メリゼ王女の苦悩
夜の冷え込みもほとんど無くなり、野宿も苦にならない季節になった。
不幸中の幸いと呼ぶべき事象だ。
結局、その日の夜も街から少しだけ離れた場所で休む事となった。
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別に、街にいられなくなったというわけではない。
ピルバスたちと別れた後、丸一日を費やして現状の確認をした。
結果、彼らから得られた情報がほぼ正しかった…という結論に至った。
ウォレミスの街でメリゼ王女の争奪戦が行われた事実は、ほぼ完全に、
そして公式に否定された。あれこれ調べている間に公示がされていた。
ジリヌス王国から侵入した者たちが行った破壊工作だという見解が、
おそらく近隣の街も全て含め一斉に通達されている。
「要するに、我々6人が大暴れしたという雑な筋書きだな。」
焚き火に枝を放り込み、プローノがやや自嘲気味に言った。
11人もいると、焚き火を囲んでもほぼ完全な円が形成できる。
ちなみにアミリアスは刀身を地面に突き立て、接近する者がいないか
常時警戒を続けていた。
そう。
王女がウォレミスにいたという事実自体が否定された今となっては、
もはや血眼になって行方を捜す者もほぼいない。あの場にいた冒険者は
これ以上関わりたくないだろうし、宰相ウルムスに雇われた襲撃者は
すでに捕らえられて口封じ済み。
いい意味でも悪い意味でも、王女は気兼ねなく歩き回る事ができる。
しかしそれは、決していい傾向とは言えない。今後の事を考えれば、
とにかく早急に行動の方針を決める必要がある。
そんな重要な話を、うかつに宿屋の大部屋でするわけにはいかない。
ただでさえ人数が多いから、目立つ行為は絶対に避ける必要がある。
結果。
やはり、街を離れる事となった。
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「まぁた、お尋ね者が増えたね。」
星空を仰ぎ、ガンダルクがポツリとそんな言葉を呟く。
もちろんプローノたち6人の事だ。さすがにまだ賞金はついていない。
それでも、手配が回るのはもはや、時間の問題だろう。
「…申し訳ありません。」
両膝を抱えながらそう言ったのは、メリゼ王女だった。
じっと炎を見つめながら、搾り出すような口調で続ける。
「プローノ様たちを転移であの場に招いたのは、確かにこの私です。
宰相ウルムスの背信に対する確信を得たいがための選択だったのが、
いつの間にかこんな事態にまで…」
「目的は果たせたんだから、それはひとまず良しとしましょうよ。」
大兵のアルフが、ごくごく控えめな口調でそんな慰めを口にした。
「我々もあんな大規模な戦いになるなどとは思ってませんでしたから、
むしろ今みんな生きているってのは快挙です。それを喜びましょう。」
言いながら、ほぼ対面の位置に座るルクトに視線を向ける。
「彼らが来てくれたから、この先を考える事ができてるんです。ね?」
「…それは…そうですが…」
やはり、単純に納得するには程遠い気持ちなのだろう。メリゼの声は、
いささかも明るくはならなかった。
「とにかく、次の行動を決めないとジリ貧です。それは間違いない。」
アルフの隣に座るルブホが言った。
「行動そのものを急ぐ必要はない。メリゼ王女が今も王都にいるという
建前を通すなら、あからさまな謀略は今後簡単にはできないでしょう。
しかし、とにかく王女が健在という事実をどこかで公けにしない限り、
状況は確実に悪くなりますよ。」
「でしょうね、確かに。」
頷いたガンダルクが、場に集う皆の顔をざっと見渡す。
「バレる心配が少ないと言っても、このままあてもなくウロついてたら
何かしら取り返しのつかない事態になる。なってから悔いても遅いよ。
前向きな目標決めて、それに向けて行動しないとね。」
「そうだな。」
同意を示したルクトの目が、斜め前に座るメリゼに向けられた。
「王女は現状、どうお考えですか。まとまっていなくても構いません。
まずはお聞かせ下さい。」
「……」
「メリゼ様…」
ますます膝を抱え込んだ主に、隣に座っているアルメダが気遣わしげな
声をかける。着替えた時のメリゼの高揚は、もう完全に失われていた。
重い沈黙が流れる。
パチパチと炎が爆ぜる音がかすかに響く中、誰もが彼女の言葉を待つ。
やがて。
「皆さんを巻き込んでしまった事、お詫びの言葉もありません。」
苦しげな言葉を搾り出すメリゼが、ゆっくりと顔を上げた。
すっかり冷めたオジ湯のカップを、ガンダルクがそっと手に取る。
ルクトは、ある種の確信めいたものを抱いてそれを目で追っていた。
「…こうなってしまったからには、私自身が幕引きを図るしかないと
考えています。もうそうするしか、皆さんの安全は保障できない。」
「…と、申されますと?」
プローノが問いかける。口調には、何かしらの確信が感じられた。
「王都に戻ります。多分ウルムスも、それでほぼ満足するでしょう。」
「今戻れば、それこそ何をされるか分からない。それは承知ですか?」
「それしかないのであれば。でも、アルメダは巻き込めない。だから、
どうか彼女だけは皆さんで…」
「ちょ、メリゼ様!そんな事でき」
バシャッ!!
言い切る前に、メリゼの顔めがけてオジ湯が勢いよく浴びせられた。
「んあッ!?」
完全に巻き添えになったアルメダの頓狂な声だけが、甲高く響く。
かけたのは、ガンダルクだった。
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暴挙に色めき立つ者はいなかった。
誰もが、黙ってその様を見ていた。
「…?」
ポタポタと頭から雫を垂らしているメリゼの顔に、困惑の色が浮かぶ。
あたふたと鞄から手拭いを取り出すアルメダをよそに、ガンダルクが
じっとメリゼを睨み据えていた。
「…が、ガンダルクさま?何を…」
「いや、言い出すだろうなと思って狙ってたけど、予想通りだった。」
「俺もそう思ってた。」
「あ、私もな。」
にべもなく言い放つガンダルクに、ルクトとプローノが言い添える。
呆れ顔のラジュールたちと、酒瓶を振って中身を確かめるトッピナー。
誰もが、ガンダルクの行為に対して何の抗議もしなかった。
「メリゼ。」
「は、はい?」
初めてガンダルクがから呼び捨てで声をかけられ、メリゼがしゃんと
背筋を伸ばした。アルメダもまた、そんなガンダルクを注視する。
「いい加減、目の前の現実ってのをちゃんと正面から見な。」
「…え?」
他の誰も、何も口を挟まない。
言うべき事はガンダルクが言う。
そんな確信が、沈黙の中に満ちる。
いつの間にか、夜は更けていた。




