰るとおり人数は多いんですが、ライセンスを持ってないのが何人か
混じってるんですよ。だから今回、成功報酬として発行してもらえると
非常にありがたいんですけど。」
「ライセンス発行ですか…。」
さすがに自分の一存だけではすぐに決められないのか、男性はいささか
表情を厳しくした。既に背後には、件の面々がずらりと並んでいる。
「もちろん可能は可能なんですが、そもそもこの依頼は難しいですよ。
もしも経験のない方たちでしたら、迂闊に挑まない方が身のためです。
よその街の冒険者ギルドであれば、発行に必要なお手軽依頼なんかは
いくらでも見つけられますし…」
「いや、困ってるんでしょ?」
喰い気味にそんな言葉を述べたのはガンダルクだった。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、ショボい依頼はショボい冒険者が
こなしてればいいよ。ドラグリアの掃討は、ずいぶん前からこの辺の
切実な要望になってると聞いたんだけど、そうじゃなかったの?」
「それは…確かにそうですが。」
「ならいいじゃん。別に成功報酬でかまわないって言ってるんだから、
その時に発行してくれればいい。」
「…本当に、大丈夫なんですね?」
「もちろん。」
ガンダルクに代わり、隣のルクトが迷いのない口調で言葉を返す。
「ライセンスがないとは言っても、変な転職とかじゃありませんから。
みんな、それなりの使い手です。」
「…分かりました。」
一応、納得してはくれたらしい。
男性は、机の引出しの中から1枚の紙を取り出し、トッピナーの正面に
そっと置いて見せる。
「こちらが依頼の概要になります。過去、何組かの冒険者パーティーが
達成できなかった案件です。それはご存知ですよね?」
「もちろん。そのあたりの事情にはそれなりに詳しいもんで、ね。」
「そうですか。」
実感のこもるトッピナーの返答に、男性があらためて頷いた。
「では、あと一点だけ。」
「はい?」
「…その、ライセンスをお持ちではない方々は、どういう事情で…?」
立ち入った質問に対し、プローノら6人の表情がわずかに曇る。
しかしトッピナーは平然と答えた。
「みんな、ジリヌス王国から流れてきた連中ですよ。」
「ジリヌスから…?」
目を見開いた男性に、トッピナーが意味ありげに笑って付け加える。
「何しろ、向こうの冒険者の頭数が激増しちゃってですね。やむなく、
こっちで仕事を探してるってワケ。察してもらえます?」
「ああ、なるほど……。」
ようやく完全に腑に落ちたらしい。
何度か頷いた男性が、依頼概要書をトッピナーの方に押し出した。
「了解しました。…あれやこれやと勘繰って申し訳ない。この依頼は、
ご指摘どおり切実な代物ですから、よろしくお願い致します。」
「承知!」
即答したトッピナーの手が、概要書をピッと摘み上げる。
ようやく話がまとまった事を察し、皆はホッと息をついていた。
ジリヌスから来たのは事実だ。
冒険者が増えた事によって、仕事にあぶれそうだったのも事実だ。
嘘は何も言っていない。
元・ギルドの受付らしいトッピナーの口八丁に、皆は感服していた。
「さあて、じゃあこれで受注完了。張り切って行こうか!」
「応!」
難題なのは最初から分かっている。
それでも、正式受注となれば十分に気持ちは上向いてくるものである。
皆の返答は、活気に満ちていた。




