戦う者の現実
「やったやった!やあぁったあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ものすごい歓喜の声を張り上げながら、レムリがルクトに駆け寄る。
鎖鞭を回収して篭手に収め、ルクトはそんな彼女をじっと待っていた。
「さすがじゃんルクト君!あたしの見立てに狂いはなかっ…」
「動くな。」
冷たいひと言が放たれた、刹那。
抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ったレムリの鼻先数センチの位置に、
ルクトの剣がピタリと突きつけられていた。
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どちらも動かなかった。
張り詰めた空気のまま、数秒の時が流れる。
「…どうしたの?」
沈黙を破ったのは、レムリだった。
いきなり自分に剣を向けたルクトに対し、怪訝そうに問いかける。
しかしルクトは、向けた剣を下ろさなかった。視線も外さなかった。
彫像のように姿勢を保ったまま、レムリに鋭い言葉を投げる。
「お前、何が狙いだ?」
「え?…いや、最初から言ってんじゃん。洞窟の守護者を…」
「だったら、あれは何だよ。」
言いながら、ルクトの視線がほんの一瞬だけ傍らの一点を見据える。
そこには岩巨人による棍棒の一撃でできた、クレーターがあった。
その砕き起こされた地面から、いくつもの何かが突き出していた。
錆びた剣。
折れた槍。
朽ちた鎧。
砕けた骨。
そしてまだ朽ち果てていない、無惨にその身を潰された何人もの亡骸。
まるで地獄の亡者が這い出したかのような骸の群れが、そこにあった。
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「あの遺体の中には、俺の知ってる奴も1人混じっていた。」
再びその視線をレムリに向けたルクトは、押し殺した声で続ける。
「メグラン王国出身の勇者だ。まだパーティーは組んでいなかったが、
いずれ必ず魔王を討つと言ってた。…確か、半年前から行方不明だ。」
「へえ、知ってる人がいたんだ。」
剣を突きつけられているにも関わらず、レムリは軽い口調で答える。
そんな彼女の平常運転に、ルクトはますますその表情を険しくした。
「お前が埋めたのか?」
「そう。」
「…他の骸も、全部そうなのか?」
「ご明察。」
レムリの即答に、迷いの響きなどはいっさい感じられなかった。
当たり前の事を語るかのごときその態度に、ルクトは唇を噛み締める。
しばしの沈黙ののち。
「…お前、アステアの回し者か。」
ひと言ひと言確かめるかのように、ルクトはゆっくりと告げた。
「魔王討伐を公言してる人間たちを騙して、この場所まで連れて来て。
そしてあの岩人形を使って、効率よく始末してたんだな?」
「……」
「俺を殺せたら、次はメリフィスを狙うつもりだったのか。」
「……」
「答えろよ!!」
そう叫んだルクトの怒声が、周囲の空気をビリビリと震わせる。
張り詰めた沈黙の空気は、息が詰まりそうなほどに重かった。
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しばし、レムリは答えなかった。
あえてルクトも何も言わなかった。
そして。
刃の先にあるルクトの顔を見ていたレムリの表情に、変化が生じる。
それは間違いなく、初めて見せる顔だった。
「あんまり人聞きの悪い事、言わないでよ。」
「え?」
表情同様の怒りがこもったその言葉に、ルクトは思わず気後れする。
目の前のレムリの態度には、罪悪感も後ろめたさも全く感じられない。
むしろ、明らかに怒っていた。
剣を突きつけられているとは思えない気迫で、レムリはなおも続ける。
「そこに埋まってる連中は、あたしがここまで連れて来たから死んだ。
別に隠す気もない、あんたの言ったとおり。」
「……」
「だけど、騙して連れて来たなんて言われるのは我慢できないのよ。」
「じゃあ、何なんだよ。」
「誘い文句は、あんたの時と何も変わらない。」
そこまで言ったレムリの目が、いま一度ルクトをじっと見据える。
