ルクトの見るべきもの
「それでは、我々はこれにて。」
「失礼します。」
「お二人も、どうぞご無事で。」
「気をつけてね。」
そんな言葉をルクトたちと交わし、プローノとラジュールの駆る馬は
東を目指して去っていった。
「…これからどうなるかな、プローノさんたちは。」
「正直、あたしたちじゃ見当もつけられない。信じるしかないね。」
『そうですね。』
仲間と共に他国を目指す。
それが、プローノたちの立てた目標だった。
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「幸い、私の顔を知る者は少ない。…何と言っても、ずっとガルデンに
詰めていた身だからな。名乗らない限りはそうそう気づかれないよ。」
「ああ、ちょっと分かりますよ。」
同じような境遇にあるルクトが、実感のこもった口調で同意を示す。
「冒険者ギルド国営化のあおりを受ける者は、他にも少なからずいる。
国防の担い手たる兵士としての立場が危うくなるなら、下手をすれば
内乱を目論む者さえ出てくるかも知れん。それは出来れば避けたい。」
「そりゃそうでしょうね。こんな事で内輪揉めなんか始めたりしたら、
それこそ国自体が傾くだろうし。」
「…国王陛下が、その点を考えずに改革を断行したとは考えたくない。
しかし、現実は現実ですからね。」
そう語るラジュールの口調は、深い憂いに満ちる。
「立ち向かうべきは何か。その事を見極めてくれれば、滅多な事には
ならないはずだ。恥を承知で説得に行くよ。逃げた者として、な。」
多分に自虐的な言葉を口にしつつ、プローノは暗い顔は見せなかった。
そんなプローノに倣おうとしたか、ラジュールもキッと顔を上げる。
「ここまでくれば、開き直る以外に選択肢はありませんからね。」
「にゃはははは、頼もしいね。期待してますよお二人とも!」
「承知!」
激励の言葉を受けた2人の表情に、迷いの色は浮かんでいなかった。
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「で、俺たちはどうする?」
手綱を操りながら、ルクトが相乗りするガンダルクに問いかける。
「まさかガルデンに戻るわけにはいかないし、どの街の冒険者ギルドも
まだシッチャカメッチャカだろう。正直、俺には決められない。」
「それでも、まずはどこかの街まで行こう。話はそれからよ。」
ガンダルクは即答した。
「この国に来た時に考えていた目標は、ほぼ潰えたと言っていい。」
「………」
「だけど、とにかくある程度情勢はしっかり仕入れておかないとね。」
「情勢って、ガルデンのか?」
「それも含めた色々よ。…具体的に何かと言われると答えづらいけど、
それでもガルデンにメリフィスたちが乗り込んだ以上、何らかの形で
事態は収束するでしょ。だったら、どう収束したかを把握しないと。」
「……そうだな。」
どうにか納得したらしいルクトが、やがて馬を走らせ始める。
「じゃあ、とにかくプリオの街まで行こう。あそこなら半日もあれば
着けるはずだ。もう、あまり移動に日数はかけたくないからな。」
『妥当な選択ですね。』
「そんじゃ行こう!」
方針が決まれば、迷いもなくなる。
速度を上げた馬の影が、高くなった太陽によって濃く描かれていた。
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プリオの街の混乱は、アズミヤの時ほどの激しさを保っていなかった。
冒険者ギルド国営化の詳細がすでに一般にも認知されたらしく、一応は
平常通りといった態に戻っている。しかし街の関心は、やはり陥落した
ガルデンの今後に集中していた。
それから5日。
安宿に滞在しながら、ルクトたちは足繁くギルドや盛り場などに通い、
ひたすら情報の収集に努めた。その内容は、想像以上の速さで国中に
広まっていった。まるで、ある程度準備がされていたかのように。
予想通り、ガルデンはメリフィスとソーピオラが奪還していた。
残っていた魔人は一掃したものの、兵士に生存者はほぼいなかった。
司令官であるプローノの姿もなく、生死や消息が分からなかった。
それでも、人々はメリフィスたちの活躍に大いに湧き立った。
奪還の立役者となった彼はそのままガルデンの新たな司令官になった。
国王からの、任命の勅令が出るのも早かった。それはまるで、最初から
準備されていたかのようだった。
冒険者ギルドの国営化と、勇者や冒険者への給与の安定化という話は
瞬く間に国中に、そして他国にまで広まっていった。腕自慢たちは皆、
こぞってジリヌスを目指した。おそらくはそこから精鋭が選抜され、
ガルデンに赴任する事になるだろうという噂だった。
そうなれば、ガルデンはメリフィスが指揮する一大軍団の拠点と化す。
