まだ知らぬ明日を求め
「それで、ちゃんと聞かせて欲しいんだけどさ。」
どうやら気を取り直したらしいガンダルクが、アミリアスに問う。
「あたしのこの有様、あんたの力で解放できるの?」
「無理です。」
「即答かよ。」
「事実は事実ですので。」
「ああっそう。やっぱりねー…。」
「解放ってのは何だ?もしかして、昔の魔人の姿に戻る…とかか?」
「いいえ。」
傍らのルクトの疑問に、アミリアスが向き直って答える。
「かつてのガンダルク様の肉体は、すでに完全に消滅しておりますよ。
この場合の解放というのは、魂がその体を離れて本当に死ぬ事です。」
「え?…お前、死にたいのかよ?」
「そりゃ当然でしょ。って言うか、本当はもう死んでるんだからさ。」
「正直、あんまりそんな風には見えないな。」
「失礼ながら、私もそうお見受けしますが。」
「ああっそう!」
投げやりに答えたガンダルクは、ガリガリと少し乱暴に頭を掻いた。
「まあ別に、今この瞬間に死にたいと訴えるほど鬱にはなってないよ。
ただ、あんたにはどうしてもそこを確認しておきたかった…ってだけ。
何たって、こうなった責任の半分はあんたなんだからさ。」
「ええそうですね。否定しませんよ我が魔王。それを問うため、いずれ
必ずここにお見えになる。その事もちゃんと予見しておりました。」
「絶対に無理なの?」
「百年前の転生術の術式は、二度と組めぬほど複雑精緻に組みました。
発動を確認した後で完全に破棄しましたから、もう再現できません。」
「嘘じゃないわよね?」
「このアミリアス、あなた様に嘘は申しません。この命に誓って。」
そう言ったアミリアスは、あらためてガンダルクに深々と頭を下げた。
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しばしの沈黙ののち。
「…分かった。じゃ仕方ないね。」
「え、そんなあっさり信じていいのかよ?…百年も待たされたのに?」
やり取りを見ていたルクトが、納得できなかったのかそう問いかけた。
それに対し、ガンダルクは大袈裟に肩をすくめる。
「本人が嘘じゃないと誓ってるし、少なくともあたしはそういう意味で
アミリアスを疑いたくはない。答えを聞けたんだから、もういいよ。」
「ずいぶんと潔いんだな。」
「グダグダと水掛け論を続けるのは好きじゃない。それだけの話。」
そう言ったガンダルクが、壁際に並ぶ石の椅子に腰を下ろした。
そして頬杖を突き、じっと床の煤けた模様を凝視しながら呟く。
「はあ。またしばらくこの体のまま永らえるのか…そうかぁ…」
「………」
沈黙は、数分に及んだ。
ルクトもアミリアスも、彼女に何も声はかけなかった。
そして。
「ねえ、ルクト。」
「何だよ。」
「あたしと組まない?」
顔を上げたガンダルクの目は、既に生気を取り戻していた。
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「は?」
自分も座ろうと椅子を物色していたルクトが、怪訝そうな表情になる。
「俺とお前が?」
「そう。」
「パーティーを組もうってのか?」
「形式なんかは何でもいい。」
「ってか、組んで何するんだよ。」
「さあ。今は分かんない。」
「何だよそれ!」
さすがにルクトは声を荒げた。
「何の考えもなしに、魔王討伐を目指してる人間が魔王と組めるか!」
「実にごもっともなご意見ですねぇルクト様。ところで…」
割って入ったアミリアスが、じっとルクトを見据えながら続ける。
「確か、勇者メリフィス様のパーティーを追放されたのでしたよね?」
「…何でそれを知ってるんだ?」
「私はそういう魔人ですからね。」
言いながら、アミリアスは地面と同化した下半身を手で示した。
「見てのとおり、この洞窟から外に出る事はできません。その代わり、
遠くない場所であれば大地を”辿る”事で感知する事ができるのですよ。
例えば…」
語るアミリアスの目の前の砂が音もなく舞い上がると、四角形の空間を
広間いっぱいに形作る。やがてそれは、見覚えのある光景をその内側に
細かく描き出した。見回すルクトの双眸が、大きく見開かれていく。
見つめる先には、砂色のメリフィスたちの姿があった。
「これは…」
「見覚えがおありでしょう。」
「あ、これ確かあの時の店内よね。さすがだねぇ。」
椅子から立ち上がり、迷わずその砂空間に足を踏み入れたガンダルクが
感心したように声を上げた。
「あたしは?確か、あっちの窓際の席に座ってたはずだけど…」
「魔王が出て行った直後ですよ。」
「…マジかよ…」
