ガンダルクのお宝
「さてと。」
そう言ったガンダルクが、ルクトに視線を向けて告げる。
「じゃあ、約束の成功報酬ってのを渡さないとね。」
「成功報酬?…あ、そういやそんな事言ってたな。忘れてた。」
「ええ!?お宝を渡すって約束したじゃん!あんたが忘れるの!?」
「まあ、いろいろあったから…」
「割と大雑把ですねえ、ルクト様。ホホホホホ。」
愉快そうなアミリアスの笑い声が、乾いた広間にかすかに響いていた。
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「まあ、くれるって言うならもらうけど、お宝って何だよ?」
「何?その微塵も期待してないって感じは…」
「いや、正直あんまり期待は…」
「ああもういい!アミリアス!」
「はい。」
向き直ったガンダルクが、腰に手を当てて高らかに命じる。
「あたしの二番刀を出して!ずっとあんたに預けてたでしょ!!」
「……え、二番刀ですか?」
「そうその二番刀!早く!」
「出せと仰せなら出しますが…。」
「だからそう言ってるじゃん!」
「…怒りません?」
「は?」
「出しても怒りません?」
「何?…もしかして壊したとか?」
「いえ、そんな事は断じて。」
「だったらいいよ。怒らないから、さっさと出して。」
「……」
やり取りを見守っていたルクトは、何とも嫌な予感を覚えていた。
これ、もしかして出した途端に怒るやつじゃないのか…と。
そんな懸念などお構いなしに、傍らの地面がポッカリと口を開ける。
砂の粒に支えられるようにしてそこから出てきたのは、独特な文様を
その鞘に刻んだ、金色の刀だった。ほんのかすかな湾曲が、ルクトの
愛用の長剣とは異なるシルエットを描き出している。
かの魔王ガンダルクが、自らお宝と呼んでいる得物か。
…思ったより普通だな。
そんな事を考える間に、目の高さまで上がってきたその刀はゆっくりと
空間に停止した。
一瞬の沈黙ののち。
「ん?」
その拵えを確認したガンダルクが、怪訝そうな声を上げる。
「何これ。こんな魔石とか、元からあったっけ?」
「怒らない約束でしたよね。」
「…つまり?」
「持ち主である魔王がお亡くなりになったわけですから、まあいいかと
思って少々改造を加えまして…」
「おおぉいィ!?」
ガンダルクの声は途中で裏返った。
「人のお宝に何て事してくれてんだあんたはァ!!」
「いえ、なにぶんする事があんまりなくて。もちろん、以前と比べても
格段に高性能になってますよ?魔王にもきっとご満足頂けると…」
「あたしは死んだし、この体で使いこなせるわけないじゃん!!」
「…言われてみればそうですね。」
「ちょっとおぉぉ!!」
「なあ。頼むから、そういう不毛な喧嘩はやめてくれ。」
見かねたルクトが口を挟んだ。
「今回は、別に報酬がなくても文句は言わないから。な?」
「あたしを嘘つきにする気!?」
「いや、そういう事を言ってんじゃなくてさ…」
「いいよ。」
何かが吹っ切れたのか、ガンダルクは目の前の刀を指し示して告げる。
「約束の報酬、洞窟に眠るお宝よ。あげるから持ってって!」
「…今のやり取りを見せておいて、その上で俺に渡す気なのかよ。」
「昔より性能は格段に上がったし、きっと満足できるよ。だから…」
「受け売りじゃねえかよ!!」
不毛なやり取りは、ループの様相を呈し始めていた。
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「いったん落ち着こう。」
そう言ったルクトが、厄介者と化した二番刀に目を向けて続ける。
「これ、触っても大丈夫なのか?」
「もちろんですとも。」
「よし。」
「じゃあ報酬として受け取って…」
「ちょっと待てって。焦るな。」
結論を急ぐガンダルクを制し、ルクトはあらためて彼女に目を向ける。
「今のお前が、武器として使うのは無理なのか?」
「重さが変わってないんなら無理。…そのへんどうよ、アミリアス?」
「まあ、軽量化はしてませんね。」
「だってさ。」
「そうか…」
どうにも旗色がよくない。
