国境にて
トッピナーを仲間に加えて、2日。
ひたすら南下を続けたルクトたち一行は、国境の街ギルザに来ていた。
個人請負いという形態で仕事をする選択肢もあったものの、正直言って
もうジリヌスを出たい…というのが全員の共通認識である。それなら、
意地を張って留まる理由などない。早々に南のメグラン王国に行こう。
決めるのも赴くのも早かった。
やはりしがらみを捨てた者たちは、どこまでも自由な存在だった。
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ガンダルク存命の頃から、ジリヌス王国とメグラン王国は仲が悪い。
常に戦争をしているなどという事はさすがにないものの、歴史を見れば
本当に幾度も戦いがあり、国境線も寄せて返す波のように何度も南北に
移動している。ジリヌスの大改革が関係性にどういう影響を及ぼすか、
かなり予断を許さない状況である。
とは言え、国民同士がいがみ合っているわけではない。国境の近くでは
普通に交易も行われており、往来が厳しく規制されている事もない。
いつの時代も、為政者の建前と国民の本音には少なからずズレがある。
そんな訳で、この国境の街ギルザもそれなりに栄えていた。
「それにしたって人が多いわね。」
国境を管理する砦の前で馬を降りたガンダルクが、呆れ声で言った。
「…まあ、ほとんどが他国から来た冒険者だろうな。」
同じく馬を降りたルクトが、道往く者たちを一瞥してそう答える。
「出て行く連中よりは入国する方がずっと多そうだ。…所属するだけで
収入が安定するなら、多少遠くても来ようと思うのは当然だろ。」
「ふーん…」
『何とも危なっかしいですねえ。』
「お待たせー。」
そこへ、トッピナーが戻ってきた。
馬を降りるのを待ちかねたように、ルクトが質問を投げる。
「どうでした?」
「大丈夫。あなたもあたしも、今の時点では手配とかは回ってない。」
「おお、そりゃよかったじゃん。」
ルクトとガンダルクはホッと安堵の息を漏らした。
トッピナーは単身、街のギルド前の手配告知を確認してきたのだった。
「まあ、いくら何でもルクトがこの国で本格的なお尋ね者になる展開は
考えにくいよね。むしろ危ないのはあたしの方だろうし。」
そう言って、トッピナーは大げさに肩をすくめる。
「でも正直、あたし一人をわざわざ捜す余裕が今のギルドにあるとは
思えない。悪い意味でとことんまで忙しいからね。」
『結果的に、それが好都合だったと考えておきましょう。』
「ですね。」
「うん。」
結果がいいなら細かく気にしない。
そんな思いを共有し、ルクトたちはあらためて国境の砦に向き直る。
「じゃ、まあ行こうか。」
いつも変わらず、ガンダルクの号令は気軽な響きを帯びていた。
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予想通りの予想以上に、国境管理のカウンターはごった返していた。
しかし別に混沌としているわけではなく、単純に人が多い様相である。
「ああうん、確かに入国する連中が圧倒的に多いわね。」
馬を引いて周囲を見渡し、ガンダルクが実感のこもった口調で呟く。
入って右側が入国管理、左側が出国管理と区切られている。そのため、
どちらの数がどのくらい多いのかは一目瞭然だった。それだけでなく、
手続きを行っている者の職種さえもハッキリと分かれているのが判る。
出て行くのは商人か普通の旅人で、入ってくるのが武装した冒険者だ。
結果的に、ルクトたち3人は出国者の列の中では少し目立っていた。
仕切られた向こうの列に並ぶ者たちも、チラチラと視線を向けてくる。
今この場においてジリヌスを離れる冒険者が、よほど珍しいのだろう。
率直に言って、居心地が悪かった。
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「メグラン王国への出国許可申請…ですか。」
ようやく番が回ってきたカウンターの係員は、明らかに不審そうな目で
ジロジロとルクトたちを見ていた。
「…失礼ですが、どのような理由で国を出られるのでしょうか?」
「は?」
意想外の質問に、ルクトが訝しげな表情を浮かべる。
「そんな事をわざわざ答える必要、あります?」
「これも規則ですので。国防の関係上、お答え頂く義務がありまし」
「そんな規則は無いでしょうが。」
