定めるべき目的
翌朝。
日が昇り切る前に、4人の襲撃者は去って行った。
さすがに仲良く枕を並べて寝たりはしなかったものの、結果的に見れば
和解したと言い切っていいだろう。おそらく偽名でない名前も聞けた。
彼らがこれから何をしようと考えているかも、自発的に話してくれた。
そしてもうひとつの、看過できない重要な情報についても。
「魔人だろうが人魔だろうが、国を憂う心に違いはない…か。」
ルクトが、若い男性「ピルバス」の言葉をそっと口にする。聞けば彼は
魔人ではなく、ルクトと同様の人魔だった。生まれも育ちもメグランで
この混乱に心を痛めていた。だからこそ、明らかに怪しいルクトたちを
襲うまでに至ったのだった。
「俺たちは王都に行く。」
発つ前に彼は言った。
「緘口令が敷かれてるから、王女が王都と首都、どちらにいるのかは
はっきり分からない。だけど少なくとも、どっちかにいるのは確実だ。
だったらもう、ジリヌス側の監視は見切りをつける。」
「突っかかって悪かったけど、結果としてその踏ん切りがつけられた。
その事に関しては感謝してるよ。」
スランナグが、そんな事を言いつつ少し笑っていた。
4人の中で、生粋の魔人は彼女だけだった。見た目は20代後半ながら
実際の年齢は70歳を超えていた。そんな彼女に対して、齢800歳を
超えてなお在り続けるアミリアスの存在は、何よりも説得力があった。
彼女が自己紹介を済ませた頃には、さすがにジリヌスからの刺客という
嫌疑は完全に払拭されていた。
「だけど、心当たりはあるのか?」
「あたしたちみたいなパーティーは国中にいる。ここよりはあるよ。」
「リアンホ」と名乗った女性の人魔は、ルクトの問いにそう答えた。
「とにかく、今は動くだけだ。」
もうひとりの男性人魔「カルドス」も、言葉少なにそう告げた。
きっと、心当たりというのもさほど確かなものでないのだろう。
それでも動く。動く事で何かしらの結果を求め続ける。
「ああいう前向きさもいいよね。」
ルクトと並ぶガンダルクが、どこか嬉しそうな口調でそう呟く。
今になってようやく、朝日が彼らを明るく照らし始めていた。
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「さあて、と。」
急いては事を仕損じる。
寝不足はよくないという話になり、3人は短いながらも仮眠を取った。
すっかり日も高くなった頃に起き、あらためて今後の事を相談する。
さすがにもう、眠気は抜けていた。
「まず、大前提の話だけどさ。」
ルクト、トッピナー、二番刀の順に視線を向けたガンダルクが告げる。
「あの連中の話、信じる?」
「ああ、俺はそのつもりだ。」
「信じるよ。酒代もちゃんと返してくれたし。」
『信じていいと思いますよ。現状、我々に不都合もありませんし。』
「よっしゃ。じゃあそれはいい。」
頷いたガンダルクの視線が、彼らの去った南へと向けられる。
「アミリアス。」
『はい?』
「彼らの気配って、追える?」
『正直、ちょっと難しいですね。』
即答には迷いがなかった。
『魔人はスランナグだけでしたし、彼女もバルセイユほど強烈な魔力の
気配を持ってはいません。もうすぐ探知の範囲から抜けますし、以降は
捕捉できないでしょう。何しろこの国は、魔人が大勢いますからね。』
「やっぱりか。まあ仕方ないね。」
「…一緒に行かないと決めた以上、そこは割り切るべきだろう。」
「うん。」
ルクトの言葉に、ガンダルクは再び頷いた。
「じゃああたしたちは、さしあたりどこを目指す?」
荷物を確かめながら、トッピナーが誰にともなく問いかけた。
「って言っても、南下するのは同じなんだけどさ。どうせ別行動なら、
彼らとは違う場所を目指す方がいいのは確実でしょ。…何しようか?」
『そうですねえ…』
いざ考えると迷う。
この国に来て、まだ2日目である。あらゆる意味で「これから」だ。