立ち尽くすルクトのすぐ目の前で、砂のメリフィスが口を開いた。
それと同時に、かすれた小さな声が聞こえてくる。
『…れであいつが魔王の城に独りで殴り込みでもかければ、それなりに
結果は出すだろう。ま、いずれ魔人に殺されるのは確実だろうけどな。
どっちみち俺たちに損はない。』
『ホント悪い勇者ねえ。少しは心が痛んだりしないの?』
『少しはな。』
重なる皆の笑い声がノイズとなり、やがて音は消えた。
「………」
ルクトは、何も言わなかった。ただじっと砂のメリフィスを見つめる。
その双眸に、怒りの色は浮かんではいなかった。
「ああ、あたしと全く同じじゃん。しっかり考えを読まれてるよ?」
「そのようですね。」
「…だから、何だって言うんだよ。俺を笑いたいのか?だったら…」
「そんなわけないでしょうが。」
意想外のガンダルクの強い言葉に、ルクトはハッと視線を向けた。
「もういい、消せアミリアス。」
「はい。」
店内の様を精細に描いていた砂が、音もなく四方に散って地に落ちる。
元に戻った広間の只中で、ルクトとガンダルクが向き合っていた。
「ねえ、ルクト。」
「…………何だ?」
「実に残念だけど、今の現実なんてこんなもんよ。あんたは実直過ぎて
選択も行動も底が見えちゃってる。あのいけ好かない勇者のみならず、
あたしにさえ先が読めちゃうほどにね。正直、良くないよこんなの。」
「だったら、どうしろってんだ。」
拳を固く握り締め、ルクトは吐き出すように続ける。
「今の俺には、剣を振るう以外の道なんかない。魔人の脅威から多くの
人を救いたい。それだけを目指して戦ってきた。先が見えていようが、
俺にはそれしかないんだよ!」
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「別に、それでいいんじゃない?」
ガンダルクの口調は、意外なほどに軽かった。
「だからこそ、あたしと組もうって言ってるのよ。」
「…何でだ?」
毒気を抜かれたルクトが、純粋な疑問としてそう問いかける。
ガンダルクは、にっこりと笑った。
「あんたが今ここにいるのは、このあたしが声をかけたからでしょ?」
「ああ。」
「岩人形を倒したり、こんな老いぼれた魔人と会って話したりなんて、
昨日までは想像もしてなかったでしょ?」
「そうだな。」
「そんな老いぼれてます?私。」
「それは、あたしだって同じよ。」
言いながら、ガンダルクは自分の胸元をポンと叩く。
「あんたがあたしを信じてここまで足を運び、岩人形を倒してくれた。
だからこそ、この鬱陶しい引きこもりとも百年振りに会う事ができた。
そして、今の自分を確認できた。」
「引きこもりじゃないですぅ。」
「何の力も持たず、ただウロウロと世界中を旅していたあたしだって、
あんたに声かけた事で予想もしない今日に辿り着けたのよ。それこそ、
メリフィスが思いもしない今日に、ね。そうでしょルクト?」
「…言われてみれば、そうだな。」
「あたしがあんたと一緒に見たいと思うのは、そういう予想もできない
明日よ。一人一人じゃ底が知れてる未来も、2人で臨めば未知になる。
あたしはそんな未来で何かをしてみたい。間違いなくそう思ってる。」
「悪い事じゃなくて、か?」
「当たり前でしょうが。」
語気を強め、ガンダルクはルクトに詰め寄った。
「あたしはもう、とっくの昔に魔王としての生涯は終えてる身なのよ。
今さら戻りたいなんて思わないし、世界を悪くしたいとも思ってない。
ただ何か意味のある事をしてみたいだけ。この、非力な体でね!」
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「分かった。」
小さく頷いたルクトの声に、迷いの響きはもうなかった。
「ただし、条件がある。」
「何?」
「どうしても認められないと思った時は、俺がお前を止める。たとえ、
結果的に殺す事になったとしても。それでいいか?」
「もちろん。」
「よおし。じゃあ決まりだな!」
そう言って、ルクトは右の拳を突き出した。ほとんど同じタイミングで
ガンダルクも同じく拳を突き出し、示し合わせたようにぶつける。
「ホホホ、頼もしいですねえ。」
嬉しそうにそう言って笑うアミリアスが、さっと手を振った。同時に、
鈍重な入り口の扉が開かれていく。
「新たな門出ですな、我が魔王。」
「シケた場所からだけどね。」
「ま、そこは気にすんなよ。」
そう言って3人は軽く笑い合う。
まるで旧知の仲であるかのように。
開かれた扉の向こうは、来た時よりも明るい光に満たされていた。