トッピナーの選択
翌朝。
皆で戻った戦いの現場は、夜の時点では判らない凄惨さに満ちていた。
殴殺に斬殺。そして炎上。ベクリアの群れの死屍累々とグレリアの骸の
存在感の大きさに、当のトッピナーもさすがに少し引いていた。
「うぅーん、何と言うか…ちょっとやり過ぎたのかも?」
「とは言え、これがまさに討伐依頼の内容でしょうからね。」
『魔術の炎は供給が止まればすぐに消えますから、火災にならなくて
幸いだったと思いましょう。』
「いいじゃんもう済んだ事だし。」
雑にガンダルクがまとめる。
しかし結果だけ見てみれば、確かに悪くはない。大規模な魔術で周囲を
丸ごと破壊したという訳でもなく、むしろ効果的に対象を殲滅できた。
数の多さを考えれば、理想的な戦果だと誇ってもいいかも知れない。
「まあ、チャッチャとやる事やって終わらせましょう。」
「ゴメンね手伝わせて。」
「にゃははは、いいっていいって。こういうのも楽しいじゃん!」
「よし。じゃアミリアス、頼む。」
『了解です。とりあえずはこの森は感知範囲内に収まっていますから、
残ったベクリアがいるのかどうかを調べてみましょう。』
「便利ねー、ホントに。」
日が昇れば、気持ちも明るくなる。
魔人だろうが人魔だろうが、そこはいささかも変わらなかった。
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「ほ、本当にこれだけのベクリアとグレリアをお仕留めになったと?」
すっかり日が高くなった頃。
やはり依頼元だった昨夜のあの村に到着し、トッピナーたちは村役場で
切り取ったベクリアとグレリアの左手の指をずらりと並べていた。
どちらの種も、左手の人差し指だけが長く大きく、そして独特な形状に
曲がっているのが特徴である。そのため、首や全体を持ち帰らなくとも
この部位だけを切り取ってくれば、「狩った」と認定される。
素材としての活用の道がほぼない、ベクリアならではの方法だった。
「見てのとおりです。」
「いやはや…」
白髪頭の男性は、ただただ目を丸くするばかりだった。
「…失礼ながら、あなたお一人では無理ではないかと思っていました。
ひょっとして、加勢される事は当初からの想定だったのでは…」
「いやいや、偶然ですってば。」
食い気味に否定したガンダルクが、トッピナーに視線を向ける。
「さすがに、グレリアまでいたのはちょっと想定外だなと思いますよ。
それでも、あたしたちの加勢なんてのは些細なもんです。だから別に、
追加で報酬をよこせとか言うつもりはないです。ご心配なく。」
さらっと言い放つガンダルクの言葉に、しかし異を唱える者はいない。
もう、ここに来るまでにそのあたりの話は終わらせているからだった。
しばし、男性は答えなかった。
やがて。
「…本当に、それでよろしいか?」
「もちろん。」
即答したトッピナーが、にっこりと笑って告げる。
「こんなご時勢ですから。金の話をコネ回すのはやめましょう。ね。」
「かたじけない。恩に着ます。」
「…あ、じゃあ、代わりと言っては何ですけど…」
さらにニッと笑ったトッピナーが、カウンター越しに男性に詰め寄る。
「自家製でも何でも構わないんで、お酒あればもらえます?」
「は?…あ、ああ、ありますとも。喜んで進呈します。村の地酒を…」
「どーも!」
それまでのどの瞬間より嬉しそうなトッピナーの横顔を見つめながら、
すぐ隣のルクトは苦笑を浮かべる。そんな彼の脳裏に、昨夜の会話が
あらためて蘇っていた。
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「冒険者ギルドを辞めてきた?」
「そう。」
気付け用にルクトが持っていた酒を瞬く間に飲み干したトッピナーは、
すっかり口が軽くなっていた。
「国営化だの定額の給付だの、もうグッダグダのドロッドロなのよ。」
「ま、正式登録の冒険者になれば、遊んでてもお金もらえるならね。」
「冗談じゃないっての!!」
ガンダルクにまで絡むトッピナーの声に、本気の怒りが混じっていた。
「てめェら何でその大層な肩書きを名乗ってんだよ。体と命を張って、
自分の研鑽を信じて、危険な仕事に挑む人間じゃアなかったのかよ!!