スランナグたちの情報は大いに指針となり得たものの、自分たちには
彼らほど明確な行動基盤的なものが存在していない。要するにまだまだ
漠然としている感じなのである。
「…お偉いさんに会いたいと考えるなら、やっぱり王都か首都に向かう
選択肢は大きいだろう。だけど今の俺たちには、ツテがなさ過ぎる。」
「容赦ない現実だねぇ。」
「その点で考えれば、メリゼ王女の身辺が何かと騒がしいっていう話は
ひとつの機会かも知れない。まあ、少し乱暴な理屈だけどな。」
「つまり、どうにかして王女の危機に便乗して会おうって話?」
「便乗と言われると違う気もする…事もない…ですが。」
身も蓋もないトッピナーの指摘に、ルクトは苦笑するしかなかった。
確かに、人の危機に付け込むような事を考えているのは否めない。
ましてや情報源が頼りなさ過ぎる。こんな状況でうかつな事をすれば、
場合によってはジリヌスの時以上にこの国を敵に回してしまうだろう。
だとすれば、当座の目的はひとつ。
「…何はともあれ、もう少し情報を得ないと話にならないって事ね。」
『でしょうね。焦りは禁物です。』
「そうね。」
「だな。」
漠然としているだけに、割と考えはあっさりまとまる。
それは紛れもなく、ルクトたちには大きな強みだった。
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というわけで移動。スランナグたちを追うような形で南下していく。
しかし王都はそれなりに遠いので、もっと手前の大きな街へと向かう。
もちろんノランに戻ったとしても、一定の情報は得られるだろう。
しかし、確実に後れを取る。王都も首都も南にある以上、何をするにも
とにかく南下というのは大前提だ。その点は、誰にも異論はなかった。
「アミリアス。」
『何ですか?』
馬を駆けさせながら、ルクトは空を仰いで問いかけた。
「グルークはどこにいる?」
『変わらず、王都ロヒリアの近くの山に滞在してますよ。』
「そうか。」
『呼びますか?』
「いや。…だけど、いつでも呼べるようにだけはしておいてくれ。」
『承知しました。』
そんな会話を、すぐ隣で聞いていたトッピナーが声をかける。
「…グルークって、話にあった例のフライドラグンよね?」
「そうです。」
「乗るの?」
「場合によっては。」
「ええー、また飛ぶのぉ?」
反対側を走るガンダルクが、かなり嫌そうな声でそう抗議した。
「まだ何も確定はしてない。けど、とにかく急ぐ時は手段は選べない。
その時は馬も手放す事になります。それはかまいませんよね?」
「いいよ。じゃあ売り払ったお金で酒買おう。うん、そうしよう。」
「いやその…それはその時に。」
言葉を濁したルクトは、あらためて正面に向き直る。
まだまだ状況は読めていない。
しかし、いざという時に打てる手は用意しておかないといけない。
別れ際にピルバスが告げた情報が、今になって頭に蘇ってきていた。
「あんたたちを襲ったのは、事前に同業者から話を聞いてたからだ。」
「話?」
「あんたたちと同様、明らかに武装した一団がジリヌスからこの国に
入国してたって情報だよ。時期的に考えると、あんたたちと同じ理由で
かなり不自然だ。…しかもその後、消息が分からなくなってる。」
「なるほどな。あるいは俺たちが、その一団かと思ったって事か。」
「勘違いは謝るよ。だがその情報も無視できないのは事実だ。だから、
あえてあんたたちにも話しておく。憶えておいてくれ。」
「分かった。」
あえて話すというのは、多少なりと信頼してもらえた証だろう。
だからこそ、その情報も軽く考えていいものではない。
こんな状況下で、あのジリヌスから派遣されたらしい武装集団。
もしメリゼ王女を狙っているなら、もはや戦いになるのは確定的だ。
この国の中にもいるらしい不穏分子の存在含め、実に先が見えない。
とにかく情報だ。
すっかり高くなった日が、先を急ぐ彼らの影を色濃く落としていた。




