忘れ得ぬ戦士たち
その名を聞いた瞬間。
頭に血が上るのをはっきり感じた。
祖父母の仇だと。
間違いなく、母から聞いた名だと。
その後の自分の行動は、正直言って自分でもよく分からなかった。
今この瞬間、何よりも優先すべきはメリゼ様の安全のはずなのに。
そちらの事情を忘れてしまうほど、頭の中が完全に塗り潰されていた。
今の今まで、疑いもしなかった。
それは、仇敵に対する憎しみだと。
違う。
そうじゃない。
そもそもあたしは、実際に祖父母に会った事などない。
母は、貴術師マグナシオの手により「時止め」という処置を施され、
50余年に渡り赤子のままで眠っていたという。それはただひたすら、
英雄に対する世の中の煩わしさから遠ざけるためだった。
その結果、母ですら祖父母の記憶をほとんど持っていなかった。
だったら、あたしの感情は何だ。
名前しか知らない祖父母の仇敵を、そこまで激しく憎めるものなのか。
あたしが憎悪すべき相手は、本当にこの人なのか。
違う。
そうじゃない。
あたしはただ、聞きたかったんだ。
祖父母の事を。
2人を、知っている人から。
何でもいいから聞きたかったんだ。
2人が、確かに存在していたと。
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「…なかなか衝撃的な話だな。」
実感のこもった口調で、プローノがそう言った。
「一般の伝承だけでなく、我々さえ一度も聞いた事がない。この百年、
それほどまで完全にその3人の存在は抹消されていたのか。」
「ええ。」
アルメダの頭をそっと抱いたまま、ガンダルクが答える。
「誰が言い出したのかは知らない。だけど、あたしはずっとその変遷を
目にしてきた。このあたしと本気で殺し合った人間たちの存在と功績が
歪められ、消されていくのをね。」
「本当にお前が殺したのか?」
そう問うたのはルクトだった。
「と言うか百年前の暴虐ってのは、ほぼ先代魔王だったザンツって奴の
やった事だったんだろ?」
「まあね。」
「!?」
さらっと告げられた話に、プローノを初めとする場の全員が驚愕する。
しかしルクトたち4人にとっては、もはや単なる共通認識でしかない。
皆の動揺には目を向けず、ルクトはなおもガンダルクに問いかける。
「…今さらだけど、グレインたちと戦わない道はなかったのかよ。」
「ないよそんなの。」
即答の言葉に、迷いはなかった。
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我が子のようにアルメダの小さな体を抱きしめ、ガンダルクが語る。
「あの時、あたしは魔人国アステアの全てを統べる魔王だったんだよ。
国を治めるって事に興味がなかったから、あたしはザンツの汚名までも
継いでしまった。それはあたし自身が被るべき責任だった。」
「…だから命を差し出した、と?」
「誰が差し出すか!」
ラジュールの言葉に対する否定の激しさに、皆は思わず身を竦ませる。
「グレインたちは、幾多の魔人たちを倒した末に城まで辿り着いた。
彼ら自身も、犠牲を払いながらね。そんな相手に、あたしは悪くない、
だから仲良くしようなんて言える?それは、全てに対する裏切りだよ。
アステアの魔王として、そんな事はあたし自身が許せなかった。」
「つまり、本気で戦ったのか。」
「それ以外に何がある?」
今震えているのはアルメダなのか、それともガンダルク本人なのか。
傍から見る者には判らなかった。
「言い訳なんかない。魔王と勇者。お互いの死力を尽くして戦うだけ。
生涯最大にして最後の晴れ舞台よ。あたしとグレインたちは戦った。
全てをかなぐり捨てて殺し合った。そしてあたしは、3人を倒した。」
「……」
「その時には分かっていたよ。この人間たちは、生きて還れない運命を
受け入れている。ただ、グレインの勝利のために全てを懸けてるって。
3人を倒した時点で、あたしももう限界だった。後は知っての通り。」
語る声に、震えはなかった。
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しばし、誰も何も言わなかった。
何も言えなかった。
語られた内容に、衝撃を受けたからだけではなかった。
目の前の小柄な少女が、紛れもない魔王ガンダルクなのだという確信が
圧倒的だったからかも知れない。
理不尽に存在を抹消された、3人の戦士への思いからかも知れない。
誰も、何も言えなかった。
やがて。
ガンダルクの腕の中のアルメダが、ぐっと両腕を突っ張って離れた。
そしてゆっくり顔を上げ、目の前のガンダルクの顔をじっと見据える。
短い沈黙ののち。
「教えて下さい。」
「いいよ。」
「おじいちゃんとおばあちゃんは、どんな人だったんですか?」
「生涯でもっとも尊敬できた、絶対に忘れられない戦士たちよ。」
「…これからも、ずっと忘れないでいてくれますか?」
「死ぬまで忘れない。約束する。」
アルメダは、姿勢を正した。
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしつつ、深々とガンダルクに頭を下げる。
「これまでの非礼をお許し下さい。そして…」
「そして?」
「ありがとうございます!!」
「にゃはははは!!こちらこそ!」
嬉しそうに笑いながら、ガンダルクはアルメダを乱暴に組み敷いた。
「生まれてきてくれて、生きていてくれて!本当にありがと!!」
「痛たたたた!痛いですって!」
ついさっきと同じような体勢になりながら、2人とも笑っていた。
まるで仲直りをした姉妹のように、心から笑い合っていた。
そんな2人を見守るルクトたちも、いつしか笑っていた。
メリゼは、泣きながら笑っていた。
自分たちを取り巻く現実は、なおも厳しい。それは変わらない。
しかし、後ろ向きな気持ちはない。
今この場において、ひとつの大きな和解が成された。それは確かだ。
たとえ存在はちっぽけでも、確かに意義のある何かが生まれたのだ。
だったら、きっと大丈夫。
過去さえ乗り越えられれば、きっと未来は切り開ける。
目の前の2人が、それを証明した。
「さあ、気合い入れていこうか。」
告げるルクトの声が、力強かった。




