急な知らせ
「それじゃあ、確かに。」
依頼達成確認の証書を閉じた女性―トッピナーが、対面に座っている
女性―ホッジスに告げる。
ウズロの街の冒険者ギルド。
個室にホッジスを通したトッピナーは、カウギ村の依頼が完了した旨の
報告を彼女から受けたのだった。
「わざわざご苦労さま。」
「まあ、久し振りにちょっと街まで出たい…ってのもあったからね。」
笑いながらそう答えたホッジスが、ぐっと身を乗り出す。
「あの2人、あなたが直接斡旋してくれたんでしょ?」
「まあね。」
「まだ冒険者登録をしていないって言ってたけど、あそこまで増えた
ディグローをほぼ一人で全滅させた腕は並じゃない。ただ単に強いって
だけじゃなく、戦い慣れしてた。」
「あ、そうなの?」
「そうなの?じゃないわよ。」
とぼけるなと言いたげな表情を浮かべたホッジスが、なおも詰め寄る。
「…彼、実は名のある勇者とかじゃないの?何かしらのワケありで。」
「どうかしらね。」
「いいじゃん、ちょっと教えてよ!誰にも言わないから…」
「”誰にも言わない”って言葉ほど、信用できないものはないわよ。」
食い気味にそう答えたトッピナーの表情が、ふと険しくなった。
「ワケありだと思うなら、なおさら他人が詮索すべきじゃない。」
「だけど…」
「彼はあなたの村を、ディグローの脅威から救ったんでしょ?」
「…うん。」
「なら余計な好奇心なんか持たず、前途が明るくなるように祈るのが
救われた者の道理ってもんでしょ。そこは呑み込んでおきなさいよ。」
「分かった。」
噛んで含めるようなトッピナーの言葉に、ホッジスはしぶしぶ頷いた。
「相変わらず堅物ねえ、あなた。」
「曲げたくないところは曲げない。そういう生き方が好きなだけよ。」
「でしょうね。」
身を引いたホッジスが、そこでふと口調を変える。
「…それで、その生き方を共有してくれそうなお相手は見つかった?」
「ぐっ。」
それまで毅然とした対応をしていたトッピナーの顔が、不意に歪んだ。
「見た目は本当に申し分ないのに、やっぱりそっちの気配ないのね。」
「う、うるさいな!」
「結婚はいいよー、家族を持つと、いろいろ豊かになれるよー?」
「そんな事をわざわざ言いに来たんじゃないでしょうが!!」
「いや、三割くらいは目的それ。」
「だったら、これで済んだでしょ!あたしは忙しいんだから帰って!」
立ち上がったトッピナーは、書類を脇に抱えて扉の方に足早に向かう。
「はいはい。まったく、何でこうも強情なんだかねー。」
急かされるかのように立ち上がったホッジスが、小さく肩をすくめて
トッピナーの後に続いた。
「でもまあ、本当にありがとうね。村を代表して感謝します。」
「はいはい。ま、貸しひとつよ。」
ニッと笑ったトッピナーの表情に、もう棘はなかった。
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「この後はどうするの?」
「村のみんなに頼まれてる買い物があれこれあるのよね。何せようやく
ベリザ畑を再開できる目処が立ったわけだから、村全体が忙しくて。」
「いい事じゃない。」
「それと、旦那の好きな酒をね。」
「…酒?どこの?」
そこで不意にトッピナーの目の色が変わる。
「メラニコ酒造の。」
「ねえ、ついさっき貸しひとつって言ったよね。」
「…言ったけど?」
「あたしにもひと瓶買って来て。」
「そんなんでいいの?」
「借りは早めに返すってのが基本でしょうが。ね、いいでしょ?」
「…好きねえホントに。」
呆れたホッジスが、苦笑を浮かべて頷いた。
「分かった。じゃあ帰りにもう一度寄るから。帰らないでよ?」
「待ってる!」
「ハイハイ。んじゃ、これで。」
「気をつけてねー!」
がらりと上機嫌になったトッピナーに見送られ、ホッジスはギルドを
後にした。ふと見上げれば、午後の日差しが眩しく瞳を射る。
「さあてと、それじゃ…」
ガラガラガラッ!!
軽く背伸びをしたホッジスの耳が、不意に騒々しい馬車の音を捉える。
振り返ってみれば、今まさに自分が出てきた冒険者ギルドの正面入口に
横付けされた馬車の音らしかった。なおも見ていると、役人と思しき
数人の男性があたふたと馬車を降りて駆け込んでいく。
「…何だか騒がしいわね。」
気にはなるものの、だからと言ってわざわざ戻るのもおかしい。大体、
あの様子ではいい話とも思えない。なら、聞かない方がいいだろう。
そう割り切ったホッジスはそのまま踵を返し、足早にその場を去る。
カウギ村の役場に勤めている女性、プレスレ・ホッジス。
それが国の激変の知らせだという事を、その時の彼女は知らなかった。
もちろん、直前まで彼女と他愛ない言葉を交わしていたギルドの受付、
サルバドル・トッピナーも。
ルクトとガンダルクがカウギ村へと出向き、ディグローを討ち果たして
発ってからちょうど4日。
ホッジスが依頼達成の報告のためにトッピナーを訪ねたこの日、2人も
ほぼ同じ時刻にガルデン大要塞へと足を踏み入れていた。
世界のうねりは、誰にとっても容赦がない。
それは果たして、魔王の再臨によるものなのか。
それとも、ガンダルクがルクトと共に歩み始めたからなのか。
ジリヌス王国を覆い尽くす混乱は、この瞬間に渦を巻き始めていた。




