プローノの選択
「あなたたちは…!」
ほどなくして追いついたラジュールは、プローノの傍らのルクトたちに
驚きを隠せない様子だった。そんな彼を、歩み寄ったプローノが労う。
「…よく無事でいてくれたな。」
「は、はい!」
慌てて馬から飛び降りたラジュールが、周囲をぐるりと見回す。
「…兵たちは、やられましたか。」
「ああ。」
あえて即答したプローノの視線が、ルクトに向けられた。
「私ももう殺される寸前だったが、彼が救ってくれたよ。」
「そうでしたか。」
俯きながら答えたラジュールは、そのままルクトの前で片膝を突いた。
「ありがとう。本当に感謝します。カル・タク」
「ルクトです。」
「…え?」
「俺の名はルクト・ゼリアスです。偽ってすみませんでした。」
もはや、偽名を名乗る意味はない。
小さく笑ったルクトはラジュールに手を差し伸べ、勢いよく立たせる。
「あなたもご無事で何よりです。」
「はい…。」
ぐっと涙をこらえるラジュールに、プローノとガンダルクが歩み寄る。
今は喪失を嘆くのではなく、再会を喜び合う事こそが何よりも大切。
場にいる皆が、それを感じていた。
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ラジュールの経緯は単純だった。
プローノたち5人を送り出した後、彼はしばらく隠し門の小部屋の中で
じっと身を潜めていた。どのみちガルデン大要塞が占拠されてしまえば
見つかるのは時間の問題だ。なら、せめて死に急ぐ真似だけはよそうと
考えていた。進退窮まる時点までは身を潜め、最後には一人でも多くの
魔人を斬って果てよう、と。
そんな決意を固めていた矢先、ふと数体のフライドラグンが魔人たちを
乗せて飛んで行くのが見えた。視認した限り、馬を追ったらしい。
その黒い陰を目にした途端、衝動が走った。
もしあれが魔人の首魁なら、ここに残るのは下級の魔人ばかりだろう。
いくら何でも、そんな連中と戦って死ぬのは我慢ならないと。
今にして思い返せば、どう贔屓目に見ても理性的な判断ではなかった。
それでも彼は衝動のまま、隠し門を飛び出して走り始めていた。
追いつけるはずもないと頭のどこかで理解してはいたものの、とにかく
追わずにいられなかった。ひたすら息の続く限り走った。しかし激闘の
疲れはいかんともし難く、やがて足を止めてしまった。
そこへ、1頭の馬が戻ってきた。
慌ててその口を取ってみれば、鞍に少なからず血が着いていた。
乗っていた兵が殺されたから、馬が自分の意思で戻って来たらしい。
後はもう、深く考えなかった。その馬に跨り、ひたすらに駆けた。
そして、ここに至ったのだった。
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「なるほどな。私とペゼン以外の馬は散り散りになったから、その中の
1頭が戻っていったという事か。」
「さすがは要塞の軍馬、ちゃんと仕込まれてるねえ。」
「では、他の2頭はどこに?」
きょろきょろとラジュールが周囲を見回すも、その影は見えなかった。
そのやり取りを聞いていたルクトが二番刀を取り出し、問いかける。
「探せるか?」
『地の果てまで逃げていなければ、すぐに見つけられますよ。』
「か、刀が喋った?」
「あ、気にしないでね。」
「頼む。」
ドスッ!