誰もがその英雄譚に興奮し、国王の改革に喝采を送っていた。
一方。
プローノの消息は未だに不明だったものの、彼の評価は割れていた。
ガルデン陥落の一報には、誰もが彼を非難した。しかし情勢が明らかに
なっていくにつれ、大勢の兵士たちが間一髪で戦死を免れていた事実も
広く認知された。メリフィスが間を置かずにガルデンを奪還したため、
結果的にプローノの判断を支持する声もそこそこ上がるようになった。
いずれにせよ、ジリヌス王国に正式に属する勇者や冒険者たちの総数は
劇的に増加する。その流れはもう、ほぼ確定的になっていた。
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「まあ、おおよそ想像通りになったわね。」
のどかな昼下がり。
ギルドの近くにある公園にて昼食を食べながら、ガンダルクが言った。
その対面に座るルクトは、むっつりと黙り込んでひたすら食べている。
特に彼の態度を気にする風もなく、ガンダルクは続けた。
「メリフィスからすれば、あれこれ想定外はあったんだろうなと思う。
たぶん自分たちが着く前にガルデンが落ちたのも、プローノが呆気なく
トンズラしてたのも思惑の外…って感じでしょうね。」
『ですが、およその目的は果たしたと見ていいでしょうね。』
「この流れなら、まあそうね。」
言葉を切ったガンダルクが、公園の中をざっと見渡す。そこかしこに、
新たに入国したと思しき冒険者たちの姿が数多く見て取れた。
「みんなメリフィスに心酔しきり。ピンキリはあるんでしょうけど、
あんな連中が集ったら、ガルデンは仰々しい場所になるでしょうね。」
『結果的にジリヌス王国は、軍事力をかなり底上げした感じですね。』
「王とメリフィスが結託した結果、この状況になったってワケか。」
包み紙をクシャクシャと丸めたガンダルクが、小さなため息をついた。
「お見それしました、ってね。」
「……」
「ルクト。」
「いつまでムクれてる気?」
「………」
「おーい、聞いてる?」
「…俺に、何を言えってんだよ。」
ようやく、ルクトは重い口を開く。
「何もかも、メリフィスに先を行かれて。思った事は何も成せてない。
こんな俺に、お前らはまだ何か期待してんのか?とんだ買い被り…」
最後まで言う事はできなかった。
「痛てててててててて!!!」
いきなり両耳をつねられ、ルクトは甲高い悲鳴を上げていた。
「いきなり何すん…ぐッ!?」
さらに両頬を手で挟み込まれた彼の顔が、何とも無様な形に歪んだ。
それを正面から見据え、手の主たるガンダルクがゆっくりと告げる。
「あたしを見損なうなよルクト。」
「…ぐ…は?」
「あたしは百年の時を生きた魔王、ガンダルクだ。忘れてんのか?」
「……いや…」
「そこらへんの薄っぺらい奴らと、このあたしを一緒に考えるな。」
「………」
「あたしはあんたを見込んだんだ。メリフィスじゃなく、あんたを。」
そこまで言ったガンダルクは、ようやく手を放した。
「あんたがメリフィスの存在を意識する理由は知ってる。その理由が、
理不尽なものだって事も知ってる。だけどね。」
「…だけど、何だよ。」
「あの男はもう、あんたにとっても世界の一部でしかない。刻一刻と
変わっていく情勢の一部。それ以上でもそれ以下でもないのよ。」
「………」
「顔を上げろルクト。」
俯くルクトを、凄みのこもった声が一括する。
ハッと上げた視線が、正面に座するガンダルクのそれとぶつかった。
「あんたが見るべきはメリフィスの背中じゃない。あたしの顔よ。」
「……」
「今もこれからも、あんたはあたしを見てなさい。いいわね?」
「…分かった。」
「じゃあ今、何をするべきなのかは分かるでしょ?」
「ああ。」
「声が小さい!」
「分かってるよ!」
そう言ったルクトが、やがてニッと大きく笑った。
それを眼にしたガンダルクもまた、愉快そうに笑い声を上げる。
「にゃははははは!!そうそう!!そうでなくっちゃね!!」
近くにいる者が振り返りかねない笑い声に、ルクトもつられて笑った。
そうだ。
世界を変えたいと語る身なら、メリフィスごときに自分を合わせるな。
顔を上げて空を見上げたルクトの胸に、別れ際のプローノたちの言葉が
はっきりとよみがえる。
-ドリンスたちはおそらく、君との戦いで変わったんだと思います。
自分たちの命を燃やすべき戦場を、間違いなく見据えていましたから。
-君たちが来なければ、私はもっと意固地になっていたかも知れない。
兵士たちの思いを蔑ろにして、無駄に命を散らせていただろう。
君たちの自由な生き方が、ガルデンの何かを変えていたんだよ
「よし。んじゃあ、これからの事を考えようぜ。」
『「了解!!」』
仰ぎ見る空は青く、そして遠い。
それを瞳に映すルクトたちもまた、どこまでも遠くを思い描いていた。




