マルマの村へ
「いい天気ですね。」
空を仰ぎ、アルフがそう呟いた。
大柄な彼が馬に乗ると、それだけで結構な迫力と存在感を醸し出す。
しかし彼はそんな存在感と裏腹に、発言がかなり穏やかで牧歌的だ。
緊張感がないと言うよりは、むしろ根本的に性格が平和的なのだろう。
どうして兵士になったのか…という疑問は、あえて誰も口にはしない。
どちらかと言うと、疲れる事の多いこの道程では癒しになっている。
わざわざそれに水を差す行為など、誰も望んでいなかった。
「ですね。」
すぐ右隣を歩いていたルクトがそう答え、遠くの山脈に視線を向ける。
冬はとっくに終わっているものの、頂にはうっすらと雪が残っていた。
「…もうすでに、ここは話に聞いたアルバニオ街道の半ばですね。」
「そうは思えませんね、本当に。」
頷いたアルフの視線が、今度はすぐ傍らを通る別の馬車に向けられた。
どうやら国境を越える乗合らしく、大勢の人間が並んで座っている。
ルクトたちの一団の他にも、西へと向かう者、東から来る者たちの姿は
引きもきらない。街道だけあって、実に往来は多い。
この街道を道なりに進んでいけば、そのままモーグ王国との国境だ。
最終の目的地がモーグである以上、それが最短の道なのは間違いない。
しかし、まだそこへは向かわない。
やるべき事をやり遂げるまでは。
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「お、見えてきた。」
しばらく進み、日が傾き始めた頃。
先頭のトッピナーが前方を確かめ、そんな言葉を発した。
何となく惰性で進む感じだった皆の表情に、パッと一気に張りが戻る。
「目的の村ですか?」
トッピナーの隣が定位置になりつつあるラジュールが問いかける。
「間違いないだろうね。…あたしは来た事ないけど、友達が住んでる。
一度来たいとは思ってたのよね。」
「しかし、こんな形の来訪になったのは、さすがに不本意でしょう。」
「そこは気にしない!」
即答したトッピナーがニッと笑う。いささか戸惑いつつ、ラジュールも
笑顔を返した。
「盛り上がってるところ悪いけど、あれがマルマ村って事よね?」
ラジュールと反対の側に馬をつけたガンダルクが、トッピナーに問う。
さほど速く進んではいないものの、すでに目的地は近かった。
「そうみたいね。」
「日暮れまでに着けてよかったよ。さすがにもう野宿は飽きてきた。」
「同感ですね。」
そんな言葉を交わし、ガンダルクが後ろを振り返って声を張り上げる。
「もうちょっとで着くよー!」
「おう。」
「了解した。」
「分かりましたー。」
ルクトやプローノたち後続の者たちの返答は、何とも気が抜けていた。
疲れているからと言うより、むしろここまでが平坦過ぎたからだろう。
ともあれ、目的地は目の前である。
皆は少し、馬の速度を上げていた。
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アルバニオ街道の西端近くに位置する村・マルマ。
以前、ルクトたち3人がディグローを掃討するために訪れたジリヌスの
カウギ村と比べ、村の規模はかなり大きい。むしろ街に近いだろう。
ほぼ農業従事者しか見受けられないカウギとは異なり、宿屋や酒場など
来訪する者たちを迎えるための施設もそこそこ充実している。
「国境に近いし、アルバニオ街道の要衝とも言える場所だからね。」
周囲を見回しながら、トッピナーがそんな説明をした。ちなみに皆、
すでに馬から下りて馬車ごと繋場に預けており、徒歩で移動している。
ここに来た事のある人間はひとりもいない。メリゼとアルメダ以外は
外国人であるのに加え、その2人もこういう場所に逗留する機会などは
一度もなかったらしい。
「そこそこ賑わってるんだな。」
「…まあ、そこそこはね。」
ルクトの感想に対し、トッピナーが少し含みを持たせた言葉を返す。
「どういう意味ですか?」
隣に並んだメリゼが、興味深そうに問いかけた。
「正直、私はこういう村には一度も来た事がなかったので、そのあたり
教えて頂ければと思うんですが。」
「にゃははは、熱心だね。」
「え?え、ええ…」
すぐ後ろからガンダルクが茶化す。メリゼは少し顔を赤くしたものの、
やはり気になるらしかった。
単なる好奇心ではなく、自分の国を知ろうとする熱意の表れだろう。
そう思い至ったらしいトッピナーの顔に、嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「ま、こんな実情を知るってのも、悪くないよ。普通に来ただけじゃ、
たぶん気づけない実情をね。」
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大所帯の割に、宿はすぐに取れた。
あくまでも村であるため、ここには冒険者ギルドが存在していない。
このマルマから出されていた依頼を受注する場合、まずは役場に赴く。
このあたりの事情はカウギ村の時とほぼ同じである。冒険者に対する
仕事斡旋の仕組みは、どこの国でも大きな違いはない。
とにかく、もう既に日暮れである。
何をするにせよ、今からではたぶん色々と支障が出てくるだろう。
それならいっそ、行動を起こすのは明日からと割り切った方が賢明だ。
その判断に異を唱える者は、一人もいなかった。
王女が一緒であるにもかかわらず、ちゃんとした宿での宿泊の機会は
ほとんど無かった。お尋ね者に近い境遇であるとは言え、考えてみれば
かなりの常識外れである。しかし、これはメリゼの要望でもあった。
「ウルムスも、私がそういう趣の旅をしているとは思わないでしょう。
少しでも危険を回避できるのなら、私は喜んでそちらを選びます。」
「お、たくましくなってきたねぇ。そうこなくっちゃ!」
予想できない道を選んで突き進む。それは状況の打開には必要であり、
またガンダルクとルクトにとっても原点と言うべき考え方だ。
厳しい現実に振り回されていた頃と明らかに違うメリゼの姿勢には、
皆が等しく頼もしさを覚えていた。
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部屋は2つ。
ルクト・ガンダルク・トッピナー・メリゼ・アルメダ・アミリアス。
一方はプローノ・ラジュール・シャリア・イバンサ・ルブホ・アルフ。
2つの冒険者パーティーがそれぞれの部屋に泊まるという構図である。
明快であるものの、言うまでもなく男女の比率がきわめて偏っている。
「…まあ、仕方ないですよね。」
苦笑気味にシャリアがそう言った。
見方によってはルクトのハーレム…と言えなくもない。しかし実情は、
王女であるメリゼを警護するという重責である。その意味で鑑みれば、
やはりルクトの戦闘能力は皆の中で際立っている。つまりは適任者だ。
奇襲に強いガンダルクとアミリアスが一緒なのも、確実に守るという
目的を考えれば自然な選択だろう。
何よりも…
「そんなイイもんじゃないです。」
明らかに本心から言っているらしきルクトの言葉が、説得力抜群だ。
誰の頭にも、羨ましいという言葉は浮かばなかった。
「さて。じゃああっちの部屋に集合して、明日からの話をしようか。」
荷物を整理してひと息ついた頃に、トッピナーがそう告げた。
頷いたメリゼたち同室者が、表情を少し引き締める。
明日からの話。
厳しくなるのは、ここに来る前から分かっている。
それでも、前を向いて臨む。
皆の心に、迷いはもうなかった。




