知らぬが何とやら
冒険者ギルドの中は騒がしかった。しかしルクトたちは、特に気にせず
目当ての相手の姿を探す。
自分たちがギルドを訪れれば、必ずロクでもない話を聞く羽目になる。
もはやそれは、ウズロの街の時から連綿と続くお約束のようなものだ。
だから余計な気を回さず、とにかく目的だけをさっさと済ませる。
さいわい、探すまでもなかった。
ちょうど話を終えたところらしく、受付カウンターを離れた4人の目が
ほぼ同時に正面のルクトを捉える。相手が自分を認識した事を確かめ、
ルクトは軽く右手を上げた。
「よう、ピルバス。」
「お前…ルクトか?」
「あー、あなたたち!!」
驚いたピルバスの後ろから、小柄な少女-リアンホが声を上げる。
「にゃははは、元気そうね。」
「あらまぁ。…5日ぶりだっけ?」
さらに背後にいた女性-スランナグの視線が、チラッと二番刀の方へと
向けられた。
「元気そうね。」
『そちらも。』
「おかげさまで。」
「久し振り」と形容するほど日数は経っていない。
それでも、その5日間はあまりにも内容が濃く、重かったのも事実だ。
入国直後を思い出し、ルクトたちは我知らず相好を崩していた。
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「それで、どんな情勢だ?」
ギルドの中をざっと見回しながら、ルクトがピルバスに質問する。
メリゼやプローノたちは少し離れた場所に陣取り、小声であれやこれや
他愛のない言葉を交わしながら耳を済ませている。
「お前たちはどうなんだよ。」
「この街に着いたばっかりだから、とにかく右も左もって感じだよ。」
少なくとも嘘ではない現在の状況を説明しつつ、ルクトはあらためて
ピルバスたちに水を向けてみる。
「そっちは。王都まで行ったのか?…確かメリゼ王女の安否をどうにか
確認したいとか言ってたよな。」
「ああ、もちろん行ったよ。」
「本人にお目にかかるなんて事は、もちろん出来なかったけどね。」
スランナグがそう言って小さく肩をすくめる。彼女の視界のすぐ脇で、
そのメリゼ本人も肩をすくめたのがチラッと見えた。
「だけど、王都は思っていたよりは平穏だった。今のところ、王女にも
これといって目立った動きなんかはないみたいだな。」
「そうか。…まあ、平穏だったならそれに越した事はないよ。」
どうやら、メリゼ王女が首都宮殿へ引越しするという話は、どこまでも
極秘かつ性急な提案だったらしい。丸ごと無かった事にされている。
そう言えば、ウォレミスの街で襲撃された際も馬車は1台だけだった。
本当に文字通りの「お忍び」として行動させられた事実を考慮すれば、
ごまかす事は大いに考えられる。
素早く話を整理したルクトは、彼らにだけ通じる話題を振ってみた。
「…じゃ、ジリヌスから来たという刺客も姿は見せなかったのか。」
「王都には来なかったみたいね。」
「王都には?」
何気ない口調のリアンホの言葉に、トッピナーが反応する。
「つまり、今日までにどこかしらに現れた…って事なのね?」
「ああ、昨日だよ。」
ここまでずっと黙っていたもう一人の男、カルドスが告げた。
「ここから少し西にあるウォレミスの街で、ならず者と一緒になって
大暴れしたらしい。」
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うかつに視線を向けられないのが、ルクトには何とも残念だった。
今この瞬間、プローノたちがどんな表情になっているか見れないのが。
「ウォレミスって造酒の街よね?」
とぼけた口調でトッピナーが問う。
「わざわざジリヌスから来た連中がまた、どうしてそんな場所に。」
「昨日の今日だから、まだまだ情報は錯綜してるんだけどな。」
そう言い置いて、ピルバスが質問に答えた。
「俺たち4人は行ってないんだが、ウォレミスで大乱闘があったのは
確かな話らしい。街の中心部なんか半壊状態だってよ。実は現場にいた
同業者が何人かこっちに流れてて、そこから情報が漏れてきたんだ。」
「そうか…」
何となく、ルクトたちは周りにいる人間たちの顔を見回す。さいわい、
自分たちに見覚えのある者は一人もいないらしかった。
「だけど皆、何が目的だったのかについては言葉を濁す。騒ぎの後には
国軍の兵士が大勢来たらしいから、何か言われたのかも知れないな。」
「…国軍の兵士?」
「そりゃまた、ずいぶんと大ごとになったのね。」
「ああ。どうやらその場に残ってたならず者どもは、一人残らず捕縛。
処刑は免れないだろうって話だよ。…ジリヌスの人間なんかと組んで、
何を企んでたんだろうな?」
「まあ、よっぽど酒が欲しかったんじゃないのかね。」
適当な言葉を返したルクトに対し、スランナグが大きく頷いた。
「そうかもね。まあどっちにせよ、ウォレミスがそんな状態になれば、
ここらでも酒は値上がりするよ。」
「えっ。」
それまでしゃあしゃあと話していたトッピナーが、その言葉に固まる。
「さ、酒が値上がり…?」
「被害が半端じゃないみたいだし、しばらくは仕方ないわよね。」
「そんな…」
意識がそっちの話に傾いてしまったトッピナーはともかく、ルクトも
かなり肝を冷やしていた。
あの場に国軍兵が来たというのは、やはり準備が周到過ぎる。
どこからもその情報が得られなかった事を思い返せば、襲撃の計画自体を
強引にでも隠蔽してしまうのが主な目的だったのだろう。たとえ計画が
成功しようとしまいと、宰相クラスの人間の関与が露見するのを防ぐ。
あの場にモタモタ留まっていたら、自分たちもどうなっていたか。
あらためて間一髪だったのだという事実を、全員が痛感していた。
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「ま、そんな情勢だよ。」
説明を終えたピルバスが、大げさに肩をすくめた。
「ジリヌスの奴らは、今も消息不明らしいな。…何をしに来たにせよ、
ウォレミスの被害を考えればたぶん賞金首になる。それを追うのも、
選択肢のひとつかなと思ってる。」
「あんまり、深追いはするなよ。」
「もちろんだとも。」
ルクトの心配に対して、ピルバスは苦笑しながら答える。
「俺たちにも生活ってもんがある。気になってる話は確かに多いけど、
さすがにガッツリ関わろうとまでは考えてないよ。」
「うん、それがいいよ。絶対に。」
実感のこもった口調で、ガンダルクがピルバスたちに告げた。
彼らは、確かにかなり出遅れた。
王女メリゼの身を案じていながら、すぐ近くにそのメリゼがいる事にも
気づけていない。はっきり言って、蚊帳の外の存在だろう。
しかし、聞けば聞くほどこの騒動の根は深く、そして闇も深い。
知らずにいる方がいいというのも、また間違いのない事だ。
もたらされた情報は、ルクトたちの想像をかなり超えるものだった。