冒険者ギルドは、楽したいガキ共に金を配る場所じゃネェんだよ!!」
聞くに堪えない悪態をつきながら、トッピナーはぽろぽろと涙を零す。
「…アステアの魔王に睨まれる事を恐れる連中は、もうまともな運営を
やろうともしてない。実権も完全に国が掌握してるから、どんな依頼を
受けるかどうかも勝手に決める。」
「……」
「今の時点で、依頼を出せるのは国に尻尾を振る金持ちばっかりよ。
本当に困ってる人達の依頼なんか、まともに見もせず握りつぶされる。
やってられるワケないでしょォ!」
そんなトッピナーの言葉を、ルクトたちはあえて黙って聞いた。
とにかく、今は聞くべきだと思ったからだった。
『それで。』
ようやく黙った彼女に、アミリアスが声をかける。
『あなた自身が、せめて個人ででもそういう依頼を受けよう…と?』
「馬鹿だと思ってんでしょ。」
完全にやさぐれたトッピナーの言葉は、どこまでも尖っていた。
「辞めるから今日までの給金払えと言ったら、自分の都合で辞めるなら
出さないとか言いやがった。だからギルドマスター含めたその場の全員
まとめてぶちのめして、給金全額と退職金代わりに蔵の酒全部を持って
ウズロの街を出たのよ。どうせもう二度と戻らないだろうから…」
「確かにその部分だけは間違いなく馬鹿だと思うけどね、うん。」
しみじみそう言ったガンダルクが、星空を仰ぎ見る。
「…またお尋ね者が増えたなあ。」
「…………」
「あれ?」
『寝たみたいですね。』
言いたい事を言ったトッピナーは、いつの間にか寝落ちしていた。
顔を見合わせたルクトとガンダルクが、やがて同時に苦笑を浮かべる。
しかしそれは、決して嘆かわしいという意味をはらんではいない。
むしろ、どこか嬉しかった。
どこまでも不器用で、そして一徹なトッピナーの心意気が。
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「ああ、あ。」
村外れまで来た所で、トッピナーが大きく伸びをした。
傍らには灰色の毛の馬がつき従い、ルクトたちも並んで立っている。
「…慣れない事をすると、さすがに疲れるわね。」
「でしょうね。」
「だったら、慣れてる事もそのままやればいいってね。」
「え?」
ガンダルクの言葉に、トッピナーは怪訝そうな表情を浮かべた。
「…どういう意味?」
「冒険者ギルドで受付をやっていたなら、交渉とかお手の物でしょ?」
「まあ、そりゃあ…。」
「だったら一緒に行こうよ。」
言いながら、ガンダルクはニイッと愉快そうな笑みを向ける。
「あたしたち4人で、自分で依頼を請け負う仕事を始めればいい。
正直あたしもルクトもアミリアスも交渉は苦手だから、そういう部分を
あなたが補ってよ。もちろん有事は思いっきり暴れてくれていい。」
「…本気で言ってる?」
「こういう事を、話半分で口にするのは嫌いなのよ。あたしは、ね。」
「つまり、昔風の冒険者って事?」
「ちょっと違いますね。」
口を挟んだルクトが、同じく笑う。
「肩書きはいらない。もっと自由にやっていけばいいでしょう。ね?」
「…変わったね、ルクト君…いや、ルクト。」
そこまで言ったトッピナーもまた、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「…ま、どうせこの国にはそうそういられない。あなたたちと行けば、
もうちょっと美味い酒が飲めるかも知れないわよね。」
「にゃはははは、そうこなくちゃねトッピナーちゃん!」
愉快そうなガンダルクの笑い声が、今日も晴れ渡る空に吸い込まれる。
道は決まった。
あとは進むのみ。
村を後にした3頭の馬の蹄の音が、頼もしい響きと共に駆けていく。
たとえ厳しくとも、前途は洋々。
4人となったルクトたちの表情は、吹っ切れたように明るかった。




