女王と副王
豪奢な扉が開かれ、ひとりの青年が部屋に足を踏み入れる。
明らかに何かを焦っていると思しきその青年が、扉が閉まるのを待って
ひと言呼びかける。
「女王陛下。」
「……」
扉に比べるとやや簡素な室内から、返事が返ってくる事はなかった。
ため息をついた青年は、奥に歩みを進めながら再び呼びかける。
「…姉ちゃん!!」
「ぅあいよ。ここここ。」
何とも砕けた声が返り、ソファーの向こうでひらひらと手が振られる。
やや小走りになった青年がソファーの前に回り込むと、ひとりの女性が
深々と座って生菓子を摘んでいた。
「どしたよ、リスベルちゃん。」
「”ちゃん”はやめてくれって!」
おそらくは何度も繰り返されている会話なのだろう。「リスベル」と
呼ばれた青年は、抗議しつつも半ばあきらめ顔だった。
「…ようやく情報が入ってきた。」
「メリゼちゃんのかぃ?」
「そうだよ。」
そこでやっと身を起こした女性が、リスベルの目を見据えて尋ねる。
「何て?」
「向こうに問い合わせたら、体調が優れないので王宮で静養中です…と
返答してきた。具体的にどこがどう悪いのかは、何も書かれてない。」
「あぁ、そりゃ嘘だろね。で?」
「……」
即答され、リスベルはしばし黙る。しかし目で促され、手に持っていた
数枚の紙を掲げた。
「それで、独自に動いてくれていた者たちの報告もほぼ同時に届いた。
確証はないという前置き込みの情報だけど、向こうの話と全然違う。」
「にゃ、そっちは何て?」
「…メグラン王都の南部に位置する造酒の街、ウォレミスって場所で
かなり大きな戦闘があったらしい。街の中心部は半壊し、死者も多数。
ここにメリゼがいたんじゃないか…って話らしい。」
「つまり争奪戦だったってか?」
「確証がない話らしいから、俺には何とも言いようがない。」
リスベルが答えると同時に、女性はごろりとソファーに寝転がった。
「ふんにゃ、まあ間違いないよ。」
「分かるのか姉ちゃん!?」
「なぁんとなく、ね。」
事もなげにそう答え、女性は新たな生菓子をテーブルの鉢から摘み上げ
ひょいと口に放り込む。
「昨日だったかなぁ。啓示ってか、そんなのが来たのよ。」
「…メリゼの事に関してか?」
「そうそう。」
もしゃもしゃと口を動かしながら、女性がリスベルにも菓子を勧める。
「食べな。」
「ああ。」
リスベルは、遠慮なく生菓子を数個掴んで一気に頬張った。
「おぉいおい。一気に食べるん?」
「いいから聞かせてくれよ。」
「あぁい。まあ焦んなってさ。」
寝転がったまま、女性はリスベルにニヤリと笑いかける。
「あたしらが今アタフタしたって、なんもならないよってさ。」
「俺は心配なんだよ!」
「心配すなってリスベルちゃん。」
笑い顔のまま、女性はテーブルから赤い大きな宝玉を取り上げた。
「あぁんまり詳しくは見えてない。まあ、あの子ちゃん自身の目的が
まだハッキリしてないからだろね。だけど、無事ではあるよ。」
「確かか?」
「そこは疑うのなしってよ。」
言いながら、女性が宝玉をかざす。
「高いんだよぉコレ。」
「…知ってる。」
「これ1個丸ごと、あの子ちゃんの存在と紐付けてる。もし死んだら、
こいつも割れて終わり。色も失う。まだこういう状態だって事は、今は
ちゃあんと元気って証よい。」
「…本当に、信じていいんだな?」
「もちよ。」
再びゆっくり身を起こした女性が、あらためてニッと笑いかけた。
「あたしはシャンテムだよ。それで十分でしょおが。」
「そうだな、姉ちゃん。」
「シャンテム」の言葉に、リスベルもまたようやく笑みを浮かべた。
================================
「メリゼが今、無事なのは信じる。信じるしかないからな。」
ようやく落ち着いたらしいリスベルが、対面のソファーに腰を下ろす。
「それで、やっぱりウォレミスでの騒乱に巻き込まれたのか?」
「ま、あたしの感覚ではそう見る。エンクラオは知らなそうだけど。」
「王が王女の事を知らないのかよ。それでいいのか…」
「ジリヌスがあんな騒ぎになって、娘の事に目がいかないんだろね。」
「……」
「暗くなんなってリスベルちゃん!あの子ちゃんなら大丈夫だから!」
「どう大丈夫なのか言ってくれよ。少しくらい見当はつくんだろ?」
「ううん…そだねぇ…」
リスベルからの懇願を受けたシャンテムは、宝玉をじっと凝視した。
「うーん…と…」
「何か分からないか姉ちゃん?」
「?…なんかいるなぁ。」
「いるって、メリゼの所にか?」
「そうそう、一緒に行動してる。」
「誰がだよ。」
「とりあえず、すンごいのだよ。」
「え?」
言葉の意味を図りかね、リスベルが眉をひそめる。
「何だそれ。」
「何かはわかんない。だけどまあ、ただ者じゃないってのは確かねぇ。
それがあの子ちゃんを変える。」
「変える?」
「ま、悪くはない色よ。…きっと、また近いうちに会えるってね。」
「…俺にできる事は?」
「信じて待つ。それだけかなぁ。」
「…分かった。」
まだいろいろ問いたいという表情を浮かべつつ、リスベルは頷いた。
そんな彼を、シャンテムが見守る。
直後。
『陛下、お時間です。』
外から声がかけられ、シャンテムはスッと立ち上がった。
「仕事か、姉ちゃん?」
「……」
「ご公務ですか、女王陛下。」
「ええ。」
しゃんと姿勢を正したシャンテムの目が、厳しさを持ってリスベルを
キッと見据える。
「あなたも早く仕事に戻りなさい。副王の勤めは限りないでしょう。」
「承知致しました。」
同じく姿勢を正すリスベルに小さく頷き、シャンテムはパッと踵を返し
迷いのない歩調で扉の方に向かう。
見送るリスベルの顔にも、もう迷いや嘆きの表情は残っていなかった。
モーグ王国第一都・マンデの王宮。
メリゼたちの目指す場所における、とある午後の出来事だった。




