向かうべきはどこか
まずは、一旦チョルサの街に戻る。と言っても、もう冒険者ギルドには
用事はない。下手にまた出向くと、何かしらの問題も起こり得る。
わざわざ街まで戻る目的はひとつ。乗っている馬の買い換えである。
今現在、ルクトたちがジリヌスから乗って来ている馬が3頭。それに、
王女メリゼの馬車を曳いていた馬が4頭。この7頭に分乗している。
かなり不便であり、馬車専用だった4頭に関しては扱いが少し難しく、
さらに言えばこの馬から足が付いてしまう可能性も否定できない。
「なので潔く買い換えましょう。」
「そうですね。」
プローノの提案に、持ち主でもあるメリゼは割とあっさり賛同した。
しかしアルメダの方が少し渋った。やはり、死地を乗り越えた同志…
という仲間意識もあったのだろう。
「別に馬肉にされるわけじゃない。むしろ今より安全に生きられるよ。
何と言っても王家が使ってたほどの馬なんだから。ね?」
「…そう、ですよね。」
わがままを言っているという自覚はあったらしい。
ガンダルクからの言葉に、アルメダは目を伏せて小さく頷いた。
かくして市場へ。
装飾品などは全て外し、ごく普通の上級馬として売りに出す事にする。
しかし、最後に一つ問題が残った。メグラン王家の焼印があったため、
出自をごまかし切れないのである。
「うーん、どうしたもんだかな。」
「あ、なら私に任せてください。」
そう申し出たのは、プローノ配下の兵士の一人、ルブホだった。
「どうすんの?」
「この程度ならすぐ隠せますよ。」
興味津々なガンダルクの問いかけに笑って答え、ルブホは短刀を抜くと
右手の親指の先を軽く突く。そして滲み出てきた血を、馬の焼印の上に
そっと塗り込んだ。4頭とも同様の処置を施し、最後に左の手のひらに
ごく簡単な幾何学形の図形を描く。
『貴術陣、ですか。』
「ええ。基礎的な術式ですがね。」
感心したアミリスに答え、ルブホはその手を焼印の上に順にかざした。
同時に手のひらと塗った血の両方が青く光り、焼印が他の部位の皮膚と
全く同じ状態に変化した。もはや、目を凝らしても痕跡すら見えない。
「おお!」
「やるねぇ!」
ルクトとトッピナーが、感嘆の声を上げた。メリゼも目を丸くする。
本人は基礎的と言ったものの、相当精度の高い隠蔽の貴術らしかった。
「これで問題ないでしょう。少なくとも、私が術を解除するか死ぬか、
その時まではこのまま維持できると思います。」
「…死ぬとか言うなって。」
説明するルブホに対し、どことなく不満げな表情のアルフが水を差す。
出身も同じらしい彼らは、プローノの部下5人の中でもかなり親しい。
やはり仮定でも相方が死を口にするのは、受け入れ難い事なのだろう。
「ま、死なないように心がけよう。ここにいるみんな、全員がね。」
いつもと同じ気楽な口調ながらも、ガンダルクの号令に実感がこもる。
あらためて、皆が深く頷いていた。
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やはり、馬の質が違ったのだろう。
予想以上の値がつき、4頭は無事に売却。別の6頭を買ったのに加え、
小さな馬車も手に入れた。とにかく頑丈な作りのものを求めたので、
外観は質素そのものだ。誰もこれに王女が乗るとは思わないだろう。
ここからは原則、馬車の中に王女とアルメダ、そして荷物を詰め込み
移動する。2頭曳きなので御者台に誰か2人が乗る。残りの4人が、
それぞれ単独で馬に乗る。ルクトとガンダルク、そしてトッピナーは
これまでどおりそれぞれ馬を駆る。さすがに大所帯ではあるものの、
相乗りに比べればずいぶん自然だ。
「よーし、じゃ行こうか。」
足さえ調達できれば、もうこの街に用はない。ガンダルクの号令のもと
皆は迷いなく馬を駆けさせる。
目指すは、西。
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メグラン王国は、3つの国と国境を持っている。
