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追放剣士とお気楽魔王~自由な奴らが世界を変える~  作者: 幸・彦
第三章 メグラン王国騒乱記
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祖父母の名前

メリゼ様を襲う逆賊を刺し殺した。

人を殺めたのは、初めてだった。


だけど、特に何とも思わなかった。

己の為すべき事を為しただけ。ただそれだけの感覚しかなかった。

恐怖もなければ、後悔もなかった。体が震えるなんて事もなかった。


そう。

今、こんな風には。


あたしが祖父母の名を告げないと、止まった時間は動かない。

メリゼ様のためにも、動かさないといけない。皆が待ってくれている。


仇敵であるはずの目の前の魔王も、あたしの言葉を待っている。

だけど。

あたしは、恐怖に押し潰されそうになっている自分を感じていた。


何が怖いのか。

そんなの、考えなくても分かる。

もう、ずっと前に忘れていたはずの恐怖と怒り。そして悲しみ。

あたしは、自分の手でそれを手元に引き戻してしまったんだ。


あたしがこの世の生を受けたのは、お父さんとお母さんがいたからだ。

そんなの、誰でも知ってる摂理だ。その繰り返しで、人は命をつなぐ。


なのに。


当たり前のはずの祖父母の存在が、あたしたちには許されなかった。

じゃあ、お母さんはどうやって生を受けたと言うんだろうか。

存在していない人間から、どうして人が生まれたと言うんだろうか。


そんな当たり前の疑問は、口にする事さえ許されなかった。

あたしたち家族は、いてはならない者として忌み嫌われていた。


どうしてよ。

どうしてあたしは、祖父母の存在を認めちゃいけないの?

会った事がないのは事実だけれど、だからって存在しなかったなんて

納得できるわけがない。あたしは、どうやってこの世界に来たの?


悲しい思いをするたび、お母さんにそれを何度も質問した。何度も。

9歳になった時、初めてその問いにお母さんが答えてくれた。

どこか悲しそうな笑みを浮かべて。


お爺さんとお婆さんは

魔王ガンダルクの手にかかって

死んだの


その時のお母さんの声は忘れない。

あたしは、心で察した。


それが真実である事を

そして

もう二度と訊いてはいけない事を


そうして、あたしはそれを心の箱に封じ込めたはずだった。

今日、この日までずっと。


開けてしまった心の箱は。

あたしに現実を見せ付けてきた。


眼前であたしの言葉を待っている、魔王ガンダルク。


彼女に、祖父母の名を告げた瞬間。

あたしの今日までの命に対する答え合わせが、否応なしに行われる。


もし彼女が、仇敵じゃなかったら。

お母さんの言葉が嘘だったら。


あたしの祖父母は、本当に最初からいなかったものになってしまう。

誰からも存在を認められない人間の孫である、あたし自身も崩れ去る。


怖い。

震えが止まらない。


だけど


あたしは…


自分の中の全ての勇気を振り絞り、何とか言葉を絞り出す。


会った事のない、祖父母の名前を。



「…ポーニンと、マルレーン。」


おじいちゃん

おばあちゃん


どうか


あなたたちを…


================================


何秒経ったのだろうか。

何秒であろうと、あたしにとっては永遠にも等しい時間だった。


そして。


ガンダルクは、嬉しそうに笑った。


================================


「…ああ、なるほどそっちね。」


そっち?

そっちって何?

どっちなの?


知ってるの?

知らないの?


「闘士ポーニンと、弓聖マルレーンの孫か。そりゃあ驚いたね。」


闘士?

弓聖?


何それ?


…おじいちゃんとおばあちゃんの事なの?そういう称号だったの?

何でそこまで知ってるの?


あなたが

殺したの?


「間違いないよ。その2人は、このあたしが百年前に殺した。」



不思議だった。


仇敵である確信を得たはずなのに。


あたしの心を満たしていたのは



間違いなく、救済だった。


================================

================================


「嬉しいね。」


黙って涙を流し続けるアルメダの頭をそっと撫で、ガンダルクが笑う。


「あの2人の血を引く人間が、今もこうして生きてるってのは。」

「誰だよ、その闘士と弓聖って。」

「やっぱ、あんたも知らないか。」


ルクトの言葉に応え、ガンダルクは他の面々の顔をざっと見回す。

プローノも4人の兵士も、さらにはメリゼもトッピナーも反応は同じ。

誰の顔にも、その名前に心当たりがないとはっきり書かれていた。


そして。


『感慨深いですね、ガンダルク。』

「ホントにね。」


そんな言葉を交わしたのは、二番刀のアミリアスだけだった。


しばしの沈黙ののち。


「プローノ。」

「うん?」

「あんた、百年前にあたしを討った勇者グレインのパーティーの事って

どんな風に伝え聞いてる?」

「…確か勇者グレインと貴術師マグナシオ。それに剣士のレグモンス。

この3人でお前を討ち、レグモンスは後に傷が元で死んだと聞いた。」

「そっか。」


短く応えたガンダルクが、もう一度メリゼや4人の兵士の顔を見る。

意図を察した5人は、何も言わずに同意の意を示した。自分たちが知る

伝承も、おおむねプローノが語った通りの内容であると。


「…もしかして、違うのか?」


何かを感じ取ったルクトが問う。


「ええ。」


子供のように嗚咽を漏らすアルメダの頭を撫でながら、ガンダルクは

遠い目を空に向けて告げた。


「グレインのパーティーは、本当は6人だった。」

「え?」

「は?」

「6人?」


皆の顔に、困惑の色が浮かぶ。


「貴術師レピアナと闘士ポーニン、そして弓聖マルレーン。この3人も

打倒ガンダルクの誓いを胸に抱き、グレインと共にあたしと戦った。」

「…聞いた事のない名前だな。」

「そりゃそうでしょうよ。」


思わず呟いた兵士の一人の言葉に、ガンダルクは寂しそうに答えた。


「グレインの功績を語り継いだ後の世の馬鹿者どもが、寄ってたかって

存在を抹消しちゃったからね。」

「抹消って、何のために…?」


「ああ、そういう事ね。」


メリゼの問いを遮るように、傍らのトッピナーが言い放つ。


「6人もいたんじゃ、勇者としての格が落ちるからって話か。」

「そう。」


応えたガンダルクの手が、アルメダの頭をそっと抱え込んだ。


「そんなくだらない理由で、この子の祖父母は存在を消されたのよ。」


「………」


しばし、誰も何も言わなかった。

ガンダルクの告げた言葉の意味を、それぞれの胸の中で繰り返す。



ひときわ強い風が、佇む彼らの間を吹き抜けていった。

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