食い気味に割り込んだのは、ルクトの後ろにいたトッピナーだった。
「適当な出任せを軽々しく口にすると、そっちが規則に抵触するよ。」
「…これはまた、ずいぶんと知った風な事を言いますね。」
トッピナーを睨んだ係員は、手元の冊子を取り中ほどのページを開く。
「残念ですが、きちんと明記されているのですよ。ここに…」
「そこに書かれてるのは穀物の運搬に関する注意書きでしょうが。」
「なっ…」
指摘を受けた係員が絶句した。
開かれたページが何の項かを一瞬で見切ったトッピナーが、あらためて
相手の顔をじっと睨み返す。
「木っ端の役人が、気まぐれで人の邪魔をするんじゃない。」
「…あくまでそういう態度を取る気ですか。なら考えがありますよ。」
ますます険悪な形相になった係員の手が、傍らのベルを掴み上げる。
「ここは、国境の砦です。警備兵を呼んで拘束させれば、その瞬間から
あなたたちは犯罪者になる。それは理解しているんでしょうね?」
明らかに脅しと取れるその言葉に、場の空気が張り詰めた。
騒がしかったはずの入国側の列も、いつの間にか黙り込んでいた。
しばしの沈黙ののち。
「ああ、もちろん分かってるよ。」
平坦な口調でそう答えたのは、やり取りを聞いていたルクトだった。
リーダーと思しきルクトの言葉に、係員は勝ち誇ったような顔になる。
「ほう。どうやらあなたは、そちらの女性よりは賢明なようで…」
「拘束されればって話だろ?」
相手の言葉を遮り、ルクトは初めて語気に力を込めた。
「悪いけど俺たちは先を急ぐ。もし邪魔をする気なら、警備兵くらいは
ぶった斬って国境を越えるぜ。」
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場の空気は、一気に凍りついた。
勝ち誇った表情のまま、係員の男は青筋を立てていた。
「…あなたには、この状況が見えていないようですね。」
「と言うと?」
「向こう側の列に並んでいるのは、入国を待っている冒険者たちです。
もしこの場でそんな凶行に走れば、全員があなたたちの敵になります。
そんな現実も分からないのですか?もう少し己を弁えて言葉を…」
「…あんた、ずいぶん自分に自信があんのね。」
そう言い放ったのは、それまで沈黙を保っていたガンダルクだった。
「は?」
「来たばっかりのあの連中が、自分のために命を張ってくれると本気で
思ってるんだ。いやあ、凄いわ。」
「何を言っている。罪を犯せば…」
「あたしたちは別にお尋ね者なんかじゃない。今この場であんたたちを
斬ったところで、賞金首になるのは罪状がきっちり確定してからよ。」
「……」
凄みのこもったガンダルクの声に、係員は気圧されて言葉を失くした。
そこへ、ルクトが言葉を重ねる。
「そうなる前に俺たちは押し通る。警備兵が何人でかかって来ようと、
国境を越えるくらい何とでもなる。もうすぐそこに見えてるんだから、
多少ここに死体を残していくくらい大した事じゃないんだぜ。」
言い放って視線を向ければ、向かいの列の人間は一斉に目を逸らした。
「いるだけでお金がもらえる素敵な国に、喜んで馳せ参じた皆さん。」
明るく言ったガンダルクの視線に、抗い難いほどの殺気がこもる。
「かかって来る気ならご自由に。」
「………」
誰も返事はしなかった。
誰もが動こうとしなかった。
ベルを手に持ったまま硬直している係員に、ルクトがゆっくり告げる。
「さっさと許可を出せよ。」
不毛な諍いは、それで終わった。
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「あぁーやっと着いたメグラン!」
国境を越えた広場で、大きく伸びをしたガンダルクがそう言い放った。
並んで同じく体を伸ばしたルクトとトッピナーも、周囲を見て呟く。
「最後まで面倒臭い国だったな。」
「まあ、無事に国境も越えたし。」
『あれを無事と言っていいのか…』
「細かい事は気にしない!」
笑いながらそう言ったガンダルクの手が、傍らの2人の肩を叩いた。
「昨日よりも今日。少しでもいい方を目指すのみよ!」
「そうだな。」
「異議なし。」
頷き合った3人は、揃ってジリヌスの方を振り返る。
何かとうまく行かなかったあの国ももう、過去として割り切ればいい。
これからの事はこれから考える。
それが自由に生きるって事だ。
重荷を一つ下ろしたような気分で、4人はしばし笑い合っていた。