真北にジリヌス王国。かなり昔から何度も戦争を繰り返しており、今も
それほど関係は良好とは言えない。加えて、現状は混沌としている。
そして、北西には魔人国アステア。今さら言うまでもなく、魔王により
治められている国である。しかし、関係はそれほど険悪ではない。
ガンダルク亡き後、魔人たちは自ら人間の国に移住する道を模索した。
北のジリヌスが徹底的にその方針を拒んだのに対し、メグランはむしろ
積極的に受け入れた。ジリヌスとの因縁を考えれば、賢明な判断だ。
「魔王」という、両国共通の脅威がなくなれば、また戦火が広がるのは
十分に考えられる。ならばいっそ、魔人を受け入れる事によって国力を
今までとは違う形で増強していく。実に大胆な方策ではあったものの、
結果としてメグランの力は増した。永住する魔人が増え、それに伴って
人魔も数多く生まれ、国のあり方は大きな変貌を遂げた。
百年の歴史を紐解けば、アステアは敵対国とは言いがたい存在である。
ただし、もちろん今は魔王がいる。今後の事はどこまでも不明瞭だ。
最後に、西のモーグ王国。
アステアのほぼ真南に存在するこの国は、ジリヌスと国境を持たない。
そしてこの百年、メグランと同様に魔人を積極的に受け入れてきた。
その結果、この国はきわめて特殊な発展を遂げている。メグランが主に
国民の中に魔人の血を広めていったのに対し、モーグはむしろ魔人国の
文化や技術といったものをどんどん取り込んでいったのである。そして
時が経ち、この国は世界でもかなり高水準の独自発展をするに至った。
それらの事情を踏まえ、自分たちが目指すべきはどこだろうか。
出立の前に、その点に関してはまた徹底的に話し合った。
完全に開き直った王女も、今すべき最善をとにかく模索していた。
ジリヌスにはもはや、全員が絶対に足を踏み入れたくない。
アステアに向かうという選択肢も、ほぼ考えられないだろう。
ならばどうするか。
このままメグランに残るか、またはモーグへ向かうか。その2択だ。
そこまで話が至った段階で、不意にメリゼがとんでもない話を始めた。
「実は私、モーグ王国の副王であるリスベル様と、結婚を誓い合った
仲なのです。幼い頃からずっと。」
「…はあ!?」
皆、等しく頓狂な声を上げていた。
そのあたりの事情を何ひとつとして知らなかったらしいアルメダは、
なかば失神していた。
「もうご迷惑をおかけするわけにはいかない。そう考えていました。
ですが、私が名乗って頼るとすればリスベル様のもとしかありません。
つまり、現在のモーグを治めている女王、シャンテムの所です。」
「…さらっと凄い事を言うねえ。」
さすがのガンダルクでも、この時はいささか呆れ顔だった。
「…許されざる恋…」
ブツブツと呟くトッピナーの姿に、ラジュールたちがいささか引く。
何かしら、琴線に触れたらしい。
ならばもう、迷う事はない。
もし今、王の元へ戻ったとしても、同行しているのがルクトたちでは
王に信用してもらえるとはどうにも思えない。それは無理な話だ。
それなら、状況がこれ以上悪くなる前にモーグ王国へ行ければいい。
思いもかけない形で、次の目的地はモーグ王国と決まった。
では今、すべき事は何か。
モーグとの国境を越えられるだけの社会的立場、その獲得である。
ウォレミスの騒乱の末、犯罪者扱いが確定したプローノたちにとっては
何よりも切実な急務でもある。
「このあたしに任せなさい!」
やたらに張り切るトッピナー。
しかし、彼女のギルドでの経験は、今もなお圧倒的である。
ここは彼女の提案に乗ろう…という意見で、皆はあっさりまとまった。
そう。
カウギ村の時と同様、ライセンスの発行のために戦いに赴く。
全員で。
あらためて気持ちを引き締め直し、ルクトたちは西へとひたすら急ぐ。
目指すはメグランとモーグの交易に欠かせない道、アルバニオ街道。
一筋縄ではいかないミッションだ。
それを承知で、皆は急いだ。
現状を変え、世界を変えるきっかけとなるために。
仰ぎ見る空は、今日も晴天だった。