小型化したまま刀身だけを伸ばし、地面に突き立てる。
何秒も経たないうちに、アミリアスが声を上げた。
『いましたね。』
「どこだ?」
『南東に1ヘルマ(キロ)に1頭。西に1.5ヘルマに1頭です。』
「どうして近づいてこない…?」
訝しげなラジュールの問いに対し、ガンダルクが答える。
「いや、それはグルークが怖いからでしょうね。無理もないよ。」
「グルーク?」
「あれですよ。」
「…ハッ!!?」
ルクトが傍らに蹲るグルークを示すと、ラジュールは肝をつぶした。
どうやら逆光になっていたせいで、大岩か何かだと思っていたらしい。
呼びかけられたグルークは、のそりと起き上がって大きな欠伸をする。
何とも場に似つかわしくない、それでいてホッとさせられる姿だった。
飛び去っていくグルークの巨大な姿を、ラジュールは呆然と見送った。
やがて二方向から、待ちかねたかのように2頭の馬が駆け戻ってくる。
「…とりあえず、足は戻ったな。」
小さなため息をついたプローノが、傍らまで来た馬の首筋を軽く叩く。
見渡す限り休耕地が広がる平原。歩いてどこかへ行ける場所ではない。
かと言ってグルークの背に乗るのはあまりにリスクが高い。
彼だけではなく、他の全員が等しく安堵していた。
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馬は全部で3頭。
プローノとラジュールの2人がそれぞれ乗り、ルクトとガンダルクは
残りの1頭に相乗りする。さすがにまずいので、軍馬の飾りは外した。
「さて、と。」
あてがわれた馬の鼻先を撫でつつ、ガンダルクがプローノに向き直る。
「あなた、これからどうする?…と言うより、どうなると思ってる?」
「そうだな…。」
腕の負傷が治っているのを確かめ、プローノはゆっくりと答える。
「私自身の口から言うべき事では、ないのかも知れんが。」
「いいよ、言ってみて。」
「…今回のガルデン陥落に対しての評価については、何とも言い難い。
むしろ、後世の人間たちが見据えるべき事象ではないかと思っている。
激動の時代という事を鑑みれば。」
「うん、まったくもってその通り。あたしもそう思うよ、本心から。」
わが意を得たりといった態で、ガンダルクは嬉しそうに頷いた。
「若いのに、そこまで客観視できるのは大したもんだよ。ねえ?」
「いや…はあ…」
どう見ても親子ほど歳が離れているプローノの事を「若い」と言い切る
ガンダルクに、ラジュールは困惑の表情を浮かべるばかりだった。
しかし実際、プローノの述べた意見に異論を挟む者は誰もいなかった。
ガルデン大要塞は、魔人バルセイユの率いる軍団によって落とされた。
歴史的な事実は、ほぼそれだけだ。あまりにもあっけないその陥落は、
史上類を見ない大敗だとも言える。しかも司令官遁走という醜態付き。
一方で襲撃直前までに、7割もの兵が退去していたのも事実である。
防衛拠点を失った一方、人的損失の少なさもかなり突出している。
この結末を、そしてプローノを人はどのように捉えるのだろうか。
惨敗を喫した世紀の愚将か、それとも多くの命を救った稀代の賢将か。
それを判断できるのは、今この時を歴史と見なせる後世の人間たちだ。
ここから何がどう転ぶのかが不明な現在、確たる事は何も言えない。
「ですが、結論は出されますよね。どんな形であっても。」
そう告げるルクトの声には、厳しい響きが込められていた。その言葉に
プローノも小さく頷いてみせる。
「ああ。おそらく帰還すれば、私は責任を取って処刑されるだろうな。
事情はどうであれ、そういった形で話は終わるだろう。その後は…」
”勇者メリフィス次第だ”という言葉をあえて呑み込み、プローノは
あらためてガルデンの方角を見た。
「どのみち、将軍としてのこの私は死んだ。それは間違いない。」
「………」
しばし、誰も何も言わなかった。
ひときわ強い風が吹き抜けたのち。
「で?」
口を開いたのは、やはりガンダルクだった。
「おとなしく処される気?」
「そんな気はないよ。」
そう即答したプローノは、皆の顔を見回して告げる。
「死人に口なしと言われてしまえばそれまでだ。…しかしガルデンの
兵士たちは、私に生きろと言った。どんなに無様でもかまわないから、
生きて誰かのために剣を振るえと。それを受けたからこそ私は逃げた。
なら、今さら自分の命を王に委ねる気などない。そういう事だ。」
「にゃはははは、そうそう!!そうこなくちゃ!」
愉快そうに笑うガンダルクの声が、ひときわ大きく響き渡った。
それを耳にしたプローノもルクトもラジュールも、小さく笑う。
厳しい状況には変わりない。
しかし今、笑うガンダルクを不謹慎だとは言いたくない。
むしろその明るさこそが、前を向くためには必要かも知れない。
逆境に立ち向かおうとする者たちの顔は、それでも明るかった。