このままの流れで考えると、自分に押し付けられる可能性が高い。
危機感を覚えるルクトはひとまず、話題を変える事を試みる。
「そもそも二番刀って事は、一番刀もあるんだよな?」
「もちろん。」
「どう違うんだ?」
「二番刀は魔術発動とかに特化した拵えになっていて、正直あたしには
ちょっと繊細過ぎたのよ。一番刀はその名前のとおり、あたしの一番の
愛刀だった。魔力はなかったけど、文句なしの業物だったわねぇ。」
「だったら、どっちかと言えば俺もそっちの方が…」
「残念ながら、グレインとの決戦でものの見事に折れちゃったけど。」
「そうですか。」
諦めに似た表情で、ルクトは小さなため息をついた。
そして、あらためてアミリアスの方に視線を向け直す。
「…それで?どういう仕様になってるんだこれ?」
「まずはお手に取ってください。」
「大丈夫だよな?」
「ええ。」
覚悟を決めたルクトが勢いに任せ、目の前の二番刀を掴み上げる。
確かに、やや細く感じる見た目より若干重かった。ガンダルクの筋力が
見た目どおりとすれば、間違いなく振り回すのは無理と思えるほどに。
その一方、手になじむような感覚はまさに名刀を思わせた。
「いかがです?」
「確かにちょっと重くはあるけど、まあ俺でも使えるだろうな。」
「でしょうね。あ、それでは…」
「何だ?」
「縮めと念じてみて下さい。」
「は?」
「物は試しです。」
促されたルクトが、半信半疑のまま「縮め」と心の中で念じてみる。
と、次の瞬間。
「お!?」
少し長過ぎるかと思ったその刀は、みるみるうちにナイフ程のサイズに
その身を収縮させていた。同時に、重さも半分以下に減少する。
「凄えなこれ。伸縮自在かよ。」
素直に感嘆の言葉を述べるルクトの隣で、ガンダルクが何とも言えない
複雑な表情を浮かべていた。
「…あたしの秘蔵だった二番刀が、ビックリ武器に…」
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「どうやら呼応したようですね。」
「呼応?」
しげしげと縮んだ二番刀を見ていたルクトが、その言葉に振り返る。
「呼応って、何にだ?」
「あなたの中にある、魔人としての因子にですよ。」
そう説明したアミリアスの視線が、ルクトと二番刀に向けられた。
「失礼ながらルクト様、確か人魔でいらっしゃいますよね。」
「…ああ、知ってのとおりだよ。」
「純血の人間にとっても、その刀は稀代の業物と言える代物でしょう。
ですが魔人の血を受け継ぐ者なら、刀身に内在する魔力や術式などを
使う事ができるはずです。つまり、その伸縮機能のように…ですね。」
「なるほど、そういう事か。」
そこでルクトが何かに思い当たる。
「え?だったらガンダルクだって、この重さなら使えるんじゃないか。
魔力だって…」
「残念ながら今の魔王に、それほど顕著な魔力はありませんよ。」
「そういう事よねー。」
やっぱり無理か。
そんな苦笑を浮かべていたルクトの手の中で、刀が元の長さに伸びる。
すらりと抜き放ってみた刀身には、水晶を思わせる輝きがあった。
「…分かった。じゃあ、ありがたくもらう事にするよ。」
「よっしゃ!!」
そのひと言を聞いたガンダルクが、嬉しそうにパンと手を叩く。
「これで約束は果たしたからね!」
「ああ、うん。」
「じゃ、ちょっと縮めて貸して。」
「は?…ああ、まあいいけど。」
刀を鞘に納めたルクトが、再びその長さを縮めてガンダルクに渡した。
「やっぱりお前が使うのか?まあ、別に俺は…」
「違う。」
バシッ!!
次の瞬間。
鞘に納めたままで振りかぶったその刀身が、彼女のすぐ隣に立っていた
アミリアスの頬にヒットした。その衝撃で、さっきよりも盛大に砂が
パッと舞い散る。
「あ痛たた…何をなさいますか。」
「自分の胸に聞けよ。」
「怒らないと、さっき言ってたじゃないですか…。」
「時と場合によるわ!!」
「ああもう、喧嘩すんなって!」
……………
3人がワイワイ騒いでいる、薄暗い広間の中で。
眠りから解き放たれた二番刀の金色が、ひときわ明るく輝いていた。