最後に現れた者たち
「散れッ!!」
誰が言ったのかは判らなかった。
しかしその言葉を合図に、それまで固まっていたフード集団が一斉に
パッと散開する。もちろん高所からガンダルクが撃ってくる矢に対する
自衛策だろう。誰しも命は惜しい。密集しているよりマシとの判断だ。
結果的に、さっきまでの混沌が少し戻ってきたような空気になった。
圧倒的な人数と足並みを誇っていたフード集団がバラけた事によって、
手を出しあぐねていた冒険者たちがいくぶん体勢を立て直したのだ。
再び乱戦の気配が高まってきたその真っ只中に、ルクトが飛び込む。
敵の存在はより明確になっている。とにかくフードの相手を斬り倒す。
なおも戦況は多勢に無勢だ。もはやガンダルクからの援護射撃もない。
この状況では撃つだけ無駄だろう。
そして、いよいよ全ての勢力の者が馬車に肉迫しつつあった。
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「…苛立ってるな。」
小柄なフードの女剣士を袈裟懸けに斬り伏せたルクトが、馬車に視線を
向けた姿勢でそう呟いた。明らかにあの護衛の3人が苛立っているのが
遠目に見て取れる。どうやら戦局が予定通りに進んでいないのだろう。
おそらく、あのフード集団が現れた時点で馬車は動くはずだったのだ。
乗っ取った状態で走り出し、周囲の連中が脱出の道を拓く。そうすれば
足を確保したまま王女を宰相の元へ手早く送り届ける事ができる。
残る連中はもう報酬をもらっているだろうから、後は個々に離脱すれば
何の後腐れもない。馬が2頭しか殺されなかったのも多分そのせいだ。
しかし、ガンダルクの狙撃が流れを大きく狂わせた。
我が身可愛さからフード集団が散開したため、また場が乱戦になった。
こんな状態では、馬車を駆けさせる道が確保できない。釘付けのまま。
これ以上長引けば、またどんな横槍が入るか予想ができない。
いいとも悪いともいえない苛立ちの波が、次第に伝播しつつある。
意を決したルクトが、強引な突撃を敢行しようとした刹那。
「…出ろッ!!」
痺れを切らせたらしい護衛の兵が、ついに馬車の扉を強引に開けた。
そのまま離脱する事を諦め、王女を引きずり出して直接連れ去る方向に
舵を切ったのだろう。それを遠目に見たルクトは、小さく舌打ちする。
いくら焦りが勝ったとは言っても、その策は浅慮が過ぎる。
頑丈な馬車の中と違い、外に出れば負傷のリスクが跳ね上がるだろう。
間違って王女が死んだりしたなら、何もかもが無駄になってしまう。
と、その直後。
「グッ!?」
こじ開けられた扉から、小さな影が飛び出して護衛の兵に突進した。
どうやら侍女らしい。兵の胸元からパッと血が噴き出したのを見るに、
短刀か何かを突き立てたのだろう。やがて、兵は仰向けに倒れ伏した。
「寄るな逆賊どもが!!」
返り血を浴びた侍女が、甲高い声で言い放つ。しかし彼女はあまりにも
無防備だった。残りの護衛兵2人が襲い掛かり、簡単に組み敷かれる。
まずい。
おそらく、彼女はメリゼ王女を守る最後の砦だ。馬車の大きさから見て
彼女以外の腹心が同乗しているとは考えられない。それにしてはかなり
心許なかったが、腕の確かな人間を乗せる事ができなかったのだろう。
どこまで行っても、今のメリゼ王女は孤立無援の敵だらけだ。
「くそっ!!」
焦るルクトが、突進しようと構えた瞬間。
ドガッ!!
すぐ傍らで背を向けていたフード男が、鈍い音と共に吹き飛ばされた。
反射的に目を向けたそのすぐ先に、見慣れた顔が迫り来る。
酒を浴びて全身ずぶ濡れになった、他でもないトッピナーだった。
「ルクト!」
声を張り上げながらルクトと馬車を素早く見比べ、左手を差し出す。
その意味を察したルクトは、右手の篭手から鎖鞭を伸ばしてその先端を
トッピナーの手に握らせた。
「頼みます。」
「行ってこォい!!」
ブゥン!!
鎖鞭を両手で握ったトッピナーが、渾身の力でルクトを「投擲」する。
タイミングを合わせて跳躍した彼の体は、一気呵成に戦場を飛び越えて
馬車へと迫った。
その瞬間。
その突進を見計らったかのように、馬車の窓から緑色の光が放たれる。
放物線を描いて落下するルクトは、それが貴術の発動の光だという事に
瞬間的に気づいていた。
少なくとも、中にいるメリゼ王女が発動させた事だけは確かだ。
いったい何をした!?
全ては一瞬だった。
光が放たれた直後、馬車の周りには計6つの魔法陣が出現していた。
次の瞬間には、それぞれの魔法陣は人の姿に変わっていた。
トッピナーに投げられた瞬間から、わずか2秒足らず。
あまりに劇的過ぎる状況の変化に、さすがのルクトも目をむいた。
出現した相手が何なのかは、落下しながらでも一瞬で判った。
その出で立ちも装備も、見ただけですぐ判別できる。
ジリヌス王国の武装兵だ。
入国したまま消息不明になっていたという、あの武装集団だろう。
まるで狙い澄ましたような軌道で、ルクトは馬車の斜め前に現出した
兵士のもとへと突っ込んでいった。
おそらく、その兵士の浮かべる驚愕の表情はルクト以上だっただろう。
激突の瞬間。
かろうじて2人は互いの剣を引き、ギリギリの間合いで互いを避けた。
相手の脇をすり抜けるような格好で着地したルクトに、隣に現れていた
大柄な兵士が大剣を振りかぶる。
「待てアルフ!!」
ルクトとの激突をどうにか回避した兵士が、その大柄な兵士を制した。
「彼は敵じゃない!!」
「は!?」
一瞬遅れて、立ち上がったルクトが声を張り上げる。
ぶつかりかけた兵士に向かって。
「こんな所で何してるんですか!」
「それはお互い様だよ!」
そう怒鳴り返してきた相手の顔に、これ以上ないほどの困惑が浮かぶ。
ガルデン大要塞唯一の生存者たる、ラジュール・カミュの顔に。
「奇遇だな、ルクト。」
ハッと目を向けた先に立っていた、別の兵士。
ルクトの瞬間的な予想通り、それは呆れ顔のプローノだった。




