決戦の街・ウォレミス
3日後の朝。
造酒で有名なウォレミスの街。
ルクトたち4人は、昨日の午前中にもうこの街まで来ていた。
それほど大規模な街でもないので、昨日の内にあちこちを調べている。
国境近くのノルンではあからさまに怪しまれ、その日の内に襲われた。
しかし、さすがにここまで南下してしまえば、注目を集める事もない。
人魔は人と同じ容姿をしている事も非常に多いため、今さら外見だけで
人間だジリヌスの回し者だと余計な言いがかりをつけられはしない。
ごくありふれた冒険者パーティーとして、自由に闊歩する事ができた。
しかし、状況の厳しさはいささかも変わっていない。不幸中の幸いは、
今の街に集う者たちを様々な観点で捉える事ができている点だ。
誰が何を目論み、何を目指してこのウォレミスにやって来ているのか。
図らずもそれを知り得た事により、目に映る光景の意味を理解できる。
もちろんそれは、好ましいものだけとは限らない。現実は現実だ。
受け入れるしかなかった。
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「さて、後はいつ始まるのか…ってだけの話ね。」
「そうだな。」
屋台でかなり遅い朝食を食べつつ、ルクトたち3人は周囲を見渡す。
屋台の並ぶ広場は、賑わっていた。
元来活気に満ちた街であるものの、明らかに普段とは客層が異なる。
そしておそらく、普段と比べ人数もかなり多いのだろう。店にとっては
特需と言っていいのかも知れない。ただしそれは、嬉しい悲鳴のままで
終わるものとは限らない。
認識を踏まえて客たちを見渡せば、それなりに何なのかは想像がつく。
何食わぬ顔で隣同士になって食事をしているのは、襲撃者と冒険者だ。
時が来れば殺し合うかも知れない、何とも不条理な存在である。
「分かってるんでしょうね、ここに集っている連中のほぼ全員が。」
「ああ。」
『何と言うか、歪な光景ですね。』
「ああ、酒飲みたい雰囲気…」
ルクトたちは、あらためてその場の状況に揃ってため息をつく。
武器を携える生き方を選んだ以上、彼らは今の状況を理解している。
メリゼ王女がここにやって来れば、否応なしに殺し合う事になるのを。
それぞれがそれぞれの事情で、このウォレミスの街に足を踏み入れた。
金のために命を張る。どこまでも、当たり前の話でしかないだろう。
誰もが納得する正義も道理も、この混沌の中では決して存在し得ない。
戦いを避けられる可能性も、もはや考えるだけ無駄だ。ではどうして、
今のこの平穏が保たれているのか。
ただ単に、誰が敵か味方かが明確になっていないから、それだけだ。
明確になった瞬間、間違いなく戦端は開かれるだろう。
いつ、どこで?
その答えは、もうそろそろ出る。
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場を賑わせていた大勢の者たちが、やがて少しずつ姿を消していく。
持ち場に向かう…などと言えば身も蓋もない。しかし、それが事実だ。
広くはないこの街の、どこが戦場になるのか。それは間もなく決まる。
王女がどこから来るかについては、おそらく把握している者は少ない。
あるいは全くいないかも知れない。そんな情報は、場を乱すからだ。
しかし、戦いの場は決まっている。いや、これから決まる。
襲う側の者たちが、これからどこに身を潜めるか。それが目印だ。
もちろん、どちらに属する者たちもプロである。姿などほぼ見えない。
次に互いの姿を目にした時にこそ、殺し合いの幕が上がるのは確実だ。
不条理な感覚を共有する者たちが、いるべき場所に身を潜めていく。
そして、ルクトたちも。
しかし彼らは、少しだけ違う。
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「見えたか、アミリアス?」
『ええ。かなりの数ですね。』
中央区の目抜き通りは、左右にある醸造所からの管がもっとも複雑に
頭上を走る街の中枢だ。もちろん、隠れる場所には事欠かない。
二番刀を地面に突き立てたルクトの指示で、アミリアスはこの周辺の
人間の配置を細かく探っていた。
「どんな感じ?」
『ぐるっと満遍なく囲んでます。』
ガンダルクの問いに答え、アミリアスは続ける。
『この配置からすると、通り中央で馬車を釘付けにする算段でしょう。
逆に言うなら、ここを突破できれば一気に街を抜けられるはずです。』
「極端な配置だな。」
「まあ、分散させるよりは確実だと判断しての事でしょ。冒険者たちが
邪魔をしてくる…っていうのは想定内だろうし。」
言いながら、トッピナーは頭上から伸びる管に視線を向けていた。
「おお、それにしても壮観よねえ。あの中を酒が流れてると思うと…」
「気持ちは分かりますが、今だけは自重して下さいよ。」
「分かってる分かってる。今だけはね。十分に承知してますよ。」
そんな言葉を返しつつ、トッピナーは喉をぐびぐびと鳴らしている。
戦いになればどうなるか、ルクトもガンダルクも、トッピナーに関して
そこを深く追求はしていなかった。おそらく考えても無駄だろうから。
しかしアミリアスを含め、3人ともトッピナーを責めたりはしない。
緊張感がないと糾弾するより、普段の自分を保つ方がよほど有意義だ。
あまり構えても結果は出ない。
どこまでも自分のペースを崩さないトッピナーの姿は、逆にいい感じで
ルクトたちの肩の力を抜いていた。
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すでに昼を過ぎた。
賑わっていた広場からも、もう既に声も気配も届かなくなっていた。
騒ぎが起こる事に敏感なのは、この街が主に酒を造っているからだ。
酔った人間の争い事など、それこそ数え切れないほど起こっている。
街の人間もまた、”今日”という日に何が起こるかを察しているだろう。
「…現時点で、冒険者たちの集まり具合はどうだ?」
『悪いですね。実に少ない。』
「やっぱりそうか。」
答えるルクトの口調には、さほどの失望も幻滅も混じらなかった。
守れなければメリゼ王女を殺せ。
こんな通達を耳にした魔人や人魔の心境は、とても想像できない。
しかし、少なくとも「参加しない」と判断した者たちは多かったのだ。
そんな無茶な選択をさせられるよりは、関わらずに済ませる。
それもまた、メリゼ王女に対しての意思表示のひとつだ。
決して褒められた選択などではないにせよ、それもまた悩んだ末だ。
非難する気などない。人は誰でも、判断できない時だってあるからだ。
「ピルバスたちは間に合わずか。」
『そのようですね。』
「しゃあないね。」
「そうね。」
しばしの沈黙ののち。
「よし、じゃあ行こうぜ。」
そう告げたルクトが、二番刀の柄を握った手をグッと突き出す。
傍らのガンダルクとトッピナーが、その手に自分の拳を打ち合わせた。
「とにかく死ぬな、無理はするな。そして迷うな、容赦するな。」
「にゃははは、単純でいいねえ。」
「やったろうじゃん。」
『どうせなら景気よく、ですね。』
無理は承知だ。
それでも挑む。
ルクトたちの顔には、不敵とも言えそうな笑みが浮かんでいた。




