予想以上の不穏
乗りつぶすほどの勢いで駆けさせたものの、馬は意外と頑強だった。
おかげで、どうにか夕方になる前に次の街・ララビに到着。しかし、
食事も宿を探すのも後回しにした。
「とにかく、まずは情報収集だ。」
馬を街の貸し厩舎に預け、その足でさっそく冒険者ギルドへと向かう。
しかしルクトは、入口の手前で足を止めていた。
「どうしたの?」
「…いや、やっぱりこのまま入るとまずい気がするな。」
ガンダルクの問いに答えたルクトの声は、心なしか低かった。
「国境をかなり離れたと言っても、俺たちはこの国では異質な存在だ。
また警戒されたり難癖つけられたりしたら、余計なリスクが増える。」
『確かに、そういう用心は必要かも知れませんね。』
「じゃあ、どうする?」
しばしの沈黙ののち。
「アミリアス。」
『はいはい。』
「ここから、ギルドの建物の内部を魔術で探れるか?」
『ある程度深く刺せば、不可能ではありませんが。』
「えっ、じゃあ盗聴とかするの?」
ルクトの提案に対し、トッピナーが真っ先に反応する。
「やっぱり元ギルド職員としては、そういうのは抵抗ありますか?」
「いや全然。ってか面白そう。」
「え?」
「よそのギルドを外から覗き見る。なんか興奮するじゃん。やろ!」
「…ああ、ハイ。」
「…トッピナーって、そういう性格だったっけ?」
さすがのガンダルクも、いささか呆れ顔だった。
『じゃあもう少し目立たない場所に移動して、刃をギルド側に向けて
地面に刺してみてください。』
「わかった。…この辺でいいか?」
『十分です。』
「よし。じゃあ行くぞ。」
「あ、ちょっと待ってルクト。」
長さを元に戻した二番刀を抜こうとしたルクトに、傍らのトッピナーが
声をかける。勢いを削がれたルクトが、半端な姿勢で振り返った。
「何ですか?」
「せっかくの機会だから、あたしにやらせてよ。」
「え?」
「確か、魔力はあたしの方が強いんでしょ?なら適任じゃない。」
『…まあ、多分そうでしょうね。』
「決まり!」
ルクトが返答する前に、その手から二番刀が素早く掠め取られた。
どう見てもやりたかっただけとしか思えない顔になったトッピナーが、
勢いよく二番刀を鞘から抜き放つ。そして逆手に構えて向き直った。
「行くよー!」
「あ、ちょっと!」
『刃の向きが逆…』
ドスッ!!
指摘も間に合わず、二番刀が地面に深々と突き立てられた。
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トッピナーが失敗に気づいたのは、突き立てた後だった。
さすがにかなり気まずそうな表情を浮かべ、引き抜こうと手をかける。
と、その刹那。
『ん?』
ほぼ逆向きに地面に突き立てられたアミリアスが、怪訝な声を上げた。
ルクトとトッピナーが動きを止め、ガンダルクも二番刀を注視する。
「どうかしたの?」
『…何か妙な反応を見つけました。通りの向こうの建物の地下です。』
「通りの向こう?…あ、そうか。」
つまり、誤って突き立てた二番刀の刃が向いている方向らしい。
視線を向けたその先には、古そうな教会の細長い塔が見えていた。
「あれか。」
『距離的に見て、そうですね。』
「地下に何があるの?…もしかして酒蔵とかじゃないの?」
『いえ、どうやら…違いますね。』
探知しながらなのか、アミリアスがいつになくゆっくりと答える。
『貯蔵空間にしては、深過ぎます。しかも人の気配がかなりあります。
空間の大きさから考えれば、相当な密集ですね。』
「地下深くの部屋に、大勢の人間が集まって何かやってるって事か。」
『人だけとは限りません。…人魔、または魔人も混じってそうです。』
「あらま、ちょっと不穏ね。」
そう言ったガンダルクが、ギルドと教会を見比べて続ける。
「…ギルドは逃げないから、まずはそっちの地下を探ってみようか。」
「そうだな。」
「うん。」
『了解です。』
いちいち迷わず、その場で即決して即行動を起こす。
ルクトたち4人の決断は、変わらず早かった。
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「ここでいいんだな?」
『ええ。』
再び移動し、教会の西側の影にある路地に入る。アミリアスによると、
その場所がちょうど問題の地下室の真上にあたるらしかった。なお、
今度はルクトが二番刀を刺す。別にトッピナーがダメという訳ではなく
彼の方が慣れているからだった。
「どのくらい行くんだ?」
『ディグロー母体を仕留めた時の、1.3倍ほどの深さですね。』
「そんなに深いのかよ。」
『畑の畝と比べると固い地盤です。力が上に逃げないよう、前よりも
しっかり押さえてくださいね。』
「わかった。じゃあ行くぞ。」
ドスッ!!
垂直に突き立てた二番刀の柄尻に、ルクトがグッと体重をかけた。
「よし。…伸ばせアミリアス!」
『了解!』
声と同時に、突き上げられるような衝撃が柄からドンと伝わってくる。
傍らの壁に手を添えた体勢を保ち、ルクトはその反動を押さえ込んだ。
確かに、ディグロー退治の時よりも強烈な力が容赦なく伝わってくる。
しかし、そう長くは続かなかった。
『到達しました。例の地下室の天井ギリギリの位置です。』
「どんな感じだ?」
『あらためてトッピナーさんに交代して下さい。それで多分、中の音を
ほぼ確実に拾えると思います。』
「よし。じゃあ、もうちょっとだけ上に伸ばしてくれ。」
『了解です。』
同時に、柄部分がググッと上がる。ルクトと交代したトッピナーが、
できるだけ自然な姿勢で柄を両手で握り締めた。
「お。」
「来た来た、聞こえてきたね。」
同じように二番刀に軽く触れているルクトとガンダルクにも、刀身から
明確な音が伝わってきた。もちろんトッピナーも興味津々顔で頷く。
「何か興奮するねこういうのって。んふふふふふ…」
妙な笑い声を上げるトッピナーに、さすがのルクトたちも少し引いた。
しかし、次の瞬間。
だしぬけに聞こえてきた地下からの言葉に、3人は押し黙った。
『…ゃあ、宰相どのの準備に抜かりはないと考えていいんだな?』
『ああ。こんな混乱期だから、王もウルムス様に依存しているからな。
予定通りメリゼ王女を手に入れる事ができたなら、引き渡す手はずは
しっかりと整えてある。まあ、金の心配はするな。そこは任せとけ。』
『国を相手にした仕事なんだから、それだけはしっかり頼むぜ?』
『よし。じゃあ襲撃の場所だが…』
……………
ルクトもガンダルクもトッピナーもアミリアスも、喋れなかった。
とにかく聞こえてくる会話を一言も聞き漏らすまいと、ひたすら黙って
聞き入る。側から見ればかなり妙な様相だっただろう。
地下から漏れてきたのは、あまりに予想どおりの、そして予想以上の
不穏な情報だった。
これを耳にする事になった偶然は、果たして幸運だったのか。
今この瞬間のルクトたち4人には、何とも言えなかった。