「ここに来るまでに、あたしが何かひとつでもあんたに嘘を言った?」
「…いや…」
「そこの連中と、あんたとの違いはたったひとつ。勝ったか負けたか、
ただのそれだけよ。」
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返す言葉に詰まったからか、彼女の怯まぬ気迫に気圧されたからか。
ルクトは、黙って剣を下ろした。
そんな彼から視線をゆっくり外したレムリは、クレーターに向き直る。
「無念だったのかも知れないけど、あたしは彼らに詫びる気はない。」
「…どうしてだ?」
無防備な背に問いながらも、ルクトには予感のようなものがあった。
今さら言われるまでもない、当然の結論への。
「自分ならば魔王を討てる。そんな自信を公然と口にしていた連中が、
何でこんな岩人形ごときに呆気なく殺されてんのよ。…正直、ここまで
期待外ればっかりだとは思わなかった。剣を振るうって生き方の意味を
履き違えた奴に、アステアの魔王が倒せるわけないでしょうが。」
「だろうな。」
答えるルクトの声は、すでに平常の響きを取り戻していた。
それに気づいたレムリが振り返る。その表情に、もう怒りはなかった。
「失礼な事言って、悪かった。」
「いいって。ま、無理もないだろうからね。」
言葉を交わし、2人はほぼ同時に小さく笑い合う。
傍目には、凶行に対する納得が早過ぎると思われる態度かも知れない。
しかしルクトは、彼女の言葉に異論を見出さなかった。
確かにそのとおりだ。
魔王を倒すと公言する以上、命を懸ける覚悟は持たなければならない。
そして何よりも、発言を実践できるだけの武の力は絶対に必要だろう。
ルクトには絶対の確信がある。間違っても「魔王」が、この岩人形より
弱いなんて事はない。断じてない。ここでなす術なく死ぬような者に、
どっちみち勝利などは存在しない。
冒険者も勇者も、そういう称号だ。
彼らの惨死を理不尽なものだと断じても、そこには何も生まれない。
その現実を認められるだけの度量と覚悟を、ルクトは心に持っている。
ただ、それだけの話だった。
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「じゃあ、行こっか。洞窟への道は開かれたんだからさ!」
「ああ。だがちょっと待て。」
向き直ろうとしたレムリに、ルクトが待ったをかけた。
出鼻を挫かれたレムリが、ちょっと眉をひそめる。
「何よ?」
「お前、あの遺体を”全部”埋めたと言ってたよな。」
「ええ。それが何?」
「嘘じゃないよな?」
「そういう無駄な嘘は嫌い。」
「分かった、じゃあ信じる。」
そう言ったルクトがクレーターに向かって歩き、そして屈み込んだ。
「信じるから、あとひとつだけ質問に答えてくれ。別にいいだろ?」
「まあ…ここまで来たら、別に急がないからいいよ。何?」
そこでルクトは、朽ちた剣をそっと拾い上げて掲げる。
「何人かは死んであまり時間が経過していない。俺の知ってる奴もな。
だけどそれ以外のほとんどは、かなりの年月を経ている死体ばかりだ。
10年やそこらじゃない。下手すりゃ60年以上経ってる。」
「鋭いね。そのとおり。」
「お前、いったい何なんだ?」
声は荒げず、ルクトはレムリの顔をまっすぐ見つめて問いかけた。
「言ってる事を全て信じるなら、見た目どおりの存在じゃないって事は
もう明らかだ。そこまで認めるなら教えてくれ。お前が何なのかを。」
「いいよ。そこまで見通せたなら、別に隠そうとも思わないから。」
レムリは、嬉しそうに笑った。
「あたしの名前は、ガンダルク。」
「…え?」
一瞬キョトンとしたルクトの目が、やがて大きく見開かれた。
「…アステアの、先代魔王?」
「嬉しいね。いつの世代の人間も、知っててくれるってのはさ。」
そう言ったレムリが、軽やかに身を翻して歩き出す。
「んじゃ行こうか!身の上話は歩きながら!!」
「…あ、おいちょっと待ってくれ!ちょっと!!」
慌ててルクトがその後を追う。
いつの間にか崖に、小さな穴が開いていた。
迷いのない足取りでレムリ、もといガンダルクがそちらに向かう。
後を追うルクトと2人、影が2本。
仰ぎ見る空は、晴れ渡っていた。