喧騒の街・アズミヤ
3日後。
ガルデン大要塞を後にしたルクトたちは、その進路を北東に向けて駆け
アズミヤという都市のすぐ手前まで来ていた。ガルデンとは違い、別に
何か心当たりがあった訳でもない。どちらかと言うと、その逆だった。
「いくら身分を変えたと言っても、俺は一応メリフィスのパーティーに
ずっと参加していた身だからな…」
「有名人はツライねえ。」
「まあ少し自意識過剰かも知れないけど、それで騒がれたら台無しだ。
出来れば、あんまり行った事のない街に向かう方が無難だろう。」
『確かに、そのくらいの用心はしておいて損はないでしょうね。』
髪形しか変えていない以上、ルクトを知る人との遭遇だけは避けたい。
そんな考えから、3人はメリフィスのパーティーが訪れた事のない街を
わざわざ選んで目指していた。
「ずいぶん昔にこの辺りは通った事あるけど、まだまともな街にまでは
なってなかったなあ。みすぼらしい村が点在していたくらいで。」
「へえー…」
ゆるゆる馬を進めながら、周囲を見渡したガンダルクがしみじみ語る。
並走するルクトが、興味深そうに質問を投げかけた。
「昔って、どのくらいだ?」
「ざっと90年くらい。」
「そんなに前なのかよ。」
「ようやく何とか気を取り直して、世界をウロウロ漫遊し始めた頃よ。
ザンツの暴虐の爪痕も残ってたし、まだまだ世の中は騒がしかった。」
「そんな頃に、よくこのジリヌスに来ようなんて考えたもんだな。」
「ま、この見た目だもん。」
視線をルクトに向けたガンダルクの顔に、かすかな苦笑が浮かぶ。
「ガンダルクですと名乗って信じる人はほぼいないし、腕自慢たちも
もう武勇伝で小銭を稼げる時代じゃなくなってた。色んな意味で世界が
魔王を忘れてしまおうと頑張ってる頃だったのよね。」
「………」
「ちょいと、何か言ってよ。」
返す言葉をなかなか見つけられないルクトに、ガンダルクが朗らかに
笑いかけた。
「あたしは、シケた昔語りをしてるつもりはないよ。その頃の事だって
いい思い出だし、アズミヤの前身の村で食べ物とかもらった事もある。
客観的に考えると、ちょっと面白い話でしょ?」
「…確かに、それはなかなか無茶なシチュエーションだな。」
同じく少し笑ったルクトの言葉に、ガンダルクは正面を向いて応える。
「仮にも魔王だったあたしは、過去に人間を殺した事ももちろんある。
だけどそんなあたしはグレインの手で討たれた。間違いなく死んだよ。
だったらもう、引きずらない。命が代償なら、生前の行為の清算には
十分だと勝手に思ってるよ。」
「なるほどな。…まあ、今の世界を傷つけようと考えてないなら別に
それでいい。俺も前向きな方が性に合ってるからな。」
「にゃはははは。そうそう、そうでなくちゃね。」
『あ、見えてきました。どうやら、あれがアズミヤらしいですね。』
アミリアスの言葉に、2人は揃って向かう先を見つめる。
アズミヤの街。
その地に待っている大きな波乱を、未だ知らないままに。
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「…何か、騒々しいな。」
「引っ越しの季節とか?」
「いくら何でも、それはないだろ。…いや、ないと思うけど…。」
街へは、思いの外あっさり入れた。
どちらかと言うと、いちいち細かく確認する余裕がない感じだった。
とにかく、往来が騒がしい。それもただ単に賑わっているのではなく、
どこか殺気立った雰囲気さえある。
「嫌な予感がするな。」
「あの伝令馬車も含めてね。」
いささか表情を険しくしたルクトに対し、さすがにガンダルクの返しも
楽天的なものではなくなっていた。
自分たちと入れ違いになるように、ガルデンへ走っていったあの馬車。
もちろん、何の用だったのかまでは知らない。確かめてもいない。
しかし、どうしてもここの騒々しさとは切り離せない気がしている。
「…ま、とりあえず冒険者ギルドに行こう。ここで仕事を探すかまでは
まだ決めてないけど、さすがに何か情報は手に入るはずだから。」
「そうね。」
『じゃあ急ぎましょう。』
「よし。」
意思統一したルクトたちは、ギルドを目指して馬を駆る。この手の街は
造りに大きな違いがないので、どこでも大体ギルドの場所は分かる。
街の騒がしさは、ますますその勢いを増しているかのようだった。
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「…ああ、やっぱりかよ。」
「すごい事になってるねえ。」
何となく予感していた通り、ギルドもまた大騒ぎになっていた。
暴動とまでは行かないものの、普通では考えられないほどの人たちが
ひっきりなしに出入りしているのが見て取れる。外がこんな有様なら、
中はもっと大変な事になっている事は容易に想像できた。
「とにかく行ってみよう。」
「って、馬を停める場所ないよ。」
「ああー…」
確かにどこも一杯である。よしんば無理に停めたとしても、下手すると
そのまま盗まれる可能性さえある。場の混乱はそこまで極まっていた。
「…よし。もういっそ売ろう。」
「馬を?」
「ああ。こんな状況なら、そこそこ言い値で売れるだろう。後の事は、
後で考えればいい。」
言いながら、ルクトは馬を降りる。
「アミリアス。」
『はい?』
「万が一の時のために、グルークをこの近くまで呼んでおいてくれ。」
『了解です。まあ、彼女の速度ならすぐ来れるでしょう。』
「…え、空飛ぶの?」
「万が一だよ。ほら急げ!!」
「……やだなー空飛ぶの…」
ぐずりつつ、ガンダルクも大人しく馬を降りた。
「よし、じゃあ急ごうぜ。」
「了解。」
街やギルドの騒々しい空気に、3人もまた気忙しくなっていた。
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馬の買い手はすぐに見つかった。
早々に街を離れる気らしい商人が、かなりの高値で引き取ってくれた。
「思い切りがいいね、ルクト。」
「ああ。俺もそう思う。」
そう答える言葉に、実感がこもる。
迷わず売る選択をしたルクト自身、何かしらの予感を抱いていた。
近々、馬を手放さざるを得ない事態になるだろうという予感を。
「とにかく、今は情報だ。」
「でしょうね。」
ある種の覚悟を決めたルクトたちの目が、喧騒の只中にあるギルドを
じっと見据える。ろくでもない話かも知れないと思いつつ、その歩みに
迷いや躊躇いはなかった。
プローノ将軍と別れて3日。
ルクトたちを取り巻く環境はまさに今、大きく変わろうとしていた。